第9話 街は、忽然と戦場へ
ここは国連祓魔軍事機構ブリテル王国王都ロンド支部のとある会議室。
「報告致します。規制線を敷き南区中央市場周辺半径1キロ圏内への立ち入りを全面禁止し、並びに徒歩・自動車・列車などでの規制線内侵入経路すべての交通網を封鎖完了致しました!」
そう説明した若い男の祓魔官の目の前には、多くの祓魔官がピリリとした空気の中、皆表情に険しい顔を浮かべていた。
「で、中の様子はどうなっている?」
左目を眼帯で覆い隠し、強面の屈強な男性軍人。
彼の名はガラド・エルバレク 上等祓魔官である。
「はっ。たった今規制線内のほぼ全ての市民の避難が完了し、我がロンド支部所属の
「よろしい。そのまま続けろ。決して、悪魔を外へは出すな。」
「はっ」
すると、エルバレク上等祓魔官の横から長い黒髪の女性祓魔官が声をかける。
「戦闘の方は大丈夫なのですか?
確か今回の悪魔はレベルCクラスとお伺いしましたが。」
彼女の名前は、エレナ・タニャータ 同じく上等祓魔官である。
「はっ。問題無いかと思われます。
レートC魔導具
レートC魔導具
レートB魔導具
以上、3名の
そして、うち二人はノーマルでありますが、うち一人 エミリ・バーザムは
「ナンバーを……そうですか、わかりました。
タニャータ上等祓魔官は少し不安に思いながらもナンバーズの存在を考慮し、任務に支障は無いと判断すると頷いた。
「では、何かあったら引き続き報告を頼む。」
エルバレク上等祓魔官のその言葉に「はっ!」と若い軍人は敬礼すると、会議室から身を引ひた。
***
静かな街の中。いつもなら人で賑わうこの場所も今は、その静寂性を保っている。
多くの人が避難し、ここに市民はいない。
もし、何者かがいるのならば、残る者は――――
「ここにいるな……。血の匂いも感じる。」
エルタロッサはとあるビルの一階の飲食店を前にその、敏感な嗅覚を発揮する。
「そう……」とエルタロッサの言葉を聞いたエミリの表情は雲がかかったように暗くなった。
飲食店の外観はガラス張りで、外から中を伺うことができるが、店内の照明はついておらず真っ暗で、ハッキリとは見えない。
けれど、中に人が居る気配はなく、静寂である。
「よし、ここね! じゃあ行くわよ!」」
気持ちを切り替えるように、エミリは力強く言うと腰に携える二本の短剣を手に握りしめ歩き出した。
「そこから入んないんですか……?」
ディルはお店の出入り口を指差す。
普通ならそこから出入りするものだ。
そして、彼女は明らかにガラスを突き破り店内へ入ろうとしている。
「いいのよ! こっちの方が派手なんだから!」
「ふん! そう言うこった!」
胸を張り自信満々に答えるエミリ。
そして、エルタロッサは黒い手袋を両手に装着しながらエミリに同調するよう頷いた。
いつもは、全く性格の合わない二人に(何でこう言う時だけ……。)とディルは困り顔を浮かべる。
「わかりましたよ……。」
「じゃあ、行くわよ!」
そのエミリの合図と共に、ガラスは突き破られ、見るも無残に派手と言う理由だけで粉々に砕け散った。
そして、その割れたガラスから3人は中へと侵入する。
「イヒヒヒ……!」
奇妙な笑い声が響いた。
間抜けの殻である店内で、それは優雅に席についていた。右手には注がれたワイングラスを持ち、不適な笑みを浮かべる。
「酷い……」
「クソが……!」
驚愕するディルと、嘆くように言葉を吐いたエルタロッサの視界には数体の人間の死体が映る。
しかし、それは原型を留めておらず、死体だった物と言った方が正しいのかもしれない。
まるで、果実を搾るように捻られ潰されている。
悪魔がソレを、飲むためにしたことなのだろう。
「なんだ、弱そうなのが3人。
だがまぁ、身体を慣らすのには丁度いいか。」
悪魔は、3人の
「ずいぶんなこと言ってくれるじゃない!
その余裕ってツラ……私が剥ぎ取ってあげるよ。」
「「エミリ……!?」」
陽気でいたエミリの姿がそこには無かった。
その表情と声色をディルとエルタロッサは初めて見たかもしれない。
表情は暗く哀しい、声色は冷たく重い。
彼女の心を激しい怒りが覆っているのだ。
そして、エミリは二本の短剣を持ち一歩を踏み出す。
「!?」
悪魔の視界から突如、エミリが消える。
そして、気づけば目の前に立っていた。
下から上へ、一直線に切り上げる。
(あっぶね……!)と悪魔は顔を逸らしギリギリのところで躱すが、直ぐに右側からもう一本の短剣が迫った。
悪魔はそれを右腕でガードし、同時に掴みエミリを投げ飛ばす。
――――ボンッ
とエミリの体は壁に激突し砂埃が舞う。
「おい、大丈夫かエミリ……!?」
「エミリ……!」
エルタロッサは不安気な表情を浮かべ、ディルはエミリの元へと駆け寄った。
「大丈夫! こんなのかすり傷よ!」
エミリは立ち上がり、体についた砂埃を払う。
「イヒヒヒ……!
ダメだなぁ、オレ。戦いの勘を忘れてやがる。」
久々の戦闘に思うように動けない己の身体を実感するが、その表情に浮かぶのは不安ではなく、喜びそのものだった。
「おい、エミリ。次は勝手に突っ走んじゃねぇぞ!
3人で同時に行く。
そのエルタロッサの発言に、「なーに、あんたが勝手に仕切ってんのよ!」と言いながらも、3人は自然と3組の状態を作っていた。
「まぁ、いいわ。そうしてあげる!」
エミリは二本の短剣を構え、エルタロッサは拳を構える。ディルは長い杖を前に構えて、3人は目の前の悪魔を見据えた。
「いいねぇ、三人同時か! かかって来いよ!」
悪魔が戦闘に酔いしれた笑みを浮かべた時、
「一気に決めるわよ!」
エルタロッサとエミリが同時に前へと出る。
「
壁を蹴り、床を蹴り、天井を蹴り、上下左右、店内を目には捉えることの出来ない速度でエミリは動き続ける。通過したであろうところには残像が微かに残るほどだ。
「んだよ、鬱陶しいな。」
その中で悪魔はエミリの斬撃を悠然といなし、躱し続けるのだ。
「おいおい! そんなもんかよ!」
だがその時、天井を蹴り悪魔の元へエミリによる最速の一閃の一撃が入る。
「
が、悪魔はそれを躱した。
エミリの着地と同時に床には大きな亀裂が入る。
「イヒヒヒ…! ざんねん。」
そして、着したエミリを狙うように悪魔は瞬時に異形に変化させた鋭い手を突き仕掛けるのだ。
「おい。よそ見すんなよ」
しかしその刹那、背後からエルタロッサの隙をつくような一撃、黒い手袋を嵌めた右拳が力強く、悪魔へと迫る。
「イヒヒヒ……! 舐めんなよ! そんなノロマな拳――――……!」
だが、瞬時に自身の上半身を無理矢理捻り反転させ、悪魔は対象をエミリからエルタロッサへと変えた。
「当たるわけねぇーだろ!!」
そして、悪魔の鋭い手の突きがエルタロッサの拳よりも数段素早く迫るのだ。
そして、エルタロッサはその光景に驚愕な表情を浮かべるが――――
「
その時、ディルが魔法を発動する。
(か、体が動かねぇ……!)
悪魔は突如として自身の体の動きが鈍くなった。
動揺する悪魔の表情にエルタロッサは、ニタリと笑みを浮かべる。
そして、エミリはその持ち前のスピードでディルを抱えて一気に店の外へと飛び出した。
「
殴ったその時、凄まじい光と炎が包む。
後に、大きな爆発音と共に衝撃波が周辺を破壊した。
そして――――メキメキっとビルへと亀裂が入っていく。
「ねぇ、エミリこれって……?」
亀裂の入っていくビルを見上げるディルの表情には不安が浮かんでいた。
「これは……こまったね……」
そう、エミリは倒壊寸前のビルを見上げているが案の定「あー、あ」とビルは物凄い崩壊音を立て崩れ落ちて行くのだ。
***
規制の張られた向こう側―———。
公園も広場も飲食店通りも全て、人っ子ひとりいない。
全ての市民が避難し、普段賑わっていたはずの街が静寂性を持っている。
すると――――。
その静かな街の空間に突如、大きな崩壊音が響き渡った。
「きゃー……!!!」
上がる女性の悲鳴。騒めく民衆。
「なんだ、なんだ今のは……!?」
「一体、中で何が起こっている……!?」
動揺を浮かべ、たじろぐ兵士や祓魔官たち。
規制線の向こう側で鳴り響いた崩壊音。そして、立ち上る白い煙と砂埃。
その壮絶な悪魔との戦闘に皆が恐怖に駆られる。
「何、今の!? びっくりした……」
そしてリクの顔にも驚いたような表情が浮かんでいた。
***
その日の学校も終わり、家路についていた。
「どうしたのだろうな? ナタリ。」
アリシアは後部座席から運転手であるナタリへと語りかける。
「どうやらこの先は規制されておりまして、進めないようですな」
ナタリの風貌は白髪の生えた60代半ばくらいの男性という感じだ。
今現在、黒光りしたこの高級車は多くの車の列に挟まれ身動きが取れ無い状態にある。
片側三車線、二人の進行方向へと進む車線は長く大きな渋滞を作っている。逆方向へ進む三車線は比較的空いていた。
「何故だ?」
「それは……その……。何故でしょうな?
私目にも、理由は存じあげません……」
ナタリはどこか口籠もりながからそう話す。
「嘘だな。訳を話すのだ。ナタリ。」
アリシアはその口調に不審を抱き疑うような眼差しで、バックミラー越しに映るナタリを凝視した。
「いえ、このナタリ。誠に存じ上げておりませぬ……」
(申し訳ございません……。アリシア様…。
ですが私は、貴方様の為なら例え主人であっても嘘を付くことを厭いまぬ……)
主人に嘘を付くなど決してあってはならいこと。
だがナタリは、それでもアリシアを思い主人であるアリシアへの背徳行為に胸を痛めながら嘘をついた。
その瞳には薄っすらと涙がうかぶ。
「まぁ、良い。それより、これはどうにかならないのか?」
何を言っても口を割りそうに無いナタリの心中を悟り、アリシアはそれ以上聞くことをしなかった。
「そうですな。迂回し別の道でご帰宅された方がよろしいかと。」
車は少しづつしか動こうとしない。その為か所々でUターンし多くの車が戻っていく。
「そうだな。そうし――――……」
アリシアがそう答えようとした時。
―――― 凄まじい崩壊音が街に響いた。
そして、その方角では煙が上がり、大きく砂埃が舞っている。
方角は規制されているであろう、その内側。
「何だあれは……」
突如として起こった爆発に驚愕した表情をアリシアは浮かべる。
「…………」
嫌な予感を感じだナタリはバックミラー越しにアリシアを見た。――――ガチャ。
「アリシア様!?」
アリシアは徐に外へ出ようとしているのだ。
「ナタリ、先に帰っていてくれ。」
「ちょ、おま、お待ちを……! アリシア様……!」
ナタリの言葉を聞かず、アリシアは扉を閉めてそのまま歩いて行ってしまった。
ナタリは車を放置する訳にはいかず、車から降りることはできない。動揺し焦りながら徐にポケットから携帯電話を取り出した。
「もしもし。ナタリさんどうされました?」
電話の向こうからは女性の声が聴こえた。
「困ったことがこりました……。
アリシア様が独り、南区の中央市場方面へ向かわれてしまった……。私は車を降りならない故、アリシア様の保護を頼みたい。」
「な!? 南区の中央市場って……!
今、軍によって緊急警戒区域に指定された場所ですよ……!?」
電話越しにその女性は驚くように声を発した。
「分かっています……。
しかし、今私は渋滞に捕まっていまして」
「渋滞してるんですか? いやいや、そうじゃなくて!
なんでも、中央市場の周辺に悪魔がでたらしいんです……!」
「はい。ですから早くアリシア様を保護してください。
アリシア様が悪魔の存在を知れば……貴女もどうなるかは理解出来るでしょう?」
「は、はい……」
「迅速にお願いしますね」
ナバスの顔は一気に深刻さを増していく。
その、雰囲気が電話越しからも女性はヒシヒシと感じていた。
「分かりました。直ぐに向かわせます。」
そうして、電話は切られる。
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