第10話 それぞれに想いを抱いて、それぞれへ
リクは考えていた。
「待つか、進むか……。うむ?」
それは、自宅への帰宅についてだ。
規制線が解除されるのを待ちいつもの道で帰るか。
それとも、遠回りをして帰るか。
大いに悩んでいる。特に帰宅するべき理由がある訳ではないのだが。
「たまには別の道で帰るかぁ」
そして悩んだ末に出した結論は、少し時間はかかるが迂回して帰宅することにした。
リクの自宅は東区にある。
そもそも、ここブリテル王国王都ロンドは5つの区が存在する。
東区・西区・南区・北区・中央区だ。
東西南北の4つの区には、
東区に住宅街、西区に工場・研究所地帯、南区に魔導学院高校、北区に大型ショッピング施設やアミューズメント施設と多少特色はあるのだが、西区にも住宅街はあったりと、基本あまり違いはない。
そして中央区だが、国王の住む王城を中心に街には貴族や富豪、金持ちの行商人などの屋敷が立ち並び、役所や警察署・国連軍のロンド支部館・ブリテル王国軍基地など重要な役割を持つ施設が点在している。
規制線の周りをぐるりと回るような形でリクは自宅のある東区へと向かっていた。
やはり悪魔を畏れてか、規制線の張られた周囲には中へと続く道を通行止めをする祓魔官や王国兵以外の人の気配を感じられなかった。
しかし静寂なその道を独り歩いていると曲がった所で、少し前を歩く自分と同じ制服を着た少女の姿が目に映る。
「うそ、アリシアさん……!? どうして彼女がこんな所に……!?」
そう、リクの目に映ったその少女とは アリシア・マクロイヒ 彼女だった。
そしてリクは咄嗟に身を隠す。
***
アリシアは車を降りて、その路地を歩く。
「妙に静かだ。」
通りの静けさに違和感を感じていた。車の通りもやけに少なく、人もあまり見かけない。お店もシャッターが下ろされ扉にクローズの看を掲げている。
すると、目の前に二人のブリテル王国兵が道を塞ぐように立っていた。
「そこのお嬢ちゃん、これ以上この先は進めないよ。」
彼らは歩いてくるアリシアに優しく声を掛けた。
「どうして、でしょうか?」
アリシアは疑問の表情を浮かべる。
「悪魔が出たんだよ。ニュースとか見てない?」
もう一人の兵士が、少女にその訳を話し出す。
「い、いえ。知りませんでした。」
(それで、ナタリは……)
少女は理解した。大通りのあの道が規制され渋滞を起こしていた事。己の従者が何故嘘をついたのかを。
「まぁ、そう言うことだからダメだぜ、お嬢ちゃん。悪いがこの先は、何がっても通さない。」
その瞬間、少女の顔が酷く暗く険しい表情を浮かべた。
「そこを、どいて下さい。」
少女は重く低いトーンでそう言葉を発する。
突如、様変わりした少女の雰囲気に兵士たちは少しの動揺を覚えるのだ。
「いやいや、出来ないって!
僕らの話聞いてた? あまりに危険すぎるよ。」
だが、兵士であるが故に、市民の命を尊重し守らなければならない。ましてや、まだ幼い女の子がそんな場所へと赴かせるなど、断固としてできるはずもない。
「ああ、行かせないぞ。
大丈夫! 俺たち王国兵と、世界を守る国連軍を信じろ!」
二人の兵士は優しく少女に微笑むのだ。
自分たちを信じろと、世界を守る彼らを信じろと。
でも、少女の表情は曇ったままだ。
そして、顔を上げてそう言うのだ。
「そうですね。貴方達の様な兵士はこの国の誇りです。ですが私は――――」
少女は徐に自身の首から下げられた胸元のネックレスを取り出した。
「―――――引くとはできないのです。そこを通して頂きます。」
少女はそのネックレスを兵士二人に見せつける。
その時、二人の兵士の顔に浮かぶ驚愕の表情。
驚きと困惑で表情が強張り固まっている。
「ま、まさか……」
そのネックレスはある家系の家紋が描かれていた。それは、4つの名のある名家の一つ。
そして、国内で王族を除けば最上位の地位にいる者達。そう、公爵の爵位をもつ一族。
「マクロイヒ家の家紋……!」
兵士達は直後に片膝をつきひれ伏すのだ。
「し、失礼しました! マクロイヒ家の御方とはつゆ知らず……! ご無礼お許しくださいませ!」
「ご無礼、お許しください…!」
そんな二人は自らの振る舞いに罪悪感を覚え暗く表情を落として下を向いた。
目の前の少女に対する無礼はあまりに酷く。愚かしい。死罪すらありえるその行為に、その無知に二人の兵士は、ただただ少女の次の発言を唾を呑み込み覚悟して待っていた。
そんな二人の兵士に少女は優しく語り掛ける。
「顔を上げてください。
貴方達はそのまま職務を続けるのです。
下を向いていては、出来ないでしょう?」
二人の兵士たちはゆっくりと顔を上げる。その視界に映るは麗しい少女の優しく柔らかな微笑み。安堵を通り越し癒し至る感情が彼らの中で生まれていた。兵士らは頬を紅く染め上げる。
そうして、アリシアは片膝を付くその二人の兵士の間をゆっくりと通過していく。
しかし、されどこそ少女をその場所へは行かせたくない。せっかく、救われた命だ。少女の寛大な処置で生きることを、職務を続けることを許されたのだ。だから、尚更にその行為は許容できるものではない。片方の兵士は、己の脇を通過していく少女のその足を言葉で制止させるのだ。
「ですが、お待ちを!
ご無礼を承知で重ねて申し上げます……!
ここより先は、危険区域のため、お進みすることを……! どうか、どうか! お考え直しくださいませ!」
アリシアは足を止める。
その兵士の震えながら語るその言葉に。
そして、もう片方の兵士は酷く驚愕した表情を浮かべている。アリシアへ発言した兵士の顔を覗いてみれば、顔面に大量の冷や汗を掻いていたのだ。
どれ程の心境で覚悟の中でそう発言したかが理解できよう。
「わ、私もご無礼だと存じ申し上げます……!
これより先には
隣の兵士のその行動に感化され、その兵士もまた、愚かな行為だと悟りながら少女の行く手を阻むのだ。そして、ゆっくりと少女は振り返った。
「感謝いたします。
貴方達の心意気とその行為は十分に理解でき、私を想ってのことなのでしょう。
ですが、私は――――」
振り返るアリシアの、その眼差しは鋭く、少女の譲れない意思を示していた。
「マクロイヒ家前当主アレクシス・マクロイヒの娘として。誇り高きひとりの騎士として。
参らねばなりません。進まねばなりません。」
その表情を、眼を見れば、生半可な気持ちや覚悟でそこを進むのではない。揺るぎない意志と覚悟を持って進もうとしているのだと。そんなことくらい容易に感じ取れた。
だが――――。
「し、しかし……!」
それでも、兵士達の少女を想う心もまた譲れない覚悟の意思だ。
「心配は要りませんよ。私もまた――――。」
アリシアは優しい笑顔で、二人の兵士に語り掛ける。
その行為がいかに愚かな行為だと悟りながら、それでも自分の身を案じ、そう進言してくれている。
その心遣いとその忠義に感謝を込めて柔らかな笑顔で微笑むのだ。
「―――――
その言葉に嘘はないのだろう。そう言葉を残して、その先を進んでいく少女の背中を捉える。
二人の兵士からは、出すべき言葉も、引き留める言葉も見つからず出てこなかった。
公族に対し疑うことなどできないと、免罪符を貼りながらどこかで信じているのだから。そして、そう言われたしまえば止めるべき理由が無いのだから。でも、何故なのだろうか。この不安は。
優しく微笑む、その少女の目はまったく笑っていなかった。揺るぎない意思と覚悟が、その瞳から感じ取れる。それは善なる少女の志がそうさせているのだろう。
だが、それだけではない。その瞳には確かに存在した。歪な何かが。憎悪や憎しみ、それらに近い負の何かが、確かに少女の瞳の奥底に潜んでいたのだ。
建物の陰から、リクはその光景を見ていた。
「やべ、何言ってるか全然きこえない……」
いくつかの会話の末に、彼女の正体を知った二人の王国兵が跪く。
そして、彼女が王国兵の間を歩き通過していった。
「どこ行くんだ……?」
目指した場所は、規制線の張られた内側であることは間違いない。
だがその目的が見えなかった。
悪魔がいると言うのにどうして、危険を冒して進むのか。
「大丈夫かな……? アリシアさん……」
彼女が
***
崩れたビル。大規模な砂埃が舞い、大小様々な瓦礫が一帯を覆う。
「……さぁーて、アイツを探すわよ!」
エミリの表情に少し困惑が浮かんでいるが、声を出してなんとか紛らわしている。
「う、うん……」とディルは頷いて二人は瓦礫の山へ足を運ぶのだ。
「全っ然、いないわね……」
しかし、捜索は困難を極めていた。
エミリが「あそこじゃない?」「ほら、あそこよ!」「あっちよ!」「きっとこっちよ!」と直ぐに場所を変え入念に捜索しないのも原因の一つであろう。
「見つからないね。
僕達の魔法じゃこの瓦礫をどうにかできないし――――……」
そうディルが言い掛けた時、大きな喜びを含んだ甲高い声が響いた。
「見つけたわー!」
エミリはディルに大きく手を振った。
瓦礫の中にエルタロッサの黒いグローブを嵌める手があったのだ。
「なにやってんのよ!」
呆れたようにエミリは言うと徐にその手を掴んだ。
「今引っ張ってあげ――――……!」
そして、引っ張り上げた。はず……なのに、
エミリの顔に驚愕の色が浮かぶ。
瞳孔は左右に揺れ、正常を保っていない。
凄まじい動揺が彼女を襲っているのだ。
「……え?」
そこにあったのは指先から膝までのエルタロッサの右腕だった。
掌から指に掛けては決して変わらない。
しかし、手首から膝までが酷く捻れていた。
おうよそ、人間の腕には思えない。
そして、何より膝から下が無いことが、エミリの思考を停止させていた。
「エミリ……!? 危ない……! 逃げるんだぁあ……!」
その瞬間、ディルは必死に叫び声を上げた。
同時に感じた背後に立つ何者かの気配。
「イヒヒヒ……!」
数秒、いや零コンマ気づくのが遅れていたら、
ディルの声が無ければ死んでいたかもしれない――――。
悪魔の鋭利な手による鋭い一撃。
エミリはギリギリの所で躱し、そして一瞬でディルの元まで下がった。
「やるねぇえ! いい反応じゃねぇか。」
だが――――。
「しかし残念だ。その右腕、もう使えねぇな?」
エミリの右腕はまるで絞った雑巾のように捻れ、中の骨は砕け散り、筋肉はボロボロ。
「ハァ……ハァ……。クッ……!」
その痛みに片膝をつき、右腕を抑えた。
既に強烈な痛み以外の感覚は無く、腕を上げることすら叶わない。
(一体、何が……!? 何が起きた……!?)
ディルは思考を駆け巡らせた。
悪魔にやられたであろう捻れた死体。
エルタロッサの千切られ捻れた腕。
そして、エミリの右腕。
「そうか……」
その理由を理解し得た。だが、同時に知りたくなかったと思えるほどに恐怖が身を襲う。
「ディル……!」
下を向き身を震わせるディルにエミリが叫んだ。
ディルは顔を上げてエミリの右腕を見つめ、エミリの顔を見つめる。
「エミリ……?」
その瞳孔は左右に揺れ、驚愕と恐怖にまみれた表情が浮かんでいる。
だから、少しでもそれを和らげてあげたくて目が合った時「大丈夫だよ」と笑顔で笑って見せた。
「ディル、私が時間を稼ぐわ。」
エミリは立ち上がって、目の前の悪魔を見据えた。
「エミリ……何を言っているんだ……?」
その言葉の意味を理解した。でも――――
覚悟を決めたように真っ直ぐなエミリの横顔を、ディルは見つめる。
「逃げるのディル。あなたは逃げて」
《エミリは命を懸けて、逃げる隙と時間を作ろうとしている。でも、そんなこと―———》
「そんなこと、出来るわけないじゃないか……!
だって、あいつは……あの悪魔は……!」
《握った左腕が震えていた。怖いんだ。
エミリもあの悪魔を前にして恐怖を抱いているんだ。でも、それなのに彼女は――――》
「うん、ディル。
攻撃を受けた私が一番分かっているわ。でもね、このままじゃ二人とも共倒れよ?
あなたは逃げなさい。そして、このことを伝えるの。――――良い?」
《良いわけないじゃないか。
そう、叫びたい。そう叫べたらどれだけ良いことか。
でも、何を自分がすべきか。って事くらい自分でも恐ろしくらいに分かっている。
ここにいても、僕では足手纏いだ。
彼女を助けることも、まともにできない。
僕の魔法では、悪魔の動きを完全に封じることはできない。
言い訳はこれくらいしよう。
どちらにしたって、いくら言っても彼女の決意は変わらないだろうから。昔からそうだった。
彼女は、いつだって自分の言葉を曲げることはないんだ。
折れるのはいつも僕達で、その所為でエルタロッサとエミリは昔からよく喧嘩してたってけ……》
「分かった……」
ディルは溢れそうになる涙をこらへ、静かに頷いた。
《彼女は言葉を曲げない。……だから――――》
「ごめん……」
ディルは、エミリを置いて逃げることを決意した。
仲間を置いて身勝手に一人逃げる行為に、その言葉を。
「ありがとう。ディル」
そうエミリは笑って答えた。
《そんな顔しないで。
私を想い躊躇ってくれたこともわかってるわ。
それでも、私の想いを理解してくれた
辛い決断してくれた。
ディル、今まで本当に「ありがとう」》
――――ありがとう。
まるで、最後だと語っているその言葉。
二人は分かっていたのだろう。
エミリは自分の死を確信し、
ディルもエミリとの最後の会話で最後の時間だと理解している。
目頭がどんどん熱くなり、溢れるモノを抑えられそうにない。
せっかく固めた決意も、覚悟も緩んでしまいそうだ。
だから、だからもう行こう――――
《そして、もう一つ。
いつだって彼女は、仲間を見捨てなかった。》
その瞬間、全身全霊で魔力を込めた。
実際には一瞬だが。
でも、時間はどこか緩やかに刻まれているよにゆっくりと進んでいたように感じる。
「
「
エミリは全力で踏み込み、振り返ったディルは同時に魔法で強化した筋力で全力で駆け出した。
「子蔵ォオ!! 逃すわけねぇだろうがぁあ!!!」
悪魔もその瞬間、攻撃を迫った。
激しい地響きが後ろで響いた。
瓦礫の破片が後ろから飛んでくる。
衝撃でまったアスファルトの粉が風で匂いを運ぶ。
しかし、後は振り返らない。
そう決めた。そう心に誓った。
だから、振り返る暇があるなら、
流れでる涙を拭う暇があるなら、
ただひたすらに、青年は走り続ける。
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