第7話 ありがとう って

 チャイムの鐘の音が鳴り響く。

 時刻はお昼休み。

 授業の終えた生徒達が、ぞろぞろと席を立つ。

 その時リクは、横目でヨゾラ・キヅキを伺っていた。

 昨日の不審な行動に謝罪の意を述べたいが、

「どうしよう……なんて話しかけよう……」と、踏み出す一歩が出ずにいた。


「ねぇ――――」


 すると、なんて声を掛けようと悩んでいたリクに、キヅキ・ヨゾラの方から声を掛けてきたのだ。


「……え? ど、どうしたの……!?」


 びっくりしたように、声を出すリクに「アハハ」と少し微笑みながら


「そんな、ビックリしないでよ。

 ねぇ、時間ある? 食堂いかない?」


 そう、優しく声を掛ける。

 急な誘いに驚き固まるリクは「うん、うん、」と首を縦に振るだけで精一杯。


「そっか。よかった」


 深く被ったフードで顔はよく見えない。

 でも、微かに見える微笑んだ口元と嬉しそうな声色で喜んでいるんだと言うことが伝わる。



「おーい、リク。 飯いこーぜ!

 今日から食堂開放だろー。」


 1‐Bの教室の前、その扉からひょこっと顔を出しギルは声を掛けた。


「あれ……。いない。」


 だが、教室にリクの存在は無い。


「よー、メムル。リク知らないか?

 ってお前何書いてんだ?」


 しかし、教室にはメムルが居た。

 ギルは教室に入り、リクのことを聞くが、その時に視界に入ったメムルの描く【何か】に興味が向かう。

 凄く熱心にノートに書いているのだ。なんだろうと徐にメムルへ近づく。


「ダメなん! まだ、見ちゃダメなん!」


 ギルにノートを見られそうになったメムルは、それを必死になって隠した。


「なんだよ。良いじゃんか別に。」


「ダメなん! 終わったらちゃんと見せるん。

 それとリク兄は食堂なん!」


 メムルは真剣な表情でギルを見つめる。


「へぇ、そう……」


 メムルの真剣な監視の目が数秒間ギルを捕らえる。

 隙も油断もない。そう、ギルは諦めた様に溜息を吐くと


「わーったよ。 じゃあ、終わんの楽しみにしてるからなー。」


 そう語り、ギルは横目でチラチラと見ながらも教室を後にした。

 ギルをしっかりと見送ったメムルは再度ノートに書き始める。

 しかし、それを横目で見ていたギルは後ろ向きに下がりもう一度覗き込もうとした。


「む……!」


 戻ってきたギルに気づいたメムルは体で覆い被さる様にノートを隠し、今までで一番鋭い目つきで、ギルを見つめる。


「わーった、わーった……! 見ないから……。っちー」


 その目つきに気圧されたギルは、諦める様に舌打ちを一つ打ち、しっかりメムルに監視されたまま教室を後にする。

 その途中、何度も振り返るギルに対し、その度にノートの上に覆い被さっては鋭い目つきを飛ばし続けていたとか。


 食堂は生徒達で賑わい、席の殆どが埋まっている。

 すると、突如として食堂が騒めき出す。

 そして、生徒達は皆、その原因である一行に目を向けていた。


「アリシア様だ……。」


「アリシア様よ……。」


「夏休みぶりのアリシア様……。お美しい……。」


「1年のアリシア・マク・ロイヒだ……。

 いつ見ても綺麗だよなぁ〜」


 彼女、彼らの熱い眼差しの先に居たのは、四名の女子生徒。

 簡単に言えば、アリシアとそのアリシアの親衛隊なる者達3名だ。彼女らはアリシアを中心に護るように立っている。

 彼女ら3人も違うことなき美女であるのだが、アリシアの他者を寄せ付けない、その美しさに学年男女問わず誰もが目を奪われていた。


「俺、玉砕覚悟で告ってみようかな……。」


「おい、バカ! やめとけ! 見ろよあの目……。

 アリシア様に行き着く前に、あの取り巻き3人に殺されるぞ!」


 どこぞで、1学年の男子生徒二人が話している。

 先頭を歩く、黒髪ポニーテールの女子生徒リーリアが周りを警戒するような鋭い目つきで周囲に目を配っていた。


 そんな騒めく食堂に、リクとヨゾラ二人の姿もある。


「凄い人気ぶりだね。」


 ヨゾラは感心する様に言葉を発した。


「あー、アリシアさんはこの学校の人気者だからねー。」


「そうなんだ。」


「うん……」と、頷くリクだが思うように会話が出てこなく、思い悩んでいた。


(どうしよう……。どうしよう……。

 何か、話題、話題……)


 そんな時、取り敢えず思いついたのが彼女への幾つかの質問だった。


「あの、キヅキさんて魔導学科だよね?」


「うん。そうだよ。」


 魔導学院には、魔導学科と対魔学科の二つがある。

 違いで言えば、魔法を学ぶか、魔法を用いた悪魔や魔物との戦闘術を学ぶかの違いだ。


「俺は、対魔生物学科だよ!」


「悪魔怖くないの?」


 じーっと不思議そうにヨゾラはリクを見つめた。

これが普通の反応だろう。

魔導だけを学ぶ魔導学科の多くの生徒は魔導士を目指す。

魔導士であれば、魔物や悪魔と戦わずに済むからだ。

もし戦いや争いになっても相手は、人であり国であり対話が成り立つ分、幾分か気が楽なのだ。

それに対し対魔生物学科の生徒は皆一様に祓魔師エクソシストを目指す。

祓魔師エクソシストは魔物や悪魔を狩ることを専門とした生業。

戦いの終わりに待つのは生か死のみ。

対話は通じない。

悪魔や魔物は人に敵意を持ち。

さらには人を捕食する。

悪魔と祓魔師エクソシストの争いの間に、捕虜も和解も無く、るかられるかだけだ。

故に、人は悪魔や魔物を恐れる。


「こ、怖くないよ……!」


 翠の瞳がリクを写す。

 その美しさに引き込まれそうで、呑み込まれてしまいそうだ。


「そっか。」


 少し嬉しそうにヨゾラは微笑んだ。

「うん……」と頷くリクは、またも会話が終了してしまったことに危惧を覚えて始める。

(コミュ障すぎるだろ……! 俺……!)

 と嘆いていると、


「ねぇ、一つキミに言いたいことがあったんだ」


 ヨゾラ・キヅキはそう、語り出した。

 リクの脳裏に浮かんだのは、昨日の出来事。

 観察し、つけ回していた昨日の事だ。

(やばい……! 何言われるんだろう……!?)

 気持ち悪い、変態、近寄らないで、関わらないで。

 そんな事だろうか。

「帰っておくれよ……!」

 あの時、そう言われてしまった。

(でも、でも……。お昼、誘ってくれたし……)

 神妙な面持ちでヨゾラ・キヅキに視線を向ける。

 数秒の間。ヒヤヒヤとし空気が体感する時間を長く感じさせた。

 怖い。嫌われたくない。

 だから、何か言われる前に言っておきたい。


「ごめんキヅキさん……!」


 リクの唐突の謝罪に「え……?」と声を漏らしてヨゾラは動揺する。


「俺、授業中ずーっとキヅキさんのこと見てて……!

 昨日の、お昼だって「どこいくんだろう?」とか思って尾行みたいなことしちゃって……!

 だから……その――――……」


 ヨゾラとって思い掛けない告白と謝罪は自身にとって更なる動揺を齎らした。


「バ、バカ……! 何なんだよキミは……!」


 その発言に、「拒否」を「不快」を含めていたなら最悪だ。

 深く被ったフードが邪魔をして、更には俯いてしまったヨゾラの表情は一層見えない。

 でも、俯き顔を逸らされたのだから覚悟はしとかなければならないだろう。


「嫌な思いをさせたのなら、謝りたくて……。

 だから、……ごめん、キヅキさん……」

 

 頭を下げたリクの視界は食堂のテーブルで埋まる。

 どんな態度、どんな表情、どんな雰囲気。

 一体、今、何を思って何を考えているのか。

 知りたいが、怖くて顔を上げることができない。

 嫌われてしまったのではないか。そう、頭に過ぎる。


「し、知ってたさ……!」


 その一言が、ズドンッとリクの心へ負荷をかけた。

「やっぱり……」と暗い表情が浮かぶ。


「キミがボクをずーっとチラチラと見ていたことも、昨日のお昼休みにボクをつけていたことも……!」


 全部バレていた。

(嫌われたぁ〜……!)と涙を浮かび悲壮感に襲われる。……自業自得なのだが。


「でも、今はそんなこと関係ない。

 ボクだって気にしていない……」


「――――え?」耳を疑った。だが、しっかりとそう聴こえた。リクの心へ安堵の波が押し寄せる。

 安堵がリクに力を与えて、顔を上向けさせた。

 その時、リクの視界に見えた光景は―――


「キミに言いたかったのは……。

 ありがとう――――って」


 フードの端をコネコネと摘み引っ張って表情を隠す、そわそわと恥じらいながら翠の瞳を横目で向けて、リクを見てくるそんなヨゾラの姿。


「ありがとうって伝えたかったんだ。」


 クエッションマークが頭を覆う。

 感謝を述べられる行いなどした覚えがないのだ。

「どういうこと……?」と本当に身に覚えが無かった。


「ボクの大切な人を助けてくれたんだろう?

 だから、お礼を言いたかったんだ。」


 彼女は何か勘違いをしている。

 謝ることはあっても感謝されることなど、


「いや、だから俺は何も――――……」


 何もしていないはずだった。

 すると、ヨゾラはゆっくりと深く被っていたピンク色のパーカーのフードを外した。


「こう言う、顔をした黒髪の女の子。」


 少し紅く染まった透き通るような白い肌。ピンク色のふんわりとした唇。翠の瞳 そして、銀色の髪。

 正に――――瓜二つだ。


「ありがとう。彼女を助けてくれて。」


 眩しいくらいの輝く笑顔。

 容姿は、全く同じ。瞳の色さえ同じ。

 マニッシュショートと髪型も同じ。

 ただ、彼女は銀髪で、そして、彼女よりどこか少し明るい。……気がする。


 ***


 陽の光が街を照らし、人々は穏やかに1日を過ごす。

 しかし、その街の一部では緊迫した状況が広がっていった。


「おい、いたぞ! こっちだ!」


 国連祓魔軍事機構の軍服を着た独りの祓魔官がその路地裏で声をあげる。

その目の前球は、疲労を感じさせる男が必死に走っていた。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 疲れ切った体は左右へと揺れ、それでも男は必死に逃げている。


「どこだ……!?」


 他の祓魔官がその声を聞き、集まってくる。


「待て!」


 ――――バン、バン、バン。

 何本もの銃声を浴びせながら男の背中を一斉に追いかける。


「クッソ! 路地を抜けられたら大通りに出てしまうぞ……!」


「回り込んで、挟み撃ちするんだ!」


 彼らはいくつかに分かれて、その幾多に枝分かれした路地を、進んでいく。


「ハァ……ハァ……ハァ……。クッソ……! 

 魔力さえ! 魔力さえ回復すれば……!」


 必死に逃げ惑う男にとって、何処へ向かっているかなど、目的はない。ただ、ひたすらに逃げ惑い反撃の気を伺っていた。


「はぁ……。先輩達に置いて行かれてしまった……」


 すると、狭い路地の間を1人の祓魔官が困り果てた表情を浮かべ辺りを警戒しながら歩いてくる。


「イヒヒヒ……!」


 男は、嫌らしい笑みを浮かべて軍人を眺めていた。

 そして――――、その祓魔官が警戒する虚を付いて、上空から男は飛び掛かる。


「あ、え――――……?」


 首元に強烈な痛みが走った。

 熱い、熱い、熱い。鉄の味がする。喉元を血液が逆流していくのを感じた。

 ――――ぐちゃくちゃ、バキガリ

 肉を噛み、骨を砕く音。


「あ、あっあっ……! 」


 理解した。己は今、喰われているのだと。

 鋭い牙が肩と首を突き刺し、獰猛な顎に噛み砕かれる。

 このままでは――――死……


「だ、だ、誰かぁあ……! た――――……」


「うるせえよ」


 ――――ゴキッ。

 男の冷徹な声と共に、赤子の手を捻るかの如く軍人の首を90度に折れ曲げた。

 目は白目を剥き、口からは血と泡を吐いて生き絶える。

 それでも尚、男は祓魔官の首元へかぶり付き捕食し続けた。


「不味いな……。 けど、ある程度は回復した。」


 男は首元から顎を離し、不満そうな表情を浮かべると、口から垂れた赤い血液を手で拭った。

 そして――――、ブスンッ。

 死してる祓魔官の胸元へ一閃の一撃が貫通する。

 異形と変化した男の右手。

 指は鋭利に尖り、爪は鋭く変化している。

 その手には祓魔官の心臓が握られ、――――ザッと、身体に突き刺さる己の腕を引き抜いた。


「でも、やっぱ。コレだよな……!」


 男は抉った心臓を片手に笑みを浮かべてる。

 祓魔官はガラクタの様に地面へと崩れ落ち、その身体の胸元に抉られた丸い風穴を開いていた。

 ――――クチャグチャクチャ。

 そして、男は心臓を一口で口内へ放り込み、


「イヒヒヒ……!」


 満面の笑みを浮かべて飲み込むのだ。


「なんてことだ……」


「嘘だろ……」


「あんまりだ……」


 祓魔官達はその光景に驚愕する。

 目に映るは悲惨な姿で倒れ、死に絶える若い祓魔官。

 首は折れ曲がり、首から肩にかけて何かに喰われたように抉られている。

 口からは吐血と泡を出し、胸元には穴が開いていた。見るに耐えかね、多くの者は目を逸さずにはいられない。


「おい、カイル……! しっかりしろよ……?

 なぁ……? 冗談だよな……?」


 駆け寄ったその祓魔官は、その死体を涙を浮かべ抱き寄せる。

 分かっていても、その現実を受け入れられず必死に必死に死体へ語り続けた。

 だが、それはもう何も語る事のない。物へと化している。

 その祓魔官と死んだ軍人との光景に、周りにいた彼らは悲壮と怒りを浮かべた。

 そして一人が徐に近づき、必死に語り続けるのその祓魔官の肩をトンっと優しく触るのだ。


「ビデン一等……?」


 哀しみに歪んだ表情で振り向く兵士に、ビデン一等祓魔官は頭を横へ振るうのだ。

 そして、ビデン一等祓魔官は大きく叫ぶ。


「早急に……! 軍へ連絡しろ……!

 祓魔師エクソシストを呼べとな……!」


「「「「はい……!」」」」


 彼らは一糸乱れぬ敬礼と共に、力強く言葉を発した。

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