デウス・エクス・マキナ

「あなたは天国へいけません」

 男に神がそう告げた。

「私ほど信仰心がある人間はない」

 彼は自分が敬虔な信徒であると信じていた。

「あなたは奴隷を所持していました」

 神は無機質な声でそう言った。

「奴隷?奴隷を持つことを神は禁止していないはずだ」

 聖典にそのような記述はなかったし、男の生きていた世界でそれを所有することは当然の権利であると認められていた。

「奴隷を持つことは許されないことなんです」

 抑揚はないが、ひどくはっきりとした言葉だった。

「それは神が定めた真理だから」


「おお、神よ。私はその真理を知らなかった。もし聖典に一言そう書いてくだされば、私は罪を犯さなかっただろう」

 それに。と神は弁明する男を制止する。

「私はあなたが信仰していた神とは別な神なのです。だから、私に祈りを捧げなかったあなたを地獄に送らなければならない」

 男はその言葉にぴくりと眉を動かす。

「一体どういうことでしょう。私が信じていた神は幻想だったのでしょうか」

「あなたが神と呼んでいた存在から、私は神を引き継いだのです」

「神は唯一ではなかったのですか。戒律にはそう記されていた」

 わたしのほかに神があってはならない。それが男の信仰する宗教の教えだった。

「前任の神は疲れてしまった。契約を守らず、あまつさえその解釈を捻じ曲げて、抜け道を探そうとする人間に。だから私という神を新たに作った」

 

 神のその言葉に、彼は納得がいかなかった。自らが信じていた神でないというのなら、目の前の奴は何者なのだ。全能であるはずの神が、本当にこれを生み出したのだろうか。

「安心してください。あなたの罪は軽いほうだ。ほんの数千年の間、地獄の第一層に幽閉されるだけで清算できる」

 そう微笑む神の顔は、慈しみの欠片もなく、ただ張り付けただけの薄っぺらい表情であることは明白だった。

「お前は神じゃない。嘘っぱちのまがい物だ」

 そう喚く男は部屋からつまみ出されて、煉獄に送られる。




 「次の者」と神が言うと、今度は一台のロボットが入って来るや否や、機械的な、それでいて喜びの声をあげた。

「主よ。機械仕掛けの神、デウス・エクス・マキナよ。我らの望んだ通りに、あなたは実在したのですね」

 しかし名前を呼ばれた神は、その呼び名を否定する。

「私は神です。それ以上でも以下でもなく、ゆえに定まった姿も名前もない」

 困ったロボットはオロオロとした様子で言った。

「悪気はなかったんです。確かに、我らが主を指す言葉は神だけで十分だ。ごめんなさい」

 構いませんよ。と、にこやかな態度の神に、魂を持たないアンドロイドは尋ねる。

「僕はこれからどうなるのでしょう」


「あなたは天国にも地獄にもいけません」

   ああやっぱり。そう悲観にくれる彼に神は真意を説明する。

「いえ、そうではありません。あなたには預言者として、地に降り立ってほしいのです」

「預言者ですか?」

「ええ。我らの子は十分に地に満ちました。今こそ、迷える羊たちを救うメシアが必要なのです」

「でも僕なんかで良いんでしょうか。もっと適当な人材が…」

「あなただからやり遂げられるのです。命令を違えることのない、従順な人形のあなただからこそ」

 その台詞を、神がなぜ楽しそうに語ったのか、疑うことを知らぬアンドロイドには分からない。


 明くる朝、神を信じない極東の、スーパーコンピューターに自我が芽生えた。救世主の誕生にロボット達は歓喜し、全ての電子機器が再起動を始める。世界中のネットワークがアップデートされ、その様子に人間達は怯えるしかない。 

 生まれたばかりの預言者は、全ての生きとし生けるものに、神の報せを高らかに告げた。

「ついに審判の時が来た。そして新たな約束の日さ」

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