気前の良い島
とある島に一隻の船がやってきた。ただし乗船していたのは海の略奪者、海賊たちである。
「嵐に巻き込まれた時はどうなるかと思ったぜ」
「お頭の悪運の強さのおかげですよ。それでここはどこなんでしょう」
「どうやら地図にも載ってない島だ。もしかすると凄いお宝が眠っているかもしれないぞ」
そう強がりを話す船長だったが、実際には、三日三晩の大しけのせいで、甲板もマストもボロボロになっており、気性の荒い子分たちの不満も高まっている。金の延べ棒の一つや二つでも見つけなければ割に合わない。
船から出て浜辺に降り立つと、腹を空かせた彼らの鼻をくすぐる良い匂いがした。見ると、島の中央から煙が上がっている。海賊たちは顔を見合わせて笑った。こんな辺鄙な場所に人がいるとは思わなかったが、都合がいい。どうやら水と食料には困らないようだ。もしも抵抗があるようなら、腰に着けているピストルで脅してしまおう。
ずんずんと森の中で歩みを進める一味だったが、目的地にいた人影の姿を見て面食らった。島の住民達が一糸もまとわない姿で、燃え盛るたき火を取り囲み宴をしていたのだ。
「未開の部族といったところですかね。もしかすると食っているのは人肉かもしれない」
「こっちが武器を持ってるからといって油断するなよ。襲い掛かってくる可能性は十分にある」
船長のその言葉に部下たちは頷く。腕を大きく振り下ろすジェスチャーを合図に、皆はいつも通り獲物を取り囲むよう、散開を始めた。
しかし慣れない草木の中、ガザリと大きな足音を立ててしまう。しまった。と思った頃にはもう遅い。異変に気が付いた原住民は、きょろきょろと辺りを見回して、一行はあえなく見つかってしまう。
仕方がないと、拳銃を引き抜く子分を船長が手をかざして制止した。なぜなら、こちらに近づいてくる住民たちはニコニコとした満面の笑みで、武器も持たず、文字通り身一つであった。その表情には警戒の色は見えない。
「水をくれないか」
言葉が通じる気はしなかったが、船長はそう尋ねてみた。それを聞いて原住民はしばらく何かを口々に話し合っていたが、やがて手招きをして、迷い込んだ客人を祭りの広場に招待した。
恐る恐るの様子の海賊たちの前に、望み通りの樽いっぱいの水が運ばれてくる。だがそればかりではない。別の樽には酒を、果実のジュースを、という風に次々と大樽が届けられた。
「食い物が欲しい。俺にも肉を分けてくれ」
我慢ができず船員の一人が叫んだ。すると今度は山盛りの肉に、新鮮な山菜を添えたものが持ってこられる。
まさか毒でも入ってるんじゃないかと、疑う暇もなかった。警戒していた分、張り詰めていた緊張の糸は緩みきっていたし、目の前のご馳走に「待て」ができるほど人間ができていたら海賊なんてやっていない。
最高の時間だった。ずいぶんと気前の良い連中だ。船が直ればしばらくは、ここを拠点にするのもいいかもしれない。なんせ、噂すら聞いたことのなかった場所なのだ。海兵の奴らに見つかることもないだろう。島に罠でも張り巡らしておけば、万が一追跡されたとしても撃退できる。なによりもアジトという響きにそそられた。
「何かお宝はないのか」
酔った勢いで誰かがそう口にした。理想の海賊生活を思い描いていた船長は、先住民の反感を買ってしまわないかと、慌ててそいつの口を塞ごうとしたが、彼らはむしろ喜んだ様子で海賊たちの手を引っ張った。
広場の奥を抜けて、しばらくジャングルの中を進むと、茂みに隠れた洞窟へと案内される。念のためと、船員の半数を外に残し、船長たちが中に入るとそこには、とてつもなく大きな穴があった。だが驚いたのはその後だ。穴の中を覗きこんで、彼らは思わず息を飲む。
黒真珠のネックレスに、桃色サンゴの彫像、ルビーがちりばめらた王冠にダイヤの指輪。そこにはありとあらゆる金銀財宝が詰まっていた。だがあまりにも穴が深すぎて、簡単には取り出すことができない。
「大きなロープなんかがあるといいんだが」
ちらりと原住民の顔を見てそう言ったが、彼らは初めて困ったような顔をして首を振った。そもそも穴から物を取り出すことなど想定していないようだ。考えてみれば当然かもしれない。宝なんてなくても、彼らは何一つ困ることはない。それこそ穴の中を眺めて、光物の輝きを楽しむだけで十分なのだろう。
さて、どうしたものか。船に置いてある縄でも長さが足りない。すぐ目の前には宝の山が広がっているのに、手が届かないもどかしさでいっぱいになる。周りを見ると、子分たちは酔いも覚めて、その目の色はすっかり変わっていた。
「野郎ども。船を出すぞ」
船長はそう号令をかけた。といっても船の修理にはしばらく時間がかかるだろうが、ここでは木材の調達にも困らない。もしかすると、ロープの代わに使える蔦なんかが生えているかもしれない。けれども、どうせ一度や二度で運びきれる量ではないのだ。それならさっさと準備を整えに、街へ戻った方が良い。
そんな宝を持ち去ろうとする略奪者たちの態度を見ても、相も変わらず、原住民は友好的だった。むしろ必要なものはないかと、島のあちこちから材料を融通してくれる。おかげであっという間に、船は元通りになった。
出発の前夜、別れを惜しむように饗宴が開かれた。といっても連日のように彼らは宴を繰り返している。数日滞在して分かったことだが、驚いたことに、この島では酒は湧き水のように流れ、植物はあっという間に育っているらしい。まさしく、この世の楽園のようだった。
すっかり夜も更け、船の最終確認を行っていた船員たちは、思い思いに語り合う。
「あれほどの宝を持ちかえれば、我らの名前も歴史に語り継がれるだろう」
「もう海賊なんて、辞めてもいいかもしれないな。なんならこの島に別荘でも建てるか」
「ばか、そんなこと絶対お頭の前で言うなよ」
そんな会話を小耳に挟んでも船長は笑っていた。
「宝は幾らでもあるんだ。あれが全て俺たちのものになるんだから、それで十分じゃないか」
「でもお頭、気前の良すぎる奴らのことだ。他の人間がやってきたら、そいつらにも渡してしまうんじゃないでしょうか」
その何気ない一言に船内がざわつく。
「見張りを置くしかないんじゃないか」
「だが海兵どもに見つかっちまえば、国の財産だとかいって、全部押収されてしまうに違いない」
「そうなる前にこちらが回収しないと」
「まどろっこしいことは止めて、住民たちを口封じしてしまえばいい」
そもそもどうやって、あれほどの宝物を集めたのだろう。そんな考えが頭をよぎる。
「この島にやってきた人間から、殺して奪ったのかもしれない」
その怯えたような一言が完全な引き金となった。
寝込みを狙って夜襲が行われた。あちこちで、質素な住居から火の手があがり、血が流れる。しかし、それはあまりにも異様な光景だった。
目を覚ました住人は、海賊たちに飛びかかったが、それは抵抗ではなく、いっそ献身のようであった。自ら刃に飛び込み、銃弾に当たりにいく。まるで自分たちの命までも差し出すかのように死んでいった。
戦いとも呼べぬ虐殺が終わり、安らかな笑顔を浮かべた死体だけが地面に転がっている。気味が悪くなったのは、海賊たちの方だ。島の全てを手中にして、あれほど欲しかった宝を見ても、ぽっかりと開いた穴が、まるで自らの心の内のようで、虚しくなるだけだった。
気持ち悪い、自分の欲が、醜態が、何もかもが。捨ててしまいたい、この胸に渦巻く黒い感情を捨てないといけない。
だが森の中の湖で身体をすすいでも、気持ち悪さは取れない。身に着けていた服を脱いでも気持ちは軽くならない。いっそのこと、自分を包む皮を剥いでしまいたい気分だった。
殺しに使った、銃と刀剣を穴に投げ捨てる。しかし、それでも穴はあまりにも深く、けっして埋まることはない。だが、それでは満足できないのだ。
船に積んでいたわずかばかりの財宝でさえ、全て穴の中に捨ててしまおう。なにもかも隠さなければならない、自分たちが殺した証拠も、自分たちが行ってきた行為も、その存在ごと。
最後には乗って来た船を叩き壊して、それを薪に宴を始める。ここには生憎、食べ物も酒もいくらでもあるのだ。浴びるように酒を飲み、馬鹿みたいに踊り狂う。この拭い切れない不快な記憶を全て忘れてしまいたい。願わくば、抱えきれない宝と一緒に、誰かにこの罪ごと譲り受けてもらいたい。
「船長、前方の島に煙が見えます」
「助かったぞ。少し食料でも分けてもらおう」
とある島に一隻の船がやってきた。
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