10-1 海へ
並行世界へ行くのは、一日につき三時間と決めて日々を過ごした。
そうしないとこちらの世界での時間が進まず、いつまで経ってもゴムボートが配達されないからだ。
海を渡れなければ倫子を探しに木更津へ行くこともできない。
朝起きたらエルナと朝食を食べてトレーニング。
軽油を買って神大に届けてからレベル上げ。
家に戻って、受け取ったお金をクローゼットの奥に隠す。
そんな生活を四日ほど続けていた。
儲けた金は2000万円を超え、アタッシュケースの中に無造作に放り込まれている。
もう、正直ここまでくるとありがたみを感じなくなってるよ。
そろそろ美佐に渡そうと思うのだけど、このまま手渡したら間違いなく犯罪を疑われてしまうよね?
映画によくある、ギャングの裏金にしかみえないもん。
宝くじが当たったとでも言おうかな?
とりあえず月々の養育費を6万円から12万円に変更して、倫子の入学金と授業料は全部俺が払うとしよう。
今日は久しぶりの面会日だから、その旨を伝えないとな。
「寛二よ、早く体重計に乗るのじゃ」
エルナに促されて朝の体重測定をした。
戦いに備えて運動をしているので、だいぶ俺の体もしまってきている。
いや……もちろん以前に比べればという話だ。
いまだに腹回りはタプタプしているからね。
「78㎏、体脂肪は24.6か……だいぶ落ちてきたのぉ……」
寂しそうに言うな!
俺は必至で頑張っているというのに。
こいつは本当にデブ専なのだろうか?
カレンダーに記録を手書きするエルナを見ながら不思議な気持ちになってしまう。
金はいくらでもあるのだからホテル暮らしだってできるだろうに、エルナはいまだにこの部屋に住んでいる。
何を考えているのか聞きたい気もするのだが、それを聞いてしまうと今の関係が壊れそうで怖くもあった。
ご飯を一緒に食べて、一緒にトレーニングして、一緒に並行世界へ……。
二人でいることに慣れ過ぎてしまったかな?
「何をぼんやりしておる? 着替えが済んだら買い物をして今日も並行世界じゃ。私も早くレベル10になりたいのじゃ」
神速スープレックスという技を会得して、エルナはすっかりレベル上げに夢中だ。
俺のレベルも24まで上がっていて、そろそろ節目の25になる。
俺だって新しいモードが楽しみだ。
とっとと出かけて魔物狩りをしないとな。
レベル :22 → 24
弾数 :19発 → 20発
リロード:4秒 → 3秒
射程 :42メートル → 45メートル
威力 :31 → 34
命中補正:25% → 26%
モード :三点バースト、フルオート、デュアル・ウィルドゥ、テーザーガン、???
「よし、さっさと買い物を済ませるか」
その言葉にエルナは嬉しそうに玄関へと駆けだした。
「寛二、バッグを忘れるでないぞ」
玄関先で軽油タンクを抱えながらエルナが注意してくる。
なんか……この生活感がいいよな……。
「どうしたのじゃ? 私の顔に見惚れおって。気持ちはわかるが後にするのじゃ」
やっぱり俺たちの関係に名前を付けるのは難しい。
今は「相棒」という仮名が一番しっくりくるのかもしれないと思った。
本日は三軒茶屋まで移動してから並行世界へと転移した。
三軒茶屋は世田谷区でも有数の商業地であり、人気の住宅地でもある。
芸能人とかもたくさん住んでいるらしい。
ここなら塚本さんのいる松濤公園や神大たちが陣取る東大駒場より南にあるから、パトロールと魔物の駆除をかねての修業ができる。
さっきから出会うのは、ほぼ単独行動の魔物ばかだ。
今も単体で現れた巨大なサンショウウオのようなやつと交戦中である。
「エルナ、右の瓦礫の下に隠れたぞ!」
「わかっておるわっ!」
敵が身を潜めている瓦礫をエルナは無造作につかんで投げ飛ばす。
隠れていたサンショウウオは躍り上がってエルナに飛びつくが、そこを狙いすましてフルオートで全弾を叩き込んだ。
ハチの巣になった山椒魚から白い光が浮き上がり、俺の体へと吸い込まれた。
その途端にレベルが上がる。
レベル :24 → 25
弾数 :20発 → 20発
リロード:3秒 → 3秒
射程 :45メートル → 45メートル
威力 :31 → 34
命中補正:25% → 25%
モード :三点バースト、フルオート、デュアル・ウィルドゥ、テーザーガン、ファットガン
あれ?
レベルが上がったというのにパラメーターに目立った変化はないぞ。
んんっ!
新しいモードが増えているけど、なんだよ……このファットガンって⁉
ファットガン:
己の脂肪を魔力と融合させたのち、破壊エネルギーに変換して撃ち出す技。
ファットガン1発につき6㎏の脂肪が必要となる。(*右手からしか放出できない)
「どうしたのじゃ寛二、ぼぉ~っとしおってからに」
「いや、レベルが上がったんだけどさ……とんでもねぇ技を身につけてしまったかもしれない」
「それはよかったのぉ。それで、今度はどんな技なのじゃ?」
「今から試してみるよ。かなり強烈な弾を撃てるようになってるみたいだ」
通りを挟んで地下鉄への入り口があるのだが、今は瓦礫でふさがれている。
ここなら撃っても差し支えないだろう。
この先に人間がいる心配はない。
「少し離れた方がいいかもしれないぞ……」
「ほう、それほど強力か?」
わからないけど、なにか予感がするのだ。
これまでは拳銃、よくて軽機関銃程度の威力だったのだが、今度のはレベルが違う気がするのだ。
右手を構えて拳を握りしめる。
今までは手をピストルの形にしていたけど、それでは撃てないことは感覚でわかる。
ファットガンを使おうと意識すると体が熱くなり、チャージが開始され、膨大なエネルギーが右手へと流れていった。
「これ……ヤバいかも……」
収束された力を解き放ったとき、地下鉄の入り口は大きく爆散した。
まるで大砲か戦車砲の直撃を受けたみたいだ。
「しゅ、しゅごいのじゃ……」
普段は冷静なエルナが驚愕の顔で着弾場所を凝視している。
俺自身もかなりビビっていたけど、ナルシーな小デブはクールに振舞いたい。
「ふっ、右腕にファットガンを持つ男と呼んでくれ……」
そう、俺は紛れもなく奴、右腕にファットガンを持つイレギュラー。
腹の回りにまといつく翳(かげ)りが、男という物語を醸し出しているだろぅ?
ついに俺は覚醒した。
死に戻りのマジックガンナー 出稼ぎオッサン異世界記 長野文三郎 @bunzaburou
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