第8話 恐怖は突然に
建物の屋上で二人の人物が、見下ろしていた。
「まだ、全然避難できてねーな。」
一人は狼の獣人の男だ。
祓魔官や王国兵が協力し市民を誘導している。
「どうです? 見つかりました?」
そしてもう一人は、眼鏡をかけた大きな杖をもつ青年だ。
「あぁ、ディル。だが、少し変だな。」
「変とは?」
青年ディルは疑問の表情を浮かべる。
「雰囲気っつーか。香りが違うっつーか。
普通の悪魔とは違うんだ。」
狼の獣人の男は風に漂う香りを鼻で嗅ぎ取りながらその問いに答えた。
「あぁ、そう言う事ですか。
何でも、研究中の被験体だったらしいですよ。」
「それでか。 一体、軍の連中は何を研究してるんだろうな。」
「さぁ、分かりません。ギリギリまで隠蔽しようとしていたそうですが、結局一人の犠牲を出して悪魔には魔力まで回復されてしまったらしいですよ。」
「それで今頃、
狼の獣人の男はため息を吐いて、そう言葉を漏らす。
すると――――。
「お待たせ! ディル、エルタロッサ」
二人の元に後ろから声がかかる。
その声のする方へ青年ディルと狼の獣人の男エルタロッサは振り返った。目に映るは長い赤い髪、腰に二本の小さな剣を携え、キャップを被る女性だ。
「やぁ、エミリ……。遅かったですね。」
ディルは顔を赤くさせ、嬉しそうな笑顔を向ける。
「ごめん! 道に迷ちゃった! テヘ!」
赤い髪の女性エミリは謝罪の弁を述べるが、その顔には謝意の一つも現れていない。
ベロを出し、右手でコツっと自身の頭を殴るのだ。
「チッ。おせぇーんだよ。
それに、何がテヘだ。ぶっ殺すぞ。」
エルタロッサは不機嫌な表情を浮かべ、悪気を感じさせないエミリにそう言葉を発した。
「怖〜い! ディル助けて!」
「エ……エミリ……。」
エミリは、ワザとらしくか弱気に発言すると、ディルの後ろへ身を隠した。
ディルはエミリのさりげないボディタッチに恥じらい顔を赤く染め上げる。
「おい、ディル。なに顔赤くしたんだよ。」
「しっ、してない……!」
ディルは必死に否定をするが、誰がどう見ても顔を赤くしている。
「えー? ディル顔赤いのー?」
ニタニタとエミリは笑いながらディルの顔を伺う。そんな、エミリにエルタロッサは問いを投げた。
「おい、エミリ。お前、いくつになったんだよ?」
「なに? エルタロッサ、女性に年齢聞くわけー?」
エミリは目を細め、じっーと凝視するように問いを投げ返した。
「違げぇーよ! ナンバーだよ!」
「あー! そっちね。 9592位よ」
彼女は納得したように頷きながら、答えた。
「凄いですね。エミリ 」
「チッ。」
エルタロッサは面白くないような顔を隠す事なく浮かべ、舌打ちをして、顔を背けた。
「ありがとう、ディル! でも、まだまだよ。
私は3桁(トリプル)を目指しているんだから!」
「3桁(トリプル)ですか。」
ディルは感心したように頷いた。
「僕らにとっては夢のまた夢ですが、エミリになら、きっとなれますよ!」
「おいディル! 勝手に一緒にするな!
俺はな! いつかぜってぇ、一桁(シングル)になってやるんだ!」
「アハハ! ナンバーを持ってないくせによく言うわね!」
エミリは大声で腹を抱えて笑い、目には涙を浮かべている。
「うるせー!」
そんなエミリに、苛立つように大きな声でエルタロッサは吠えるのだ。
「でも、良いわ……! いつか、私を超える気なのね。楽しみだわ。」
エミリはその笑いすぎて浮かんだ涙を拭き取りながら優しく微笑むのだ。
「エミリ……」
そんな、彼女の表情にエルタロッサも苛立つ気持ちは抑制されて表情が柔らかくなっていくのだが「多分、無理だろうけど!」と馬鹿にするようエミリの発言で表情はすぐに戻った。
「おい…!この、クソォあまぁああ!!」
エミリの言葉にエルタロッサは激怒し大声を荒げる。
「まぁまぁ、二人とも落ち着いてください……」
そんな、二人を間に挟まれた、穏やかな青年がいつものようになだめるのだ。
「よく見てディル。」
そんな中、エミリはディルの言葉に少し引っかかり真剣な眼差しでディルを見つめた。
「私は落ち着いてるわ。怒り狂ってるのは何処かの誰かさんだけよ!」
そして、胸を張るようにそう答えるのだ。
「ちょ、エミリ……。 もう……それ以上は……。」
これ以上、場の雰囲気が悪くなるのを懸念したディルの顔には困った表情が浮かんでいた。
何故なら自身の後ろで何かが燃え盛るような幻聴が聞こえるのだ。まるで、怒りに燃えるそんな男の音が……。
「おい、ディル。そいつをしっかり抑えとけぇえ……!」
間に入り宥める青年の行為も虚しく、狼の獣人は苛立ち震えるように叫び、その状況に「はぁ……」と呆れるようにため息を吐いた。
***
学校の授業が終わり、リクは家路に着いていた。
「んー? 双子? 双子だよね……?」
瓜二つの彼女と彼女と。髪の色だけが違った。
「それにしても、もっと話したかったな……」
そう残念そうに話す訳は、タイミング良くなった学校のチャイムの所為だ。
そのチャイムは昼休み終了の刻を伝えると共に、次なる授業までの開始時刻の猶予の令でもある。
「あ、もう昼休み終わっちゃった。授業いこっか。」
「そうだね。 次の授業、教室どこだっけ?」
「第二研究室だったと思うー」
生徒達はそのチャイムを聴くと直ぐに片し、授業に向かうため食堂をでなければならないのだ。
そしてそれは、二人も同じこと。
「それだけ伝えかったんだ。
それじゃあ、またね。」
ヨゾラ・キヅキはチャイムの音を聴くと、リクにそう言って食堂を後にした。
「う、うん。またね……」と少し混乱しながらリクは返答する。
そして、現在――――
「またね。か〜!」
彼女と交わした最後の言葉に、心を高鳴らせていた。
すると、その時――――ザーッ、ザーッ
街の至る所に設置されている放送機から、接続し途切れるような音が出た。
そして、放送が開始される。
「こちらは国連祓魔軍事機構であります。
ただ今、この放送が流れている一部地域は特別警戒区域に指定されました。」
その放送に街を歩いていた多くの人が耳を傾ける。
軍からの放送など滅多にある事ではない。そして、特別警戒区域と言う言葉。不安がる表情を市民達は見せていた。
「え、なに? 」
リクもその放送に耳を傾ける。
「南区中央市場周辺にて悪魔の存在が確認されました。市民の皆様はお近くの祓魔官または、ブリテル王国兵の避難誘導に従い、直ちに非難してください。」
その放送に、市民は騒然とし皆足を止める。
「おい……。嘘だろ……?」
「ちょっと、今の放送どう言うことかしら……?」
「なぁ……? 今のって……まじなのか……?」
悪魔の存在。市民達がそれを飲み込むのに多少の時間を要した。
「繰り返します。南区中央市場周辺にて悪魔の存在が確認されました。市民の皆様はお近くの祓魔官または、ブリテル王国兵の避難誘導に従い直ちに、お近くの建物の中へと非難してください」
けれど、二回繰り返されたそれは確かに市民達の脳裏に焼き付けた。彼らは瞬く間に恐怖に駆られる。
「おい……おい……。まじかよ……!?」
「悪魔って……! なんなんだよ……!?」
周囲は騒然とし、その中で目を見開き表情の固まる母親を小さな子供は不思議そうに見上げた。
「ねぇ、ねぇ、お母さんどうしたの?」
「逃げなきゃ……。逃げるわよ……!」
母親は震え必死さを表情に滲ませる。
そして、即座に子供の手を取り走り出すのだ。
「うわぁああ!!!!」
その瞬間、我先にと冷静を欠いた人々が一斉に走り出した。パニックとなった人々のその波に揉みしだかれるようにリクは押されていく。
「なんだこれ……!」
身動きが取れず、市民らが動くままにその流れに引きつけられていく。
「落ち着いてください!
我々の指示に従って避難をお願いします!」
そんな、パニックで荒れ狂う市民達の前に大勢の祓魔官と兵士が現れた。
「さっきの放送どう言う事ですか……!?」
「悪魔が出たって本当なんですか……!?」
「早く、早く、どうにかして下さい……!」
市民らは恐怖で怯えて、すがり付くように彼らの元へ駆け寄った。
「はぁ……」とリクはその光景に大きく溜息を吐く。
「落ち着いてください!
皆様の安全は私達が命に換えてもお守りいたします! これから避難誘導致しますので、前の方を押さずにお進みください!」
そしてその後、避難の誘導はなんとか進みリクを含め多くの市民が規制れた地域の外へと避難していった。
「悪魔か……。」
規制線の向こうを眺めリクは困惑した表情で発した。
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