都合のいい話

 都合がいいことに、牢屋の扉に触れると鍵がかかっていなかった。どうやら看守の奴が閉め忘れていったらしい。それに今日は、都合のいいことに、管理システムをメンテナンスする日とかなんとかで、警備の目も薄くなっている。まるで「脱獄しろよ」と言われているかのようだ。

 するりと独房から抜け出して、更衣室に潜り込み、職員用の制服に着替える。都合のいいことに、ロッカーの中には不用心にも、拳銃が放置されていた。都合のいいことに、装填数は六発もある。


 なに食わぬ顔で刑務所から脱出すると、都合のいいことに、すぐにタクシーを拾うことができた。こちらが警察関係者だと思って安心している運転手に「どこまでいきますか」と聞かれて、そこで初めて自分が金を持っていないことを思い出した。せっかくシャバに出たことだし、またひと稼ぎすることにしよう。とりあえず、この場は代金の代わりに、一発の銃弾で支払いをしておく。


 車を奪って、たどり着いた先は銀行だ。強盗の手口なんて簡単なものである。窓口でリボルバーを見せて、金をいただくだけ。都合のいいことに、ロビーには多くの客が集まっていた。

 他の職員が逃げ出さないように、天井に向かって一回分の脅しを打つ。都合のいいことに、どうやら世間は給料日のようだった。他の奴らが楽しみにしていたであろう、札束の詰まった袋を受け取り、鼻歌混じりにドライブに出かける。今日は最高にツイている。どうやらこの世界の主役は俺のようだ。


 といっても、全てが思い通りになるわけではない。後ろからは数台のパトカー追って来ていた。見様見真似で窓から身を乗り出してバン、バンと弾を打ち出すと、都合のいいことに、上手くタイヤに命中したようで、一番前を走っていたパトカーがスリップし、後続もそれに巻き込まれた。


 しかし、流石の俺も空から追跡してくるヘリコプターまでは撃ち落とせない。途中から車を乗り捨てて市街地に逃げこんだが、やがて増援もやってきて、とうとう袋小路に追い詰められてしまう。

 警官達に囲まれて絶体絶命の中、後ろの壁に触れると「カチッ」とスイッチを押したような音がして、都合のいいこと、足元に穴が広がった。俺はその中へ、真っ逆さまに落ちていく。


 穴の先は真っ白な部屋が広がっていた。都合のいいことに、落下してきた入り口はピタリと閉じてしまい、誰かに追ってこられる心配もないようだ。

 辺りを見回すと、なんとも目がチカチカするほど、明るい場所だった。しばらく探索をしたものの、出口のようなものはなく、試しに壁に向かって発砲してみたものの、傷一つつかない。

 

 困り果てて床に座り込んでいると、都合のいいことに、俺はテレパシー能力を会得したようだ。頭の中に声が響き渡り、作者と名乗る謎の人間から、とある命令を下される。

 たしかにそれは、広げすぎた話の風呂敷を畳むには、もっとも都合のいい終わり方だろう。なにより俺のような悪人が、どんな不幸な結末を迎えようとも、読者から反感を買うこともない。書き手にとって、これほど都合のいい主人公はいない。


 なんとも都合のいいことに、弾丸はあと一発分だけ残っている。

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嘘つき達の月 はつみ @hatumi-79

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