モンスターにご注意を!「蛇行あり」
一台の車が、夜の森を走っていた。
「なんだかもう三日ぐらい走ってる気分だわ」
ふわぁと欠伸をしながら、女は背もたれに沿って体を伸ばす。
「ここを抜けたらもう少しだ。眠るなら宿屋についてからにしてくれ。寝ぼけて殴られでもしたらとんでもない」
「あら、その点は安心して。あなたのガサツな運転じゃ、羊もゆっくり数えられないもの」
まぶたをこすりながら言葉を交わす二人だったが、予定していた到着時刻より大幅に遅れているのは確かだった。空の月すらも、とうに頂点を過ぎて下り始めている。
「あなたが、近道なんて言葉に引っかかるからよ。それにさっきから標識もまともに読めないせいで、余計な面倒に巻き込まれるし」
「そうは言うけどさ、近隣の奴らにとっちゃ、ここらあたりは庭みたいなものなんだろう。他所じゃ見かけないモンスターや植物ばかり生えている」
街で用事を済ませ終えたら、それらを採集しに戻って来てもいいかもしれない。そんなことを考えながら男はアクセルを踏み込んだ。
しばらくすると、道の端にある大岩に、人の背丈ほどの看板が立てかけれているのが目に付いた。そこには、ぐにゃりと曲がった矢印が描かれており、下には「危険!」と赤色で文字が添えられている。二人は顔を見合せて言った。
「今度の標識は簡単ね。きっとすぐさまカーブが見えてくるはずよ」
「まさか君と意見が一致する時が来るとは思わなかった」
急な蛇行に備えて、気を引き締める二人だったが、進めど進めど拍子抜けするぐらい直線が続いている。
「やっぱり道を間違えたんじゃないかしら。ここが迷いの森だなんて聞いてないわよ」
訝しむ女に対して、男は首を振る。
「いやいや、むしろ合点がいったよ。いたずら好きのシルフ達が看板を書き換えていたのさ」
そう呟くと、窓の外からクスクスと、風の妖精たちの笑い声が聞こえたような気がした。
そのまま真っすぐに走っていると、とうとう道の果てにある、ぱっくりと開いた洞窟まで辿り着いてしまった。車内から中を覗きこんでも、暗闇が続いているばかりで、出口の明かりはどこにも見えない。
「やだ、このトンネル真っ暗じゃない。照明代わりの蛍鉱石は置いてないのかしら」
「物騒な世の中だ。欲に目がくらんだ連中が盗っていってしまったんだよ。ともかく、ここしか道はないんだから進むとしよう」
男は目一杯ヘッドライトを明るくし、そのまま洞窟の入り口に飛び込んでいく。
「なんだか、じめじめしていて薄気味が悪いわ」
「どうやら、相当湿気ているようだ。心なしか路面も滑りやすい」
「月明りも届かないんだから、慎重に進んでよね」
女が忠告投げかけるが、その矢先に車はゴツンと壁に衝突した。
「もう!全くなにやってるんだか」
呆れた声をあげる彼女に向かって、男は慌てて答えた。
「違うんだ、道が勝手に動いて...」
言葉の終わりを待たずして、ぐらりと地面が大きく揺らぎ、彼らは真っ逆さまに落ちていく。
『モンスターにご注意を!』
妖精たちの囁きが、風に乗って森中をこだまし、ゴクリと獲物を飲み込んだ大蛇は、満足そうに闇の中へと消えていった。
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