9-9
俺と神大は壁とマンションのような建物に挟まれた場所で、土の上に直接座った。
「ふっ、久しぶりで緊張するな。まさか、こんな気持ちでハンバーガーを食べることになるとは、三年前には想像もつかなかったよ」
神大がガサゴソと包み紙を開けている。
どうでもいいことだが、この男に甘いシェイクはとてつもなく似合わない。
果たして飲めるのだろうか?
ふと、神大の過去が気になった。
「神大さんって、世界がこうなる前は何をしてたの?」
厳めしい顔と体つきから想像できるのは、自衛隊員とかヤ〇ザとかだけど……。
「金融関係だ」
「ああ、取り立てとか闇金とか?」
「なんでそうなる」
苦笑する新王様のツッコミは思いのほかソフトだった。
「普通の証券会社だよ」
……似合わない。
あっ、何のためらいもなくシェイクも飲んでいる。
しかも笑顔で⁉
「美味いな、これ」
チッ、前言撤回だ。
厳めしいながら整った顔だから、俺よりもシェイクが似合うかもしれない……。
「反町はどうなんだ? 何をやっていたんだよ」
どうしよう?
本当のことを言ってもかまわないか……。
「ライトノベルを書いていた」
「なに?」
「ライトノベル、小説の一種だよ。シナーノって名前で何作かな……」
神大の目が少しだけ見開かれた。
「フラップ・ビート」
えっ?
それは俺のデビュー作……。
「異世界に行ったんですけど、嫁の増殖が止まらない件」
コミカライズもされました。
「ヒロイン・ルーレット改!」
R-18の作品まで!
「俺のこと知ってるの⁉」
「けっこう読んでたんだよ! まさかシナーノ先生にお会いできるとは!」
「マジですかぁ……、あっ、どうぞ、ポテトも遠慮なく食べちゃってください」
食いねえ、食いねえ、イモ食いねえ。
この、ごっついオッサンが俺の作品を読んでいたとは意外すぎた。
魔物の返り血を体中に浴びた男と、ラノベの話をしながらハンバーガーを食べるという経験は二度とないだろう。
「ところで、共闘の方はうまくいっている?」
「まだ、一日しか経っていないから何とも言えないが、新宿御苑との和平は締結した。向こうからも戦士10人の派遣が約束されている」
「10人か……、多いのか少ないのか判断がつかないな」
「頑張った方だと思うぞ。小さなコミュだと余裕がないからな、一人か二人の戦士を送るので精いっぱいだろう」
ここを突破されれば危機に陥ることはわかっていても、戦いだけじゃ人は生きていけない。
定住型の生活をしている限りは農業を放棄することはできないわけか。
「まあ、頑張ってよね」
紙くずをまとめると、俺は勢いよく立ち上がった。
「行くのか?」
「ああ。次に会うときはまた軽油を運んでくるよ。それともバーガーの方がいい?」
「バカを言うな、軽油に決まっているだろう」
俺のジョークに神大は小さく笑った。
こうしていれば多少は普通の人間に見える。
コイツだって元々はただの証券マンだったのだ。
東大駒場キャンパスを離れて、脳天を撃ち抜いて元の世界へ戻った。
エルナと俺では死ぬのにタイムラグがあったけど、戻ってくるのは同じ転移1秒後の世界だった。
相変わらずエルナは俺に馬乗り状態だったが、ワナワナと震えているのが背中越しにもわかった。
「大丈夫か?」
「……」
エルナの返事はない。
あれだけ盛大に自爆していればショックを受けるのも当たり前か。
「あんまり気を落とすなよ。次から気をつければいいんだから」
「……ふっ」
ふ?
「ふははははははははっ!」
大きな笑い声とともにエルナが俺の腹を掴んできた。
「見たか寛二? 私の華麗なる技を! 破壊力を! 勢いあまって自分の頭まで潰してしもうたわ。ふはははははははっ!」
落ち込んでいたわけではないようだ。
「どうした?
「感想も何も高速過ぎて見えなかったんだよ」
「そうか! 目にもとまらぬスピードか! これぞまさしく神速スープレックスじゃの!」
心配して損したぜ。
「今後は更なる磨きをかけねばならんな。いいか、あれにはコツがあってだな」
エルナがゴソゴソと俺の腹をクラッチする。
「お、おい。俺を投げるなよ! こっちじゃ死に戻るってわけにはいかないんだからなっ!」
「わかっておるわい。型だけじゃ」
本当に大丈夫かよ……。
胸が当たって気持ちはいいから、しばらくは興奮状態のエルナに好きなようにさせておいた。
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