第45話 エピローグ

 あれから一ヶ月――東のエルビン国、北のアルスタルメシア国、南のユーゲニウム国を統一させるという偉業を成し遂げた彼は、偉大なる王とは思えぬ程の情けない足取りで城内を隠れるように移動していた。


 差し足忍び足と移動し、曲がり角から亀のように首を伸ばして安全を確認する。


「ふぅー、ここは大丈夫のようだな」

「相棒、いつまでも逃げられねぇぜ。一体どうするつもりなんだ?」


 すっかり回復して元のサイズに戻った羽織ローブスタイルのスリリンが、なんとかしないとまずいんじゃないかと言う。

 が、そんなことは言われなくたってわかっていると駄々をこねるミラスタール。


 二人が懸念するのはもちろん、ゴブリンクイーンへと進化を遂げていたポポコちゃんにである。


 ミラスタールはキース・ユーゲニウムとの決闘の際、ポポコちゃんを抱くことを了承していたのだ。


 しかし、美少女でもないポポコちゃんを抱くことは彼の矜持が許さない。それはミラスタール・ペンデュラムの信念に反する行為である。


 従ってこの一ヶ月、ポポコちゃんの魔の手から逃れては、フォクシー、レネア、リリスにユニ、それに新たに側室に加わったリブラビスとムフフな夜を楽しんでいた。


 だが、そんなことがいつまでも続くわけもなく、あたいをまだ抱かないのかと火山の如く噴火したポポコちゃんが激昂したのだ。

 そのことに最も畏怖を覚えたのは能史たちである。


 リブラビスからポポコちゃんの出鱈目な強さを聞かされていた彼らは、町の安全を優先すべく「お覚悟を……」と、ミラスタールに苦言を呈していた。


 なのでこうして逃げている。


「当初の予定とは少し違うけど、借金を踏み倒せたまではいい……でも、代わりにとんでもない爆弾を抱えてしまったじゃないか!」


 頭を抱えて蹲るミラスタールを見兼ねたスリリンが、「仕方ない」と嘆息する。


「何か手があるのか?」

「淫魔術でポポコちゃんを昇天させ、その隙に魔界へ運ぶんだよ」

「それでどうする?」

「無人のスライム戦艦でどこか遠くへ……捨てに行かせる」

「……心苦しい策だが……それしかないな」


 こうしてミラスタールとスリリンは悪魔の作戦を決行に移す。


 町の外にポポコちゃんを呼び出し、『解放なるエクスタシーの叫び』を駆使して失神させると、透かさず勇者が魔王を封印するように、広大な魔界の空に彼女を飛ばしたのだ。


「すべては美少女の安全と平和のためだ。達者で暮らせよ、ポポコちゃん……」

「ポポコちゃんはバカだから、きっと人間界には帰って来れないさ」


 悲しむ演技をしながらハンカチーフをパタパタと振るミラスタールが、サッと踵を返せば呪いが解けたかのように晴れやかな笑顔で軽やかに歩き出す。



 そのままペンデュラムへと帰還し、玉座に腰をおろした彼の膝には、撓垂れ掛かるレネアとリリスにユニの姿があり。両サイドの肘掛けにはフォクシーとリブラビスが恍惚の表情で王を見つめていた。


 つい半年程前まで貧乏国家だったペンデュラム国は、若くして王となった一人の少年――ミラスタール・ペンデュラムによって曾てないほどの繁栄と秩序を手にしていたのだ。


 貧困に嘆いていた人々の食糧問題を解決し、貴族階級を有する者以外は決して通えなかった教育機関を充実させた。様々な理由で孤児となった子供たちが町の片隅で命を落とすこともないだろう。


 ミラスタール・ペンデュラムは欲の塊である。


 しかし、時に人の欲が世界を……人々を救うこともあるのだと、彼は証明したのかもしれない。


 この半年の間に起きた出来事は奇跡だったのか。

 はたまた彼だからこそ成し得た偉業の数々だったのか。

 ……それはわからない。


 ただ一つはっきりしていることは、彼が民から圧倒的支持を受ける――偉大なる王だということ。




 ミラスタール・ペンデュラムの英雄譚はまだ始まったばかり。

 この半年間の出来事は後世に語り継がれる彼の行った偉業、その序章に過ぎないのだ。


 いや、言葉を改めよう。

 なぜならこれは彼の物語なのだから、彼らしく気取らぬ言葉で伝えるとしよう。


 きっと彼ならこう言うだろう。



 ――これはまだ前戯なのだと……。

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貧乏国家のクズ王子~国家建て直しのため魔王軍に入った俺が天才と呼ばれ始める。 🎈パンサー葉月🎈 @hazukihazuki

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