第44話 死の呪い

「死ねっ――クソガキがァッ!」


 初手を取ったのはキース・ユーゲニウムだ。

 腰に提げた長剣を抜き取ると同時に地面を蹴りあげ猪突猛進。


「相棒、俺っちに身を預けてくれ!」

「端からそのつもりだ、スリリン!」


 ――カキィィイイインと甲高い音が鳴り響く。


 ミラスタールの頭上高くから振り下ろされたキースの斬擊を、ダガーと化したスリリンが見事に受け止めたのだ。


 全神経をスリリンに集中し、ダガーに誘導されるままキースへ目にも留まらぬ連擊を繰り出す。


「すげぇええ、さすがミラスタールさま! めっちゃ早い連続攻撃だ」

「殺っちまえ、ミラスタールさま!」


 沸き立つ魔物たちの声援とは裏腹に、キースはミラスタールの攻撃をすべて防いでいた。

 彼の剣の腕前は武闘大会で優勝する程のものである。


 幼い頃から優れた師範の下で剣に磨きをかけてきたその実力は、確かなものだった。

 一方ミラスタール・ペンデュラムは剣術よりも女漁りを優先してきた。剣の腕に置いても体力面に置いても、二人の力量には計り知れない差が生まれる。


 たとえ優れた相棒を有していたとしても、漆黒の大悪魔フルデビルアーマーモードでなければ全身を操ることはできない。


 よって足が絡まる。


「もらったぁぁああああああ――っ!」


 膝をついてしまったミラスタールへ刃を振りかぶるキースが迫ると、ズドーンッと大きく大地が揺れる。揺れた拍子にキースの身体がバランスを崩して転倒する。


「な、なんだ!?」


 突然の地震に状況が把握できないキース。その隙に体勢を立て直すミラスタール。


 先程の地震の原因はポポコちゃんによる仕業である。

 ミラスタールが誤って膝をついてしまったことを懸念したポポコちゃんが、軽く地面に拳を振り抜いたのだ。


 その証拠に彼女が胡座をかいている横側の大地が陥没していた。


「ひ、卑怯だぞ! ミラスタール!」

「なんのことだっ。疲れきって体勢を崩したのはお前のミスだろ!」

「あれはどう見てもあそこのゴリラの仕業だろっ!」


 ゴリラ……キースが口にした瞬間場が凍りついたように静まり返る。

 魔物たちはゴクリッと唾を呑み込み、恐る恐るポポコちゃんへと視線を流す。


 笑っていた。

 彼女は直に自身の性欲が満たされると知り、ご機嫌であった。

 ホッと胸を撫で下ろす魔物たちをよそ目に、二人の熾烈極まる剣戟が再開される。


 ――このままでは埒が明かない。やつの動きを少しでも遅らせるんだ!


 そう判断したミラスタールは得意技を放つために魔力を高めた。

 キースが剣術に精を出したと同じく、ミラスタールにも精を出して鍛えた武器が一つだけある。


 それは尊敬していた師匠から教わり、探求心を費やした淫魔術!

 その技がいまキースへと炸裂する!


「これでも食らえぇええっ! バイ・アグーラ!」


 それは淫魔術の技の一つ、膨張魔法である。

 バイ・アグーラをその身に受けたのもは大事な箇所が過激に反応し――大膨張を引き起こす!


「うっ……」


 突然身体に訪れた異変。

 普段以上に膨れ上がる股間に動揺したキースがミラスタールから距離を取り、素早く隠すように押さえ込む。


「おい、見ろよ。あの野郎決闘の最中に発情してるぞ」


 ぎゃははははっ――と場が笑いに包まれれば、やぐらから二人の激闘を見守っていたリブラビスも堪らず両手で口元を押さえてしまう。


「ぷっ……」


 ユーゲニウム国の王子として育った彼には教養と羞恥心がある。ましてや人前でもっこり部分を見られるなど彼の矜持が許さない。


 しかし、そんな彼に容赦なく襲いかかるミラスタール。

 仕方ないと内股になって最小限の動きで応戦するが、動く度に大事な箇所が擦れてしまう。


「うぅ……ぅっ」


 奇妙な呻き声を発しながら剣を振るうキースに、まだこんなに動けるのかと眉間に皺を寄せたミラスタールが、さらに動きを遅らせようと淫魔術を連発する。


「バイ・アグーラ、バイ・アグーラ、バイ・アグーラッ、バイ・アグーラァァアアアアアアアッ!!」


 乱発される陰部膨張魔法。

 それがどれぼど危険を伴う行為なのかミラスタールは理解していなかった。


 バイ・アグーラが引き起こす人体メカニズムを……。


「ん……なんだ?」


 バイ・アグーラを連発されたキースの身体に異変が起こる。


 ドクンッ――ドクンッと鼓動が急激に暴れ始めたのだ。


 それは次第にどんどん加速を増し、遂には剣を手放して胸の辺りをぎゅっと掴む。その相好が脂汗を浮かべながら苦痛に歪む。


 そして、立ったまま泡を吐き、痙攣を起こし始めた。

 激流のように送られる血液が人間の核なる部分、心臓に異常をきたしている。


 それは俗に云う――心臓発作!


 バタンッと後ろ手に倒れたキースが、陸に上がった魚のようにバタバタと暴れ回っている。


「こいつ……なにしてんだ?」

「相棒、こりゃ止めを刺すチャンスだぜ!」

「運も……実力のうちって言うもんな」


 キースの奇妙な行動にわずかに困惑の色を見せたミラスタールだが、そんな彼を後押しするように魔物たちがここぞとばかりに声を張り上げた。


「いまだ殺っちまえミラスタールさま!」

「滅多刺しにしちまえ!」

「「殺せっ! 殺せっ! 殺せっ! 殺せっ! 殺せっ! 殺せっ! 殺せっ!!」」


 活気立つ魔物たちに背を押されるように、ミラスタールはトコトコとキースの元へ歩み寄り、もがき苦しむ顔を覗き込んだ。


「殺れぇ――いまだっ!」

「そこですよ、ミラスタールさま!」

「悪魔のようにグサグサいっちゃってくだせぇ!」


 周囲の魔物たちの様子をチラッと確認したミラスタールは、ゴクリッと喉の奥を鳴らして自身を奮い立たせる。


「よし、いいとこ見せるぞ」と意気込んだミラスタールが遠慮なくキースの上にドンッと腰をおろす。そのまま躊躇うことなくダガーで滅多刺しにしてしまう。


「ふぅー、呆気ない最後だったな」

「持病持ちだったのかもしれねぇな」

「一国の王子としては欠陥品だな」

「違いねぇや」


 しかし、一部始終を目撃していた魔物たちの目にはまったく別のものとしてミラスタールが映り込んでいた。


「見たかよ……」

「ああ、確かに見たぜ」

「ミラスタールさまはあの激しい戦闘の最中……相手に死の呪いをかけたんだ。それも詠唱すら無しに!」

「俺聞いたことあるよ。冥王ハーデスだけが扱うことのできる死の呪いの話!」

「なんと!? では、ミラスタールさまは冥王ハーデスさまに匹敵する……いや、それ以上のお方というわけか」


 飛躍する魔物たち。


 しかし、死の呪い……これは強ち間違いではない。

 正しく使えばお年寄りも元気に復活させることのできるバイ・アグーラは、不適切な使用、乱発を繰り返すととても危険な行為になり得る。


 それはまさに死の呪いとなるほどに……。



「ミラスタールッ――!」

「リブラビス!」


 やぐらから身を投げ出し、ミラスタールへと飛びついたリブラビス。彼女の瞳が潤んでいる。


「あなたは……あなたは、救世主さまだったのですね!」

「うん。偉大なる王だからな!」


 歓喜するリブラビスは知らない。

 エルビンが魔物に襲われたのが彼の仕業によるものだと。

 しかし、元を正せばドライアドを誘拐した、自国が招いた災難だったことも……彼女はしらない。



 何はともあれ、東西南北を巻き込んだ戦争は西の国――ペンデュラムの圧勝で幕をおろすこことなった。

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