世界の箱

大地の中央に置かれた白い立方体は、どのような手段をもってしても、そこから動かすことはできない。同じように、その箱を傷つける手段を人間は持ち合わせていなかった。

 その不変性と絶対性の中には、あらゆる富か生き物か、溢れんばかりの食料、それとも絶望と希望が入っていると人々は夢想し、やがて開くことのない箱の中には、きっとまだ見ぬ世界が詰まっているのだと、誰もが口にするようになった。


 箱の近辺に住む者達は、毎日それに祈りを捧げていたが、ある日遠くから馬に乗った男がやってきて言った。

「私はこの箱が欲しい」

「それは無理な話だ。世界は初めから、全ての者に平等に与えられている」

「それでは仕方ない」

 男は彼らを皆殺しにし、箱を取り囲むように大きな館を建てた。そうして男の周りには、彼に付き従う者達が村を作り、城が建ち、壁を築いて、そうして新たな国が誕生した。


 世界を所有した男に、勝てる者などいるはずもなく、その国は瞬く間に領土を拡張していった。広大な大陸の半分を支配し、残りの国家も従属させて、世界は統一されたように思えた。

 しかし長い雌伏の期間を経て、他の6つの国家は箱を手に入れるために、反乱を起こす。宗主国は世界を持っていたわけだが、今度は自分以外の世界を敵に回してしまったために、戦いは悲惨なものになった。


 もはや箱の中身など、どうでもよかった。やがてどこかの国の爆弾が、王城を直撃する頃には、人民は死に絶え、大地は穢れ、空は黒い煙で覆われていた。

 だがしかし、その衝撃を受けて初めて箱にひびが入り、その僅かな隙間からは水が湧き出て来た。流れ出した川はやがて海となり、大陸を分断していく。崩壊した世界は、箱の中に入っていたとされる、新しい世界に上書きされた。


 そうして最後には、箱のなくなった世界だけが残った。けれども失われてしまったことによって、真に開かなかった箱はその役割を果たせるようになった。世界には未知が溢れ、誰もが自由に想像力を持つことができるようになったのだ。

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