第11話 戦場に舞いし、一輪の華

 国連祓魔軍事機構 ブリテル王国王都ロンド支部の会議室。

 扉の向こうから、駆け足で近づいてくる足音が響いた。そして、足跡は止まる事なくその扉を開ける。


「し、失礼致します!」


 多くの祓魔官が、ノックもせずに入ってくるその不躾な若い祓魔官に視線を向けた。

 しかし、その祓魔官の表情を見た故に注意や嫌味の一つも吐かない。


「南区中央市場にて出現した悪魔と交戦中の祓魔師エクソシストから報告が入り、至急お伝えにあがりました……!」


 何故なら、表情を見ればそれが如何に重大で、急を要するかが分かったからだ。


「悪魔は魔法を行使できるとのことです……!

 能力の詳細は不明……!

 しかし触れた対象を渦のように回転させ捻じ曲げる特性が見られたとのこと……!

 そして、交戦中の祓魔師エクソシスト三名の内、一人が戦死……!

 残った二人の内、一人が悪魔と交戦を続行し一人が情報を報告へあがりました……!

 そして、至急悪魔討隊の再編成と一人戦う祓魔師エクソシストへの援軍を願います……!」


 その祓魔官は全身全霊で叫び敬礼を捧げた。

 脳裏に浮かぶのだ。あの、覚悟と決意に滲んだ勇敢なる涙が。

 どれだけの気持ちを振り絞って、それを我々へ伝えに来たのか。


「ドクルド一等祓魔官。

 向こうから青年が走ってきます。」


「何を言ってるタニシャ。

 今は中に誰も人は――――って 祓魔師エクソシストじゃないか!」


 二人の男女の祓魔官がバリケードを貼って規制線の向こう側へ行かせないように道を止めていた。

 すると、規制の向こう側から青年が走ってくる。

 女性の祓魔官タニシャの言葉に男性の祓魔官ドクルドは耳を疑うがそれは紛れも無く事実で、しかも祓魔師エクソシストであった。


「ど、どうした。一体何があった!?」


 若い祓魔師エクソシスト

 横にいるタニーシャと歳の変わらない。

 そんな子が、涙を浮かべ必死さと深刻さを滲ませながら走ってくるのだ。


「えてください……!

 伝えてください……!

 悪魔は……、あの悪魔は……!【魔法】を使えました……! 早く、国連軍に伝えてください……!」


《青年の祓魔師エクソシストの名前はディルと言った。

 彼は、俺とタニーシャを見ると必死に縋り付いてきた。

 彼がどれほどの恐怖を超え、絶望を超えてここまで来たのか到底分かるはずもない。

 ただ、この情報を彼の想いを消して無駄にしてはならないと瞬時に理解できた。

 そして、彼は――――》


「それと……! エミリが……! エミリが一人……戦ってるんです……!

 助けてください……! エミリを助けてください・…! お願いじまず……!!!」


《彼は自分の事よりも、仲間の命の救いを願った。

 聞くに、3人で悪魔を討伐を行なっていたとのことだ。うち一人は、恐らく生きてはおらず、残るもう一人の仲間は彼を逃すために残り戦っている。

 そして彼はその仲間に救われ命辛々逃げ延び、情報を持ってきた。

 だが――――、それを誰が責められようか。

 のうのうと、外で区切られた線を守って

 区切られた線の中を見守るだけの奴らに

 彼の行動を誰が否定できようか。

 己の行動の最優先を酷使された状況下で即座に下した英断を、最愛の仲間を地獄の渦中に残す勇断を。》


「分かったァアア!!!!

 タニシャ! 直ぐにこの青年を保護してやれ!!

 俺は直ぐに車を出し、本案件の指揮官の元へと向かう……!」


《人々の為に、我が身を賭して戦場に立った。

 仲間の死を越え、幾つもの代償を払い持ち帰った戦果。

 この若者に贈るべきは、心からの感謝と称賛だ。

 だから、俺は少しでもこの若者の助けになりたい。》


 会議室内に、ディルの願いとドグルドの想いを乗せた言葉が響き渡った。

 そして、エルバレク上等祓魔官が一呼吸、吸い込んだ。


「総員!! 各班に別れ

 即刻、祓魔師エクソシスト招集要請をし、新たに討伐隊の編成を組直せ!

 また、可能で有ればロンド市内に在中する本件に対応可能な魔導士ウィザードに救援要請を!

 最優先事項は、悪魔の討伐並びに戦闘中の祓魔師エクソシストの救出とする!!

 尚、本件 悪魔の危険度クラスをBへと引き上げる! では、行動急げ!!」


「はっ!!」


 ドグルドを超えるエルバレク上等祓魔官の大声が会議室に響き渡る。

 祓魔官は皆席を立ち、各々のやるべき事へと迅速に行動を開始した。

 そして、ドグルドの元へとエルバレク上等官が歩み寄った。


「情報感謝する、ドグルド一等祓魔官。

 そして、情報を持ち帰ったと言う祓魔師エクソシストに感謝と称賛の意を伝え頼みたい。」


 片目を眼帯で覆い屈強な身体を持つ強面の男。

 その男は魂は屈強で誠実。

 エルバレクは、ドグルドを見下ろすように伝えた。


「はっ!!!」


 ドグルドは溢れ出る喜びを抑え、敬礼を捧げる。


 ***


 血が滴り落ちる。

 手の感覚も腕の感覚も無い

 肩から下に何かぶら下がっているような感覚だ。

 もう、疲れた。もう、楽になりたい。

 そんな感情が自信を襲う。

 なにせ、満足している自分がいるんだ。

 彼を逃すことができたから。


「クッ……!

 あの小僧には逃げられちまったか。」


 ――――ドンッ。

 と、破壊した大きな瓦礫のしたから悪魔は現れる。


「今のは良い蹴りだったぜ。

 だが、どうする? 今度は、お得意の脚が一つ潰れちまったぜ?」


 悪魔は笑みを浮かべてエミリに近づく。


「両腕と両肩、そして片足。あっけねぇーなぁ。 

 俺様が魔法を使った途端、これかよ。」


 エミは最初に負傷した右腕の他に、ディルを逃すための戦闘で両肩と左脚を潰されていた。

 ディルの予想は当たっていた。

 あの悪魔の魔法は自身に触れたものに捻った回転を与える能力。


「だが、俺に魔法を使わせたことは認めてやるよ。」


 それは、相手に攻撃を与えても相手から攻撃を受けても発動する。悪魔に触れることで引き起こされる能力なのだ。


「やられたわ。

 今思うと、あなた私のことなんて殺そうと思えばいつでも殺せたのね」


 エミリの脳裏に浮かんだのは、悪魔が魔法を使ってなかったであろう戦闘時。

 最初の攻撃も然りだ。悪魔はエミリの攻撃を受け止め掴み、エミリの身体を投げ飛ばした。

 その時に魔法を使用していればエミリはもう、この世に居なかっただろう。

 そして、店内で壁を蹴り天井を蹴り床を蹴り、高速で動き雨のように降らしていた攻撃もそうだ。

 何度、受け流しいなしていたか。

 殺そうと思えばいつでも殺せたのだ。


「イヒヒヒ……! そう言うこった。

 この俺様と戦うんだ。

 あれくらいのハンデは当然だろ……?」


「貴方、凄い自信家ね。

 でも、気をつけることね。

 いつか、それが貴方の命取りになるわよ。

 後で、貴方を狩に多くの祓魔師エクソシストがここへやって来るのだから。」


 命の終着地を悟った。

 ゆっくりと歩みを進める悪魔は、あと10メートル程で自分のところへ到着する。


「イヒヒヒ……! 悪いがそれは治りそうない。

 俺は前にそれでドジ踏んじまってんのに、この通りだ。どうにも戦闘を愉しんでしまう。」


 ――――あと5メートル


「最後に一つ教えなさい。

 エルタロッサは、どうしたのかしら?」


 ――――あと3メートル


「エルタロッサ……? あぁ、あの獣人か」


 手を異形の形へと変形させる。

 手は鋭く爪は鋭利に。そして――――


「イヒヒヒ……!――――殺した。」


 ――――1メートル

 悪魔は笑う。


「そう。 私の死んだ後で精々、ぶっ殺されなさい……!」


 清々しい笑顔でエミリも笑って答えた。

 死ぬ1秒前。鋭利な悪魔の右腕は、己を刺すために構えられ放たれた。

 あと20センチ程でこの悪魔の手が皮膚を突き破り肉を抉るだろう。

 そう考えてしまう程、死の間際。全てがゆったりとした時の中にいるようだった。








 それは、突然に唐突に上空から落ちてきた。


「ヴァアああああああ!!!」


 悪魔の絶叫が鳴り響く。

 天から注ぐ一本の柱――――落雷。

 強力な電気が悪魔の体に走り、高電圧が熱で悪魔を焦がす。

 そして、死を覚悟した地獄のようなこの場所に 

 それは舞い降りた。


「よく、耐えましたね。」


 可憐な立ち姿。灰色の髪。学生服。

 印象はそれが強く、でも何より目に焼き付いたのは

 彼女のその美しさだ――――。


 そう彼女の名は アリシア・マクロイヒ 

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Myth-night sky- 月観 紅茶 @black-tea

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