9-8
逃げる魔物の掃討が始まった頃合いを見計らって、俺とエルナは背後のフェンスを乗り越えて人目につかない場所へと移動した。
キャッキャウフフの展開があるわけじゃない。
買ってきた季節限定シェイクを飲みたいだけだった。
ただ、皆が頑張っているときに大っぴらに飲むのは
「うまい……」
時間が経ってしまったのでシェイクは程よくとけ、普段の吸引力を必要としないくらい柔らかくなっている。
戦闘で火照った体にミルクの甘みと優しさが心地よかった。
そうなると、血まみれの神大を見て失せた食欲も戻り、俺はさっそくLサイズポテトに手を伸ばした。
こちらの方は時間のせいでポテトのカリカリ感がなくなり、しんなりとしている。
「まあ、これはこれでありだよな……」
アメリカ映画でフライドポテトにシェイクをつけて食べるのを見たことがある。
いい機会だからやってみようかな?
でも、そんな食べ方をしてエルナに引かれないだろうか?
心配になってエルナを見ると、シェイクにも手をつけず、ひたすら自分の体をチェックしているように見えた。
「どうした、どこか怪我をしたのか?」
「そうではない。ついにレベルが5に上がったのじゃ」
おお、念願のレベル5か。
「どうだ、何か劇的な変化はあった?」
「ふっ……」
エルナはやけにもったいぶった態度を取っている。
「クククッ……」
「おい、どうした?」
「あーはっはっはっはっはっ!」
なにやら尋常じゃない様子で笑い出したが、これは……。
「エルナ……」
まさか、何の技も覚えられなくて自暴自棄に陥って、笑うしかなくなっている状態か⁉
仕方がない、少し腹を揉ませて慰めてやるか……。
特別感を出すためには、やっぱり
シャツを脱ごうかと立ち上がったら、エルナが腰に手をあてて小さな胸を張った。
「ついに、必殺技を覚えたのじゃ!」
そうなの?
よかった、脱がなくて。
危うく大恥をかくところだったよ。
「それはおめでとう」
「うむ。格闘家としての血がたぎる技なのじゃ!」
ちょっと空手を教えてもらっただけで、もう格闘家気取りかよ!
「で、どんな技だ? 蹴り技か? それとも突き技?」
「聞いて驚け。その名も神速スープレックスじゃっ!!」
えーと……空手は全然関係ないのね。
「ふーん。で、何、その神速スープレックスって?」
「スープレックというのはじゃな、後ろから相手の胴を掴んで、反り投げてブリッジで固める技のことじゃ」
「うん、それは知っている。神速の部分を説明してもらいたい」
「神速というのは神の御業のごとく速いという意味じゃ」
つまり、おっそろしく高速なスープレックスということか。
「技は相手の後ろに回り込むところから発動するので、そのときだけは移動速度も20倍に跳ね上がるのじゃぞ! すごいじゃろ?」
うきうきと浮かれるエルナさんは、覚えたての技を試そうと魔物を探し始めた。
でもさ、戦闘は終わったばかりだぞ。
しかも、逃げ散った魔物は神大たちが追いかけている最中だ。
この辺に残っているわけがない。
「もう少し待てよ。神大に共闘戦線の参加コミュを確認したら魔物探しにつき合うからさ」
「いやじゃ、いやじゃ。すぐに試してみたいのじゃ」
「しょうがないなぁ。だったらその辺の建物の柱でも使えよ」
適当に提案してみたのだが、エルナはその気になってしまったようだ。
「やってみるかの」
エルナは、目についた電柱を正拳突きでへし折り、2mくらいの円柱を作った。
「そのパワーだけでじゅうぶんじゃね? スープレックスなんて必要か?」
「ふん、私の華麗な技を見て驚嘆するがいい」
出来上がった円柱を壁に立てかけて、エルナはレスリングの構えを取っている。
あのエルナがレスリングって、なんか笑えてしまうなんて思っていたら、突然俺の視界からエルナの姿が消え、次の瞬間には電柱が粉々に砕けちっていた。
「どういうこと?」
つまり、高速過ぎて目にも止まらなかったってことか⁉
いや、
これはもう無敵と言うやつじゃないか!
「すごいじゃないかエルナ! エル……ナ?」
あれ?
俺、なんかすごいものを見ているような……。
目の前にあるのは頭が地面にめり込んだエルナの姿。
それもすぐに目の前から消えた。
……あいつ、自爆して死に戻ったの⁉
「……」
あまりの衝撃に言葉が上手く出てこない。
まあ、向こうの世界で生き返っているだろうから心配はいらないか……。
「おーい、反町ぃ! どこにいるんだぁ!?」
壁の向こうから神大が俺を探す声が聞こえた。
「ここにいるよ」
頭だけ出して呼びかけると、神大はジャンプ一つで壁を飛び越えてきた。
「こんなところにいたのか。相棒のエルナさんはどこへ行ったんだ?」
「アイツは……、アイツは一足先に帰った……」
「そうか」
「神大さん」
「どうした?」
「ハンバーガー好き?」
「ま、まあ、昔は食べていたな」
「これ、召喚したから食べようよ」
俺はエルナの分のハンバーガーを差し出した。
普段はニヒルな神大の咽喉が、唾を飲みこんで大きく動くのを俺は見逃さなかった。
「いいのか?」
「まあ、俺もファストフード二人前はきつい」
こうして、オッサン二人は、人目の届かない建物の裏でハンバーガーを食いだした。
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