七不思議の八つ目は

堀北 薫

七不思議の八つ目は

「世の中にはいろんな七不思議がありますよね。世界七不思議、姫島七不思議や伊豆七不思議などの土地にまつわるもの。でもやっぱ一番身近で有名なのって学校の七不思議じゃないですか?」

隣を歩く彼女は、光の放つ懐中電灯を振りながら問いかける。

ありますよね……と言われても、学校の七不思議以外は初めて聞いたわけだが。

「まぁ確かにな、でもこの学校の七不思議ってなんだ?」

 俺とゆうこは教師だ。田舎とも都会とも言えない市の小学校で、俺は国語、ゆうこは音楽を担当している。胸元のネームプレートには生徒にも親しみをもってもらえるように平仮名で「ゆうこ」、俺は「はやみ」と書いてある。ゆうこが名前なのは本人の希望らしい。

『ごくでら先生って可愛くない。名前のほうで作って下さい』

 これを聞いた時は、さすがに笑った。

 今、夕方の学校の廊下を歩いているのは巡回の警備員が急遽来れなくなったため、代わりに自分とゆうこが見回りをしているのだ。

「あれ?なんか聞こえません?」

「なにが?」

 おいおい、やめてくれよ。こんな薄暗い廊下を歩いてるだけでも十分怖いのに。

「クラシックですかね?」

「下校の音楽だろ。時間になったら自動で鳴るようになってるはずだ」

  17時になると放送で音楽が流れる仕組みになっている。

「にしては、違うような……」

「さっさと済ませるぞ。シャキシャキ歩け」

「はーい」


      *   *   *


学校にあるものをいくつか聞いたことはあるのだ。

「ところでさっきの七不思議の話なんですけど」

 こやつ、せっかく話題を逸らしたのに。

「確か

1.微笑むモナリザ

2.増える階段

3.映らない鏡

4.動く人体模型

5.死の時計

6.トイレの花子さん

7.誰もいないのにピアノの演奏が響き渡る音楽室

でしたよね」

 意外と親しみがあるというか、どっかで聞いたことがあるというか。そう思っているとゆうこが続ける。

「さらに、その七不思議を7つ全て体験するとあることが起こると言われているんですよぉ〜」

 手首から先をダランと下げ、ゆらゆらと揺らす。ついでに舌も出している。

「こんな可愛いお化けが出てきてくれるのなら大歓迎だけどな」

「バッ、バカ言わないでくださいよ!」

 顔を真っ赤にして俺に反論してくる。ハラスメントだと言われかねないうちに話題を変えよう。

「そういや、今日給食の時にさ──」

 その瞬間。俺は言葉を止めて思わずそっちの方を見てしまった。ゆうこも目の端でそれを捉えたらしく同じ方向を見る。

「あれ、今着きました?」

「今着いたな、たった今」

 教室の一つに明かりが着いたのだ、俺は『今』であることを強調した言い方で返事をした。

「この時間って人いますかね?」

「絶対にいないとは言い切れないな。まだ帰ってない生徒か、明日の準備をしている先生か」

 一応、可能性を挙げた。しかし記憶を手繰れば職員室には誰もいなかった。いたとしても、なぜ今頃電気を付けたのか。

「結構暗いですよね。今まで寝てたんですかね?」

 やはり、ゆうこもおかしいと感じたらしい。

「見に行きますか?」

「一応な、生徒だったら、叱らなきゃならないし」

「ちょっと残ってたぐらいで叱るって速水先輩…。まぁ、そうか、叱らなきゃか」

ゆうこには前にも相談されたことがあるが、叱ることがどうにも苦手だ。

「あそこの教室っていうと──。1-4の教室だな」

 1年生の教室は四階に並んでいる。1階で隣の棟に渡りそこから階段で4階まで上がっていく。ゆうこは俺の後ろにピッタリついてくる。もしかして盾がわりにされてる?

 電気が着いている教室に辿りついた。

「誰もいませんよね」

「いないな、隠れているのかもしれないが」

 俺とゆうこは教壇の下、ロッカーの中など子供が隠れられるところを探す。だがいない。念のため、隣の教室を確認するが人っ子ひとり見つからない。

なんでいないんでしょうね。私達と会わないように逃げたんでしょうか」

「出来なくはないが、難しいな」

 電気がついてから話しながらではあるものの、すぐにこの教室に来た。上から見ればH型

をしている校舎で、俺たちとすれ違わずに出るなら二階の渡り廊下を使えば出来る。だが……。

「廊下や階段を走る音とか聞こえたか?」

「いえ、聞こえなかったです」

 ゆうこは先を照らし、提案する。

「美術室も見なきゃですかね?」

 そうか一番端の教室は美術室だったか。

「見てみよう」

「ヒャー、本当ですか」

「誰か居たらそれそこ問題だ。見るだけなら五分もかからない」

 杞憂で済むならそれで良い。可能性は潰しておこう。

 二人は美術室に向かい、扉の鍵を開ける。

「鍵閉まってるなら見なくてもよくないですか?」

「さっさと確認して終わらせるぞ」

ゆうこと俺はライトで室内を照らす。誰も居なそうだ。

「準備室のほうを見てくる」

「私を一人にしないでくださいよ〜」

 準備室への引き戸を開け中を見渡すと

「きゃぁぁぁああ‼︎‼︎」

 ゆうこの絶叫。一瞬驚くが俺は辛うじて訊く

 「どうした!なにがあった!」

「い、今モナリザが笑ったんですけど……」

 モナリザを照らす。だが俺にはいつもと変わらないように見えた。

「気のせいではないよな?もう一度よく見てくれ」

 俺は人の話をむやみに否定しないように心がけている。どんな突拍子も無いものであっめもまずはそれを信じてみるようにしている。

 再びゆうこによって照らされるモナリザを見て俺は思う。やはり変わってない。

「えぇ、嘘だぁ。今絶対笑いましたもん、モナリザ」

「そもそもモナリザって最初から微笑んでるだろ」

「不自然なくらい口角が上がったんですよ!こんなふうに!」

 ゆうこは人差し指で口の両端を押し上げる。無理やりの笑顔はこの状況では不気味すぎて笑えない。

「あ、信じてないでしょ」

 図星だ。

「準備室にも誰もいなかった。とりあえず戻るぞ」

「信じてないでしょ」

 不貞腐れた目でこちらを見てくるゆうこがネチネチと言ってくる。「いや、信じてるよ」

「目を見て言って下さい」「信じてるってば」「ホントですか?言葉が軽いです」

 そんな問答を続けながら美術室を後にしようと鍵をかけている時だ。

 パタパタパタパタ

 瞬時に二人は音のする方向を見た。微かに人影が見えたが走って消えた。俺は体が先に動いていた。

「すまん、鍵を頼む!」

 駆け出した俺は後ろからの「了解です!お願いします!」という声に押されスピードを上げていく。

 階段に入ると三階にパタパタと走っていく音を聞き、「速ぇな」と思わず呟く。だが逃すつもりは毛頭ない。階段を一段飛ばしで降りていく。

「待て!そこのゔぉ⁉︎いぃ‼︎」

 俺は思いっきり踏み外し、踊り場に転がった。着地に失敗し足と肩を強打し、痛さに悶絶する。

「なにやってんですか」

「ごめん、派手に………転んだ」

 ゆうこはすぐに駆け寄ってきて俺を起こす。

「大丈夫ですか!骨は!」

「骨折は、してないと思う。ちょっと擦りむいただけだ」

「思いっきり血が出てるじゃないですか!」

「あ、出てるな。でもこの程度はかすり傷だろ」

「全くもう!この人は!」

ゆうこは絆創膏をポケットから出してペタリと貼る。傷口にたいして小さかったがその心遣いが嬉しかった。

「ありがとう、もう大丈夫だ」

 俺は立ち上がると、ついたホコリを払う。それを手伝うようにゆうこは背中や肩を払ってくれた。改めて礼を言う。

「絆創膏ありがとな」

「惚れてもいいんですよ?」

「いつもこんなに優しければな」

「私はいつも優しいですよ!優しい子で優子なんですから!」

 

    *   *   *


「さて、どうします?逃げられましたけど」

「うーん、どうするか。完全に見失ったからなぁ」

 追いかけたいが今から3階を虱潰しに探そうか。いや、階段では走り去る音しか聞いてない。さらに下の階に行った可能性もゼロではないのだ。

 仕方がない。あのまま帰ってくれることを祈るか。

「一旦、職員室に戻ろう」

「いいんですか?」

「自分達の安全も考慮しての判断だ」

「そ、そうですね。こっちが怪我したらそれこそですもんねー」

 ゆうこは懐中電灯を振り、「では戻りましょう!」と意気揚々と歩き始める。

「いやー、それにしても七不思議の一つをお目にかかれるとは。いやー怖かった」

「腰抜かしてたじゃないか」

「………」

 いきなり黙ったゆうこをふと見ると、眉間にシワを寄せてなにらや遠くを見ている。

 窓の向こうか?

 俺はゆうこの視線を追う。どの教室も異常はないように見える。一階の職員室だけ電気が着いているが──。ん?

 立ち止まって凝視する。不自然に思ったのは職員室だ。職員室のカーテンが閉じられている。中で人影が動いている。

「チッ!今日はなんなんだ一体!」

 駆け出す俺に、一歩遅れてゆうこも走り出した。

「待って下さいよー!」


   *   *   *


「なんで、人体模型が?」

 職員室にあるんだよ。訳がわからん。

「やっぱ、速いな。わたしもランニングくらいは始めようかな」

 遅く来たゆうこもこの光景にギョッとする。

「なぜ⁉︎」

「俺も分からん」

 人体模型がここに置いてある理由。これはもはや……。いやいやそれこそありえないだろ。

「嘘でしょ。先輩!」

「今度はなんだ!」

「時計を見て下さい!」

 時計?一体なにが……。掛け時計に目を向けて絶句する。

 時計は4時44分を示しており、動いていなかった。

 これはもう確定だ。あからさますぎる。するとゆうこの呑気な声が聞こえる。

「ちょっとお腹痛いのでトイレ行ってきまーす」

「言わんこっちゃない!!」

 完全に七不思議通りに怪奇現象が起きてんだろうが!おかしすぎる!

「きゃあぁぁ!!!」

「もはやわざとか⁉︎あいつ!」

 教員用トイレだが普通に生徒が使うトイレと中の構造は変わらない。

「すいません!失礼します!」

 女性用トイレに入ると、手洗いの正面の鏡に自分の姿が映ってないのを確認して気を引き締める。

 いざとなったら、ゆうこの安全が最優先だ。

「ゆうこ!返事しろ!」

「一緒にあーそびーましょー」

 誰の声だ?ゆうこではない高さ的に子供の声だが……。

 一つ一つドアを開けて確認していく。

 一つ目、いない。

 二つ目、いない。

 三つ目……。ん?

 そこには気を失っているゆうこの姿があった。


    *   *   *


「おーい、起きろ。生きてるかー」

「う〜ん、むにゃむにゃ。もう食べられないよ」

「寝ている場合じゃねぇ!起きろ!」

 俺は思いっきり揺すると、ゆうこの目が開く。眠そうに擦ると眉間にシワを寄せてマジマジと俺を見てくる。

「ん、んー、ん?」

「俺だよ、俺、俺」

「新手の詐欺?」

「いうほど新手でもないだろ。オレオレ詐欺なんて」

 ボケる元気があるのならひとまず大丈夫そうだ。手を貸して立つのを手伝う。

「ありがとうございます。でも速水さん、ここ女子トイレですよ」

「勘弁してくれ、本当に心配したんだぞ!」

「冗談ですよ。冗談」

 二人で職員室に戻ると、時計を見る。時刻は戻っていた。

 早く帰ろう。

 俺はデスクの上の冊子の一つを取り、ゆうこに渡す。ゆうこはキョトンとした顔で「なんですか、これ?」と訊く。

「日誌だ、今夜あったことを書いておいてくれ」

「わかりました」

 ゆうこは近くの椅子に座り、書き始める。

 俺はどっかりと自分の椅子に座って、目を瞑る。疲れがどっと押し寄せ、意識を奪われそうになる。

 肩を叩かれ、思わず飛び起きる。

「書き終わりました」

「あぁ、ありがとう」

 俺も日誌を書いて、早く帰ろう。今日の日付の日誌を開く。


 今日、校舎内で不審な人影を発見。追いかけましたが捕まえることはできませんでした。申し訳ございません。

                裕子


 なんだこの適当な内容は………。

 いや!そこじゃない!

 俺はゆうこを見る。目が合うと不思議そうに首を傾げる。

 思考が巡る。あくまで平常心、平常心だ。

 意を決して訊く。

「お前、誰だよ」

「だれ?ってなにが?」

「おまえ───」

 俺は目の前のゆうこを見て、続けた。

「ゆうこじゃないだろ」

 目の前の女性は目を細め、静かに笑った。


  *   *   *


「どういうことですか?私がゆうこじゃないって」

 ゆうこがそう言いながら前へ出ると「近づくな、そこで話を聞いてくれ」と俺は止めた。ニセゆうこは意外にも俺の言葉を聞いて止まってくれた。

 得体の知れない恐怖で声が震えるが、ご所望なら話してあげようか。

「最初の違和感はトイレを出る時だ。何かが違うと思いずっと考えてた。そして分かったんだよ。お前、あの時俺を先輩呼びしなかっただろ」

「まさか、そういうシチュエーションのプレイ⁉︎やだ変態、なに言わせてるの?」

 違う、そうじゃない。

「誤魔化すなよ。あの時お前はゆうこと入れ替わったが、俺への敬称が分からなかったんだろ。さらに言えば、そもそも名前が分からなかった」

 だから視線が泳ぎ、ネームプレートに書いてある名称を呼んだ。

「だがそこから関係性までは分からなかった」

 ゆうこは、ふぅん、と考え込むように唸った。いきなり襲いかかってくる様子はない。続ける。

「そしてお前がやらかしたのはその後。そこで違和感から確信を持った疑問に変わった」

 俺は今日の日誌の部分を見せる。

「ゆうこは優しい子で優子と書く。裕子ではないんだよ」

 そこには確かに裕子と書いてあった。

「だがここで聞きたいことが一つ。なぜひらがなやカタカナで書かなかった?」

「それこそ不自然でしょ。それに“ゆうこ”や“ユウコ”を使ったところで貴方の勘のよさなら気づかれてたと思うけど」

優子じゃないことを否定しない。開き直ったように喋る裕子は垢抜けた少女のようだった。

「だったらシャチハタを使えばよかっただろ」

「あー、そうか。しまった」

 初めて裕子の澄ました表情が崩れる。

「なるほどね。それで気づいたわけだ。では本題に移ろうか」

 裕子は鋭い視線をこちらに向ける。そう、本題はここから。やはり誤魔化しきれないか。

「本題ってなんだよ」

「貴方の推理は面白いけど重要なところが抜けてる。そもそもの根本がね」

 まだ時間を稼いでいたい。……が限界か?

「私が優子でないことは証明できたけど、じゃあ今、目の前にいる私は何者なのかの明示は無いわよね」

 彼女は隙など与えてくれないくらいの眼光で睨む。

「分からないのか、もしくは──」

 数秒の沈黙。俺は返答しない。

「あえて言わずに隠しているのか」


     *   *   *


「どうかしら?」

「降参です。命だけは助けてください」

「あっはっは。なんでさ」

「あくまでも俺の仮説だ。あんたの正体は七不思議の八つ目だろ」

「へー、それはなんで?」

「ゆうこと俺は七不思議を全て体験させられた。その説明が一番しっくりくる」

 一番始めに言った七不思議の全て

1.微笑むモナリザ

  (美術室にて体験)

2.増える階段

  (俺が走っている時、転んだのは増えた為)

3.映らない鏡

  (トイレで体験)

4.動く人体模型

  (まさか台座ごと動くとは)

5.死の時計

  (地味に困った4時44分)

6.トイレの花子さん

  (トイレから聞こえてきた声の主)

7.誰もいないのにピアノの演奏が響き渡る音楽室 (最初に聴こえてきた音楽がそれだ)

 順番は関係なく、これら全てを体験した時恐ろしい八つ目の出来事が起きる。

 その八つ目が君だ。いわばドッペルゲンガーってやつだな。俺はそう考えている」

「根拠は?」

「無いよ。ただもうここまでくると科学的な説明は無理だろ。この現象に理由付けするとしたらこれしか無い」

「ドッペルゲンガーを信じると?」

「それしかない。そう思ったからこうやってカマをかけた」

「ふぅん、ま、なかなか楽しめたからOKとするか」

「満足したなら、なにもせずに帰ってくれるとありがたい」

「そんなこと言ってると、また意地悪しに出てくるぞォ」

 俺が苦笑いで返すと、ニヒヒと裕子も笑う。

「冗談、冗談。じゃ、そろそろおいとまするわ」

「あ、最後にいい?この子のことどう思ってる?」

「可愛い後輩だよ」

「ふーん、そう」

「とびきりな」

「ほーう、そう」

 裕子はニヤニヤと笑うだけ。全部見透かされてるみたいで、ちょっと腹立つな。

「お似合いだと思うけどな」

「俺みたいなやつでも、ですか」

「『みたいなやつ』なんて言うなよ。一緒に居たい理由に損得勘定を持ち出すより、想いをたった一言伝えてくれたほうが千倍嬉しいからさ」

「イケメンに限る話では?」

「少しは自分を信じなさい。あと……」

 裕子は自分の顔を指す。

「この子のこと泣かせたら、マジで許さないからね?」

「ハハハ、怖いなぁ」

 裕子は廊下に出て闇の中に消えていった。全てを飲み込みそうな、その黒の中から絶叫とともに職員室に入ってきた。そう、ヤツだ。

「いきなり置いでいがないでくださいよぉぉおぉぉ!!!なんで一人で戻っちゃうんですか!!」

「ゴメン、ゴメン」

「ゴメンじゃなぐでぇ!!」

 優子は涙でぐしゃぐしゃな顔を拭う。

 これは俺が泣かしたことに、ならない……よな?ならないよね?

 俺がなんとか宥めて落ち着いた優子は、日誌を開く。俺はチラリと除いたが、裕子が書いた内容は綺麗さっぱり無くなっていた。本当に奇妙な体験をしたもんだ。

 俺は腕時計を見る。もう時刻は元に戻っておりまだ19時半だ。


 七不思議の八つ目はドッペルゲンガーだったぞ。


 それを言ったところで、いくらこいつでも信じてくれるかどうか。

「日誌書けました!帰りましょー!」

 俺は上の空で返事してしまう。日誌を確認して、戸締まりもOK。忘れ物も、ないな。

 二人は並んで職員室を出た。


 *   *   *


「星が綺麗!」

「足元気を付けろよ。暗いんだから」

 二人は校門まで行くと俺は鍵をかける。

「では、お疲れ様でした!」

「獄寺、帰ってご飯食べるよな」

 自分でも回りくどいのは分かってる。でもどうにも苦手なのだ。

「もし、良かったらどっか食べに行かないか。これから」

 メシの誘いすら目を見ていえないのか、俺は。

「いいですね!どこ行きます?」

「食べたいものあるか」

「回らない寿司」

「じゃあラーメンにするぞ」

「ちょっと!それはなくないですか!あ、でも中華は最近食べてないので行きたいです」

「じゃあ中華料理店か、ここら辺にあったかな」

 花より団子、星より中華。

 ルンルンと歩く、その女性が月明かりに映えていた。


     *   *   *


 中華に大満足し、二人は店を出た。

「美味しかったです」

「美味かったな」

「途中まで送ってくよ」

「ありがとうございます」

 二人は並んで歩く、少し火照る顔に夜風が心地よい。

「実は今日、七不思議の八つ目を体験したぞ」

「ほんとですか」

「あぁ、まさかドッペルゲンガーだとは思わなかったぞ」

 その時、ゆうこの表情が固まった。

「ドッ……ペルゲンガー?」

「ん?どした?」

「七不思議の八つ目はドッペルゲンガーではないですよ」

 なんだって?

「ドッペルゲンガーではない?」

「はい、というか八つ目は何かが出てくるとかそういうものでもないんですが」

 嘘だろ。じゃあ俺が見たものは一体なんだったんだ。ニセゆうこは俺に話を合わせていただけか?

「じゃあ八つ目は?」

「先輩、こういう話は興味ないのでは?」

「早く言えって」

「じゃあ、先輩が誰のドッペルゲンガーを見たか。教えてくれたら私も教えます」

「教えてやらん」

「え──。じゃ、私も教えません」

「ただ……」

「ただ、なんです?」

「優子にそっくりだった、それだけだ」

 瞬間、優子は浮き上がるような驚きの表情を見せ、笑う。

 その笑い方はニセゆうこよりも遥かに意地悪で、可愛らしいものだった。

「では約束どおり私の知る八つ目を教えますね、耳を貸して下さい」

 優子が真実を耳打ちすると、俺の中で点が線となり結論を導く。


『世の中にはいろんな七不思議がありますよね?』

 思えば七不思議の話題を振ってきたのはコイツだ。


『クラシックですかね?』

 ここで何気に訊いてきているが、よく考えたら音楽の先生がわからないわけがない。


『トイレ、行ってきまーす』

 まるで誘われるように入っていった。一時的に何かに取り憑かれているのだと思ったが、そうではなくワザとだとしたら。


 最後に七不思議の八つ目

『七不思議の八つ目は「好きな人と結ばれる」んです』


 ピースは揃った。俺は七不思議を体験させられた。優子に誘導されて。

 おそらく最後になにが起こるかまでは分かってなかったらしいが。

 敵わないな。まぁ、飄々としながら抜け目ないところも魅力なのだ。

「優子さん」

「は………い。なに?」

 さん付けで呼ばれて、虚を突かれたのか。優子は少し挙動不審になる。

「今度の休みにさ、買い物付き合ってくれねぇかな?」

「お?買い物?」

 カ───ッ!!『好きです』の一言も言えねぇのか!俺は!

「いいですよ!予定空けときますね!」

 ルンルンの優子。今、なにかすごく遠のいたような気がする。俺がそう思っていた矢先。

 優子が突然抱き付き、腕を絡めてきた。

「い、イヤでした?」

 スゴイ積極的だ!なんで……。

 止まりかける思考が予測不能な方向へ進む。


 待て、この一連の七不思議。体験したのは俺だけではない。人数制限についてはなにも言ってなかったよな?


『いきなり置いでいがないでくださいよぉぉおぉぉ!!!なんで一人で戻っちゃうんですか!!』

 このセリフ、あまりの泣きようにスルーしてたがよく聞くと不自然。まるで俺が置いていったような様な口ぶり。


 そういうことか。


『想いをたった一言伝えてくれたほうが千倍嬉しいからさ』


 なんで今思い出すのがアイツのセリフなんだよ。優子の声で言いやがって。


 俺は優子の手のひらに自らの手のひらを重ね、細いその指の間を滑らせ絡ませる。

「いや、嬉しいよ。俺も優子のこと、大切にしたいと思ってる」

 繋いだ手に力が入る。自分でもなにを言ってるんだか分からなくなってくる。とりあえず今の気持ちを伝えねば。

「ありがとな」

「お、おぅ」

「嬉しかったよ、ちょっとドキドキしたけど」

「うん、私も」

「ほんとに嬉し──」

「分かった!私も嬉しいから!これ以上はマジで!」

 顔を真っ赤にし、明後日の方向を向く優子。俺は空を見上げる。

 想いを率直に伝えるのも悪くない。ありがとうや嬉しいとかは言えるのだが。なかなか好意となると──。

 俺が横顔を見ていると、こちらに気付き、ふと目が合った優子は幸せそうに笑った。

  いや、伝えるだろうな。この笑顔は反則だ。

「なにかいいことでもあったか?」

「うん、とびきりでね!」

 七不思議の八つ目が叶う日も案外近いのかもしれない。二人分の想いなら俺の思っているよりもずっと、ずっと近いのかもしれない。



 

 






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