第3話 懐かしのふわとろオムライス

 どんよりとした雲が綺麗に空を覆う午後。遂に母の退院日になった。母と暖さんが会った時、どんな言葉を交わすのだろう。私はその場にどのようにいたら良いのだろう。大好きな場所に行くとは思えないくらい足取りが重すぎて、自分を嘲笑うかのような笑みが零れた。もわっとした蒸し暑い空気が私の身体を支配していった。

 喫茶店のドアの前。そこには貸し切りの札がかかっていた。しばらく立ち竦んでいると背後からガラガラという車輪の音と、コツコツとした重厚な足音が聞こえた。

「久しぶりね、和。」

 振り向くと、車椅子に乗った母がいて、その後ろには、母と同じくらい会いたくて会いたくて仕方がなかった人物が立っていた。

「お久しぶりです、和ちゃん。」

「おじちゃん…?」

 久しぶりに会ったおじちゃんは、いつも着ていたラフな格好ではなく、ピシッとした燕尾服姿だった。丁寧な口調と、その眼差しは変わらない。

「とりあえず中に入りましょう。」

 そう言って母は、私に先に入るよう促すと、後からおじちゃんに手伝ってもらいながら喫茶店へと踏み入れた。

「ようこそおいでくださいました、奥様。そして、和ちゃん改め、和お嬢様。」

 目の前に立っている暖さんの姿も、いつもと違ってシックな装いで、燕尾服を身に纏っていた。しかも、私のことをお嬢様と呼んだ。この状況が掴めていないのは、どうやら私だけみたいだ。置いてけぼりなのは私だけで、他の3人は妙に歯車がかみ合っている気がする。なんだか少しだけ寂しくなった。ぽっかりと心の深いところに穴が開いたような気がした。大好きな人たちに囲まれているはずなのに、知らない人の中に1人で放り込まれた感覚に陥った。

「暖くんも立派になったわね。和のことをこれからもよろしくね。」

「有難きお言葉。もちろんでございます。さあ、皆様お座りください。」

 暖さんがそう言った後、おじちゃんは、母の車椅子をテーブルに近づけ、暖さんは、私の座る椅子をスマートに引いて座らせてくれた。周りの時間はごく普通に動いている。ただただ、今の状況にしがみつくしかなかった。

「あの、一体これはどういうことですか?なんで暖さんもおじちゃんも、こんな服着て、こんなかしこまった口調なの?」

 私が混乱するままに言葉にすると、暖さんがある1枚の写真をテーブルの上に置いた。それはあの時見つけた写真だった。暖さんのいつもと違う口調をむずがゆく思いながら聞いていると、それに気づいたのか、彼はおじちゃんと目配せをして普段通りの口調に戻した。

「まず、僕たちはお互いが子どもの時からすでに知り合っていたんだ。だから、僕と和ちゃんが初めて会ったのは、和ちゃんがハナを連れてきた時じゃない。和ちゃんが生まれた時なんだよ。」

 開いた口が塞がらないとはまさにこのことである。それでもこれは序の口であった。

「僕の家系は、葉山家に代々お仕えする専属執事の家系なんだ。それで、僕の親父が和ちゃんのお母さんであるすみ奥様の執事で、僕が本来は和ちゃんの執事。まぁ、10年くらい前はまだ勉強中だったから、まだ完璧に執事として接することはできていなかったし、わけあって会う機会もほぼなかった。それに、僕のことも知らない人っていう感じで喫茶店に来たから、まずは信頼関係を築くところからと思って、その時に最善の接し方をしたつもりでいるよ。だから今までも、ただお嬢様として接するのではなく、和ちゃんが安心できる方法を見つけて接してきた。いきなり僕は和ちゃんの執事だと言っても信じてもらえないと思ったから。」

 まさか、自分の家系は執事がいるほどの家庭だったなんて信じられない。でも、暖さんの今までの行動を振り返れば、暖さんが執事であっても納得してしまう自分がいる。私のことを考えて先回りしてくれる彼の柔軟さに何度も助けられてきた。ただ、なぜそしたらずっと離れ離れで暮らしていたのだろうか。私はごく一般のどこにでもあるような家庭に生まれて可もなく不可もなく普通の生活を送ってきた。この環境は、本当は創り出されるべきではなかったものなのだろうか。

「今、なぜ執事と主が離れて暮らすことになり、それをこのタイミングでお伝えすることになったのかを包み隠さず全てお話致します。少々お時間をいただきますが、ご容赦くださいませ。」

 暖さんからバトンタッチしたおじちゃんが、決意したように口を開く。

「まず、澄お嬢様は、和様もお分かりの通り虚弱体質でいらっしゃいます。葉山家を継ぐものとして、澄お嬢様の母上であられる大奥様は、それをよしとしなかったのです。そして、お嬢様に、健康で頭脳明晰な弟が生まれ、ある程度お嬢様が自立できる年齢に達した時、大奥様は迷わずお嬢様と縁をお切りになられました。」

 そう言うおじちゃんの姿は、自分のことのように悔しさを滲ませた顔をしていた。それでも、話すスピードを変えずに真実を淡々と語っていく。

「その時、私は迷うことなくお嬢様と共に葉山家を去る決心を致しました。そして、お嬢様の暮らしを支えていくために開いたのがこの喫茶店なのでございます。この店内のイメージは、全てお嬢様が考えてくださいました。」

 妙に安心感を覚える理由はここにあったのかと思った。話の内容は現実とは思えないほど壮絶なものだけれど、今ここに流れている空気は悲しみに満ちたものではなく、ほのぼのとした温かさに包まれていた。

「そうだったんですね。」

 私が1人で納得していると、まだ話には続きがあるようで、今度はお母さんが話し始めた。

「ある程度喫茶店が軌道に乗った時、私は古木にある提案をしたの。結婚のね。」

 照れながら衝撃発言を入れ込んできた母に、おじちゃんも乗っかって答える。

「葉山家と古木家の間では、主と執事の間の恋愛や結婚はご法度とされていたので最初は戸惑いました。でも、確固たるお嬢様の瞳を見て私は一生このお方についていこうと誓いました。」

「そこから少しずつ、主と執事の間にあるものとはまた違った愛を育み、最初に生まれたのが暖くんだったの。」

 次から次へと、自分の次元とはかけ離れた情報が入り過ぎている。ショート寸前の脳を何とかフル回転させて、一瞬一秒たりとも聞き逃すまいと神経を研ぎ澄ました。

「つまり、私と暖さんは兄妹でもあるってこと?」

「その通り。年齢はかなり離れているけど、2人はれっきとした血の繋がりのある兄妹よ。」

 その言葉を、私の脳内がはっきりと捉えた瞬間、私の目の前の景色があれよあれよと滲んでいった。そして、その景色が零れ始めるまでに、時間はそうかからなかった。この涙が何を意味するものなのか、自分でもよくわからない。安心。衝撃。ひと言で言い表すのはとてつもなく難しかった。暖さんが、さっとハンカチを取り出し、撫でるように拭ってくれる。まだ潤む瞳のその先に見えた彼の顔は、凛として見えた。

「暖くんが高校生になった頃、私は暖くんにも寂しい思いをしてほしくなくて、もう1つの命を、古木と育むことを決めた。そこで生まれたのが和よ。」

 自分の兄と父親の存在を、今まで認識していなかった自分を情けなく思った。でも、そんな私の気持ちをわかっているかのように暖さんが次の言葉を続ける。今までずっと一点から動かずに、じっとこちらを見つめていたハナも、私の傍に来て、ぴたっとくっつくように座った。

「それで、僕たちがバラバラに暮らすことになった理由だけど、それは、葉山家と古木家の人間であるという事実は変えられないからなんだ。先に生まれた僕は、古木家の人間として、和ちゃんのことを生涯守ると誓って、兄としてだけでなく、執事としても和ちゃんにとって誇れる存在になろうと決めた。いつか堂々と、和ちゃんとただの赤の他人として接しなくても良い日がくることを信じて。」

 やはり、元々主と執事である関係は崩せないということだろうか。私の兄なら、よそよそしい口調でなくても私は気にしないし、むしろため口のままでいてくれたほうが良いのに。

「縁を切ったと言えど、それは上辺だけ。いざという時は奥様や和ちゃんも葉山家の力にならないといけない。理不尽な話だけどね。そうなった時のために、僕は和ちゃんを支えられる度量を身に着ける必要があった。だから僕は一流の執事となるために、長い間海外で修行していたんだ。1度会えた時は、たまたま僕が日本に帰ってきて、親父から葉山家について引き継ぎをしてもらっていた時期だったんだ。」

 パズルのピースが埋まるが如く、ひとつひとつの真実が明らかになっていく。私も落ち着きを取り戻し、すっと話を受け入れることができるようになっていた。

「私はお嬢様の入院費や和様の学費を賄うために、この喫茶店の運営の他、様々な場所へ飛び回っておりました。父親と認識されないのは当然ですし、今まで寂しい思いをさせてしまったこと、改めてお詫び致します。」

 頭を下げたおじちゃん、いや、お父さんには感謝してもしきれない。おじちゃんがお父さんだと言われてすんなり受け入れることができたのも、彼がずっと私たち親子を見守ってくれていて、溢れんばかりの愛情を注いでくれていたことがわかっていたからだろう。

「頭を上げて、古木。貴方は必ず和の誕生日もクリスマスも一緒に過ごしてくれたじゃない。和は毎回とても喜んでいたのよ。」

 お母さんが代弁してくれた言葉に、私は何度もぶんぶんと首を縦に振った。

「何という有難きお言葉。身に余る幸せにございます。」

 目尻に皺をよせて、くしゃっと笑う彼の目も潤んでいた。

「さて、以上が私たちの過去の全てでございます。信頼関係が整ったこのタイミングでお話させていただきました。そして、本日は加えてこれからのお話もさせていただきたく存じます。」

 話し終えると咳払いをして、気持ちを入れ替えたおじちゃん改めお父さんが、大きな野望を語りだした。

「私たちで、起業したいと考えております。社長は和様、貴方です。暖から、和様がここで楽しそうに働いてくださっていることを毎日聞いておりましたので、誠に勝手ながら和様にぴったりではないかと思いまして。」

 今のは空耳だろうか。…はたまた、夢か。

「…私が社長?」

「はい。この下町喫茶さくらを拠点として、地域密着型の、社員にも優しい会社を設立したいと考えております。」

「でも、私は経営とか一切勉強したことないし…。」

 自信が全くない私の言葉を聞いても、お父さんは諦めなかった。

「それは心配ご無用です。経営面についてはプロが2人もついております。」

 そう言って、暖さんとお父さんは2人揃ってドヤ顔をしてみせた。

「和も良い社会勉強になるんじゃないかしら。悪い話ではないと思うわ。それに、貴方が将来やりたいと思っていることも全面サポートできる環境が整っているわ。」

「これが、コネみたいで嫌と思っているかもしれないけど、それは断じて違う。僕らは、和ちゃんに安心して任せることができると思うから提案しているんだ。もし、本当に無理だと思うなら、こんなに大きなことはお願いしないよ。」

 この人たちは、私の何枚も上手である。このみんなで働きたいと思っているのは事実である。でも、そんなに簡単にこの人たちの船に私が船長として乗って、航海しても良いか、すぐにぜひお願いしますと言う勇気がない。

「今まで散々和には我慢もさせたし、迷惑もかけた。だから、これは私たち家族からのプレゼントだと思って受け取ってくれない?」

 もう、降参だ。こんなに熱烈なプロポーズを信頼できる家族から受けたら、最終的に辿り着く答えはただ1つ。

「未熟者ですが、これからよろしくお願いします。」

 私は、勢い良く頭を下げ、荒波にも負けない覚悟で返事をした。そして、どんな形でもやっぱり家族は家族だと思い知らされた。

「そういえば、私の祖母にあたる人とお母さんは、関係は今どうなっているの?」

 起業するにあたり、変な影響があっては困ると思い、思い切って聞いてみた。

「それがね、古木家が上手く仲裁してくれて、今では良好よ。つい1週間前に和解したばかりだけどね。和のことも、自分の身体のこともあって、しっかりと向き合わなきゃって思ったの。やっぱり親は親なのね。ちゃんと話合って、真正面から気持ちをぶつけたら、嘘みたいに分かり合えた。過去の私からしたら信じられなかったと思うわ。私と縁を切った、というか振りをしたのは、私に無理をしてほしくなかったからだって言われたの。元々私の心臓は弱くて、少しの無理も禁物の身体だった。そのまま葉山家の長女として後継ぎになっていたら、私の命は忙しさに耐えられずに、とっくに燃え尽きていたかもしれない。どうしてもそれは避けたかった。自分の身体を第1に考えて自由に暮らしてほしかったと言われたわ。しかも、今回の起業の話をしたら、資金援助もしてくれるみたい。」

 大切な人を守るための嘘。それが例え大切な人や自分を傷つけることになろうとも、嘘をつかなければ全て失うことになっていたということだろうか。何も知らなければ、自分勝手な話だと思ってしまうかもしれない。大切な人を守らなければならないその時に、どんな決断をすべきなのか。正解なんて存在しない。それでも何かしらの答えを自分なりに考え、行動しなければならない日は誰にでも来るだろう。その時にした行いがどうだったかは、その先の未来でしかわからない。でも、本人たちがどんなに時間がかかろうとも、結果として寄り添い合えたなら、それが正解ということで良いのではないか。

 それにしても、そこまで体制が整っているとは思ってもみなかった。みんなの本気をずっしりと感じた。

「僕も和様の兄兼執事として、しっかりと支えますのでご安心ください。」

 暖さんがそう言ったが、その口調に慣れる兆しが見えないので、早急にこの時だけお嬢様特権を使って命令した。

「お嬢様呼びは禁止!これからも今まで通りの口調で接すること!」

「ははっ、わかった。その代わり、社長になったら大きなパーティーとかに行ってお偉いさんに会う機会が増えるよ。その時は、社長呼びとか硬い口調になるから慣れておいてね。」

「善処します…。」

 お兄ちゃん特権を使ってか、遠慮なく指摘してきた彼の顔が、初めて悪魔の微笑みに見えた。

「さあ、暖。大切なお嬢様方のために腕を振るうぞ。今日は家族揃ってスペシャルディナーだ。」

「はーい。」

 男性陣は、2人仲良くキッチンスタジオへと消えていった。

 「これから楽しくなるわね。」

 お母さんと2人きりになった店内。こうして隣り合わせで語らうのは久しぶりである。

「そうだね。でも、急すぎて、まだ夢の中にいるみたいだよ。」

「これは現実よ。大丈夫。お母さんも、和が一人前の社長になるまではくたばらないわ。」

「心強いね。」

「何て言ったって私は和の母親ですから。」

 胸を張ってそう答える母に思わず笑みが零れた。

 親子で女子トークを楽しむこと数十分。ガヤガヤと野太く賑やかな声が聞こえてきた。

「さあ、できましたよ。」

 良い匂いが漂い、家族団欒の時間がやってきた。

「本日のメニューは、オムライスとミネストローネ、温野菜のサラダとなっております。」

 デミグラスソースがかかるトロトロのオムライスの横に添えられた温野菜が、可愛らしく並んでいる。

「召し上がれ。」

 その言葉を合図に母と2人で同時にオムライスをほおばる。それを見届けたお父さんたちも揃って食べ始めた。

「お母さんが作っていたのと同じ味だ。」

「ふふっ、これ和の大好物だものね。私も小さい頃から食べ慣れている味だから、とても安心するの。」

「そうだったんだ。」

「子育てするってなった時に、私が今まで食べていた料理のレシピを全て教わって、たくさん練習したわ。」

「料理を始めたばかりのお嬢様は危なっかしくて、毎回ひやひやしておりました。」

「今では良い思い出ね。2人の子どもたちも立派に育ったことだし、思い残すことは何もないわ。」

 久しぶりに家族みんなでの時間を堪能した後、親たちは後片付けを仲良くしに行った。兄ということがわかってから、初めて暖さんと2人きりになった。

「あの時のカクテルの意味調べた?」

「うん、びっくりした。待ち焦がれた再会だよ?まだお兄ちゃんってこともわかっていなかったから、1人で焦ってた。次どんな顔して会えば良いか全然わからなかったし。」

「そっか。ちょっと賭けていたんだよね。何かきっかけがあれば思い出してくれるかなって。あの写真を拾っていたのも見ていたよ。予想外の出来事だったけど。」

「なんだ、見られていたんだ。あの時よっぽど言おうか迷ったけど、関係が崩れるのが怖くて聞けなかった…。喫茶店で働き始めてから、すごく居心地が良かったから。」

「不安にさせていたならごめんね。でも、今こうして、兄として、執事として話せていることが僕はこの上なく幸せだよ。和ちゃんが僕のお嬢様で、妹であることを誇りに思うよ。」

 そんなにストレートに言われると恥ずかしい。でも、私も同じことを思っているから、それがきちんと伝わるように真っ直ぐ伝えることにした。

「私もだよ。暖さんが私のお兄ちゃんで、執事で良かった。私の誇りだよ、お兄ちゃん。」

 初めて暖さんをお兄ちゃんと呼んでみたが、とても不思議な感じがした。でも、同時に今までに感じたことのない幸せを噛みしめていた。

 片付けを終えて、コーヒーを持って戻って来た親たちも、お互いを想いあっていることを誰もが見てわかるくらい顔を綻ばせていた。4人でテーブルを囲むこの光景を、私は目に焼きつけた。そんな家族の様子を、ハナは遠くから見守ってくれていた。一瞬ハナと目が合って、良かったねと笑ってくれているように見えた。

 衝撃の家族再会から1年の月日が経った。私は晴れて大学を卒業し、今日から社長として新たな一歩を踏み出す。社長になると決めてからの1年間、家族の協力をたっぷりと得て、私はたくさんのことを学び吸収した。葉山グループの開業初日ということで、大勢の前でのスピーチが待ち受けている。もちろん、プレッシャーはあるが、大切な人たちがついていてくれているとわかるだけで、変な緊張感は抜けていく。さあ、いよいよ私たち家族の、新しい物語の1ページの幕開けだ。

「和、応援しているからね。」

「ありがとう。行ってくるね。」

 お兄ちゃんからの激励を貰い、両親が客席の先頭で見守る大舞台に堂々と立つ。満席となる大ホールを舞台の上から眺めると圧巻である。その迫力に負けないように、深く深呼吸をしてから、今私が持つ全てのエネルギーがここにいる全員に伝わるよう、声を響かせる。

「本日はお忙しい中お集まりいただき、誠にありがとうございます。本日開業致します、ラ・ファミリア社長の葉山和と申します。各地から、花便りの聞こえてくる頃となりました。平素は、ひとかたならぬご厚情を賜り、厚く御礼申し上げます。我が葉山グループは、ラ・ファミリアを設立し、新たな事業を展開する運びとなりました。今後は下町喫茶さくらをはじめとする地域密着型の事業を目指し、社員にも、皆様にも愛される会社を作り上げていきたいと思っております。そして、これから、なお一層皆様のご要望にお応えできるよう、精一杯努力して参りますので、何卒ご指導のほどよろしくお願い申し上げます。」

 盛大な拍手を受け、一礼し、舞台から退場した時は、一気に力が抜けてしまった。なんとか第一関門突破というところだろうか。

「お疲れ様。かっこよかったよ。いよいよ始まりますね、社長。」

「そうだね、お兄ちゃん。執事、秘書としてもしっかり頼みますね。とっても頼りにしていますよ。」

「承知致しました。」

 だいぶお兄ちゃんの硬い言葉にも慣れてきた。お兄ちゃんは、これから私の秘書としてもついてくれることになった。お父さんとお母さんは、のんびり2人で一緒に下町喫茶さくらで働くらしい。もちろん、母は体調を見ながらだが。ラ・ファミリアはスペイン語で家族という意味である。社員を含めて家族みんなで団結し、笑顔溢れる会社にしていきたいという願いを込めて、みんなで決めた。

「さて社長、今日のランチは飛びきり美味しい特性オムライスですよ。それを食べて、午後からも頑張ってください。まだまだこれからですからね。」

「はーい。」

 会場の外へ出ると、目の前には桜の並木道。満開になった桜の花びらたちが、ひらひらと舞っていた。はたから見たら少し変わっているかもしれない、私たち家族の新たな門出を祝福してくれていた。大切な存在。家族。母親。父親。何をもってそう捉えるのか、人によって全く違う。そんなの当たり前。自分たちが自信をもって大切だ、信頼できる家族だ、と思えているのなら、周りからどう思われようと関係ない。私はこれからもずっと、この家族のカタチで堂々と歩いていく。

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