いつか大人になる僕へ

UMI(うみ)

いつか大人になる僕へ

僕らが大人になるということは女になるということだ。 




「それでは、今日の授業を終わりにします」

 先生がそう告げると、それを見計らったかのようにキンコンカンと鐘が鳴った。静かだった教室内がわっと騒がしくなる。そそくさと帰り支度をする者、部活に向かう者、スマホをいじり始める者。様々な形で放課後を満喫しようとしている。

 でも僕はそのどれにも当てはまらない。何故なら今日は「義務」の日だからだ。

「おい、純」

 友達の洋平が僕に声をかけてきた。

「マックに行こうぜ。それからゲーセン」

 机の上に両手を乗せて、身を乗り出して言う。

「あー、悪い。今日は無理」

 僕は片手を上げて申し訳なさそうな声で言った。

「なんだよ。金欠か?」

 僕は首を振った。

「違うよ。義務の日なんだ」

「あ、そっか」

 納得という顔を洋平はした。

「面倒臭いよなあ。俺も明日そうなんだ」

「そう言うなよ。これは国民として、男としての義務なんだから」

 そうなのだ。僕らが義務を果たさなければ人口はどんどん減少してしまう。

「でもさあ、結局産むのは女じゃん。子供も子供を産んだ名誉も女のものじゃん。なんか不公平じゃね?俺らだって義務を果たしているのに」

 洋平はぶーぶー言い出した。

「でも先生をはじめ、大人たちは皆義務を果たしてきたんだよ」

「わかってはいるけどさ。あーあ、早く大人になりたいなあ」

「そうだね。僕もそう思う。でも大人になったら、働かなくちゃいけなくなるね」

「あー、それも嫌だなあ」

 ぶつくさ文句ばかり言う洋平に僕はくすっと笑って、席を立った。

「行くのか?」

「うん。もたもたしていたら時間になっちゃう」

 義務に遅刻は厳禁だ。無断で休もうなら学校から呼び出しを受ける羽目になる。僕は鞄を掴むと洋平に別れを告げて、教室を出た。



「私ね、妊娠したの」

 ベッドの端にけだるげに横わたっていた女が言った。

「そうなんだ、おめでとう」

 僕は飲んでいたミネラルウォーターのペットボトルから口を離して言った。特にそれに驚きも感慨もない。ただ僕は義務を果たせてほっとしていた。義務とは女性との間に子供を作ること。それが子供である男としての僕らに課された義務だった。

「嬉しいわ、また子供が産めて」

 女は愛おし気にまだ薄い腹をさする。

「早く生みたい」

「そういうものなの?」

 子供である僕にはまだピンとこない。

「純、あなたも大人になったらわかるわよ。女になったらね、子供を産むことが最高の幸せだってことが」

 そう言って彼女はふわりと幸せそうに微笑んだ。その笑みは女のものではなく、母親としてのそれだった。向けられている相手も僕ではなく、お腹の子供へのものだ。僕も大人になればきっとこういう微笑みを浮かべることが出来るようになるのだろう。今はピンとこなくとも。

「さあ、これであなたともお終いね」

 彼女は僕に対して未練はなにもないに違いない。欲しいのは子供だけなのだから。それは僕も同じだった。大事なのは女性が子供を産むこと、ただその一点だけなのだ。

「……そうだね」

 僕はペットボトルを置いてシャワールームに入った。

 次の日の朝、いつものように彼女と朝食を取り、ホテルを後にした。もう彼女とは会うこともない。何度となく繰り返してきた朝だった。



 ホテルを出て街を歩くと、大人の女性たちが背筋を伸ばして闊歩していた。自信と自負に溢れているようだった。男性の姿はまばらだ。しかも女性と違って、体も小柄で背も丸めていてみすぼらしく見えた。こういう光景を見ると僕は早く大人になりたいなあと思うのだ。

 この世界では全て子供は男として生まれる。その後二次成長を迎えて二十から二十五歳くらいまでには誰もが女性へと変化する。だから社会を回しているのは女性たちだ。男性でいられる短い期間で女性と交わり子を成すことが僕ら男性の唯一の役割だった。

 いずれ僕もこの子供の時代を終えて大人になり、つまり女性となって子供を産む側に回るのだ。誰と子供を成すかは国が決める。子供は社会の共有財産、宝なのだ。

 男性としての期間は短いため、僕ら子供は複数の女性を相手にして、相手が妊娠したらまた次の女性を相手にしなければならない。昔から延々と続けられてきた行為だ。そこに僕は疑問を持ったことはない。

 命は紡ぎ続けていかなければならない。子供の誕生はなによりもめでたいことなのだ。それに優ることはない。子供を産める大人になって一人前、男性である僕はまだ半人前なのだ。存在意義は女性を妊娠させることが出来るという一点だけだ。

 だから僕は早く大人になりたかった。子供を産む幸せは僕にはまだ実感出来ないけど、半人前の状態が嫌だった。早く子供を産める身体になって社会の一員になりたかった。



 彼女と関係が終わりを迎えたので、僕は次の女性の相手をしなければならなかった。スマホに送られてきたプロフィールを読みながら僕は思わずぼやいてしまった。

「女性になって初めてなのかあ」

 初めての相手は苦手だ。女性に変化したばかりは情緒不安定になっている人も多いし、なにより気を遣う。かとって拒否権は僕にはない。僕はしぶしぶスマホをポケットにねじ込んで部屋を出た。

 指定されたホテルに向かう。子供が出来る間だけの関係なので自宅には行かないことがルールだった。子供を持った女性はルームシェアをしていることがほとんどで、共同生活をしながら子供を育てていることが多いということもある。

 僕が部屋をノックすると、しばらくしてガチャっと鍵の開く音が聞こえた。すっと顔を出した女性はショートヘアの気の強そうな女性だった。敵意丸出しで僕を見ているのが気にかかった。少し気が立っているのかもしれない。

「入っても、いいかな?」

「入れないわけにはいかないだろ」

 部屋には入れてもらえたが、彼女はぶっすりと腕を組み椅子に座ってしまった。僕の方を見ようともしない。

「あの、晴香さん」

 僕がなんとか会話の糸口を探ろうと彼女の名を呼ぶと、

「その名は、呼ばないでくれ!」

 あまりの剣幕に僕は絶句してしまった。こんなことは初めてだった。

「俺は明だ。明って呼べ」

「え、でも明って子供時代の名前じゃ」

 僕らは大人になると女性の名前を与えられる。そういえば彼女は言葉遣いも男のままだった。

「うるさい!俺は大人になんかなりたくなかった!」

「あの、明さん、落ち着いて」

 理由はわからなかったが、彼女を落ち着かせようと思って今の本名ではなく、明さんと呼ぶことに決めた。

 明さんは激昂して椅子から立ち上がった。取り付く島もない。今日は明さんとどうこうするのは不可能だと僕は判断して、せめて会話できるまでもっていかなければと思った。

「あの、なにもしませんから。それよりも大人になりたくないって、どういうことですか」

 そんなことを言う人間に僕は初めて出会った。

「言葉通りの意味だよ。俺は大人になんかなりたくなかったんだ。子供なんて産みたくない」

 僕は衝撃を受けた。だって子供を産むことを拒否するという行為は反逆罪を問われる可能性のある重罪だ。身体的に障害を抱えているなら別だが、正当な理由がなく子供を産まないなんてこの社会では許されないことだ。

「ちょっと、明さん。何を言っているのかわかっているの?」

 僕は慌てて言った。

「わかっているさ!それくらい」

「じゃあ、どうして?明さんは犯罪者になっちゃいますよ」

 僕が努めて冷静な声で言うと、明さんは話してくれた。

「俺、好きな人がいるんだ……その人以外と身体を重ねることなんかしたくない。子供を産むなんて出来ない」

 胃の底から絞り出すような苦しい声だった。僕は明さんの告白にしばらく声もなかった。子供を作るのに僕らの意志なんて関係ないからだ。相手が好きかどうかなんて考えたこともなかった。それなのに明さんは好きな人がいるという理由で大罪を犯そうとしている。

 なにより人を好きになるという気持ち自体僕には理解しがたいものだった。これは僕だけではないだろう。愛情は産んだ子供に注がれるものであり、子供を作る相手に持つものではないのだ。

 明さんは大きくため息をついた。

「ここまで話しちまったんだから、全部話してやるよ。どうせ俺はブタ箱行きだ」

 明さんはそう言って髪をかきあげた。僕は好きな人がいるという彼女の話を黙って聞くことにした。好奇心には勝てなかった。彼女は俯いて僕を見ることもなく話し始めた。

「まだ俺が男だった時に子供を作る相手として引き合わされた人だ。凄く奇麗な人で、俺は夢中になった。俺も彼女に会うまでは人を好きになるってことがわからなかった。知らなかった。ずっとこの人と一緒にいたいと思った。でも彼女は妊娠した。そしてそれきりさ。ほどなくして俺も大人になってしまった」

 そこまで話すと、明さんがちらりと僕を見た。

「お前はおかしいとはとは思わないか?子供が出来たらその時が終わりだなんて。大人になったら好きでもない奴の子供を産まなきゃならないなんて。俺たちは誰も人を好きになってはいけないんだ。大人になったから俺はあの人と別れなければならなくなった。こんな馬鹿な話があるかよ」

 僕を見る明さんの目には、酷く澱んで諦めと失望が揺れていた。

「大人になんてなりたくなかった。子供なんて作りたくなかった」

 僕はなにもかける言葉がなかった。言葉が出なかったというのが正しいかもしれない。それくらい僕は驚愕していたのだ。

「さあ、もう行けよ」

 明さんは、しっしと僕を手で追っ払う仕草をした。

「俺を国に訴える気なら、そうすればいい」

 投げやりな口調でそう言った。他にどうしようもなくて僕はその夜ホテルを後にする他はなかった。



 明さんと別れてから僕はずっと彼女のことを考えていた。重い刑罰を科されることがわかっているのに、それでも人を好きなってしまうというのはどういうものなんだろう。国に社会に貢献することを拒否するほど価値のあるものなのだろうか。

 僕にはわからなかった。ただもっと明さんの話が聞きたいと思った。そのため僕はこのことを国には報告しないことを決めた。無論バレてしまうのは時間の問題だから、いつまでも黙っていられることではなかったけれど。



 男性でいる間は複数人の相手と子供を作らなければならないので、明さんとだけ会うわけにもいかず僕は他に決められた相手の元にも通った。

 義務を果たした後、僕は何気ないふうを装って今日の相手である彼女に聞いてみた。

「ねえ、人を好きになったことある?」

「子供たちのことなら勿論命が惜しくないほど愛しているわよ」

 彼女は既に二人の子供の母親だった。それがまた彼女の誇りでもあった。

「そうじゃなくて。男を好きになったことあるっていう意味なんだけど」

 僕がそう言うなり彼女はプッと噴き出した。

「馬鹿ね、あるわけないじゃない」

 それは予想していた通りの答えだった。

「女の愛情は子供だけのものよ。そもそも男はいつしか大人に、女になるのよ。好きになってどうするの?好きになるとかいう気持ちそのものがあり得ないわよ」

「じゃあ、子供を産みたくないって思ったことは?」

「ないわよ」

 即答だった。

「子供を産むことは女としての誇りであり、喜びよ。新しい命が誕生するほど素晴らしいことはないわ。子供の頃から早く女になって子供を産んで国に貢献したいと思っていたわ」

「そうだよね……」

 そう、それが普通なのだ。明さんが異端なのだろう。

「好きになった女でも出来たの?」

 彼女は櫛で髪をとかしながら、そう訊いてきた。

「……いいや、ただの好奇心だよ」

「そうね。子供の頃はおかしなことを考えるものよ」

 けれど、彼女は「おかしなこと」なんて考えたことはないのだろう。


 

 再び明さんと会う日がやって来た。

「変わった奴だな。国に通報しなかったのか」

 ホテルのドアを開けた明さんは相変わらずぶすっとした顔でそう言った。

「もっと明さんの話が聞きたくてさ」

 僕は出来るだけ明さんの警戒心を解きたくて笑顔を作ってみせた。

「ふん、紅茶か珈琲しかないぞ」

「じゃあ、珈琲で」

 明さんが珈琲を淹れている間、僕は部屋を見渡した。白いベッドとテーブルと小さなソファのみの簡素な部屋だ。どこも同じ、子供を作るためだけの部屋。見慣れたはずの光景が何故か殺風景に見えた。

「出来たぞ」

 二人でテーブルに座りしばらく黙って珈琲を啜った。インスタントの苦いだけの珈琲だったけど、不思議と不味いとは思わなかった。先に口を開いたのは明さんだった。

「で、俺がブタ箱に行く前に聞きたいことってなんだ?」

 皮肉たっぷりに明さんは言った。

「えっと……明さんの好きな人ってどんな人だったんです?」

「あ?」

 少しだけ怖い目をして明さんがじろりと僕を見た。僕はちょっと怖気づいた。

「あ、えと。犯罪になるとわかってまで好きになった人ってどんな人かなって……あの、ただの好奇心です。すみません」

 最後の方は尻つぼみになってしまった。

「好奇心か……ま、確かにモノ好きって思われても仕方ないな」

 くすっとほんのちょっとだけ明さんが笑った。笑うところを初めて見た瞬間だった。

「亜麻色の髪をして、栗色の瞳をした優しい面立ちの人だったよ。駆け出しのピアニストで子供たちに、そして世界中の人たちに自分のピアノを聞いてもらうんだって頑張っていた……そんな彼女の夢を聞いているうちに自分でも知らないうちに好きになっていったんだ」

 彼女の話をしている明さんは優しそうな笑みを始終湛えていた。でもとても悲しそうでもあり、そんな不可解な表情を僕は見たことがなかった。

「人を好きになるなんて俺は考えたこともなかった。彼女と会うまでは」

「その人の名前は?」

「……、だ」

 僕の目を真っすぐに見つめてその名を告げた。その時の明さんの顔は凛としていてとても綺麗だと思った。まだ男らしさを残していて、化粧もしていない。けれど今まで会ったどんな女性よりも美しかった。僕は明さんが教えてくれたその名をきっと一生忘れることはないだろうという予感を感じた。



 それから何度となく明さんに会って話をした。話をせずにただ珈琲を飲む時もあった。いつまでも子供が出来なければ国から調査が入るだろう。そしたら僕らは会えなくなり、明さんは逮捕されてしまう。それでも少しでも僕は彼女との時間を長引かせようとしていた。

 もっと彼女と話したい。もっと一緒にいたい。ただ二人でいたい。これが好きということなのだろうか。もしそうだとしたら、僕はきっと明さんのことが好きなのだろう。

 法に背いても国に背いても、一緒にいたいという感情はなんて不条理なものなのだろうか。それでもその思いに殉じようとする明さんの横顔はなによりも美しいものだった。

 僕はそんな彼女の横顔を見てふいに湧き上がってくるものを感じていた。それは明さんと自分の子供が欲しいというものだった。

 それまで僕は女性と子供を作るのはただの義務で、自分の子供が欲しいと思ったことはなかった。子供はあくまでも女性のものであり、自分のものではないのだ。

それでも僕は明さんと自分の子供が欲しかった。二度と彼女とは出会えなくなると知っていても。むしろだからこそ僕は子供が欲しかった。


 何故なら僕らは生きていかなければならない。

 命を紡いでいかなければならない。

 不条理であったとしてもそれが僕らに課せられた世界の掟なのだ。

 


「明さんが、好きです」

 何度目かの逢瀬の時、僕は明さんに告白した。

「は?同情なの」

 明さんは酷く不快な表情をして言った。

「違います」

「じゃあ、なに?俺を犯罪者にしたくないってか?」

「それはあります」

「余計なお世話だよ!」

 怒鳴りつける明さんの両手首を僕は掴んだ。

「離せよ!馬鹿!」

 暴れる明さんを無視して僕は続けた。

「でも、明さんのことが好きなのも本当です」

「好きって気持ちがどんなものか知らない癖に!」

 僕は掴んでいた両手首に力を込めた。

「……っつ!」

 明さんが痛そうに顔を顰める。僕はそんな明さんの顔に自分の顔を近づけた。

「明さん、あなたと一緒にいたい。出来ることならばずっと」

 明さんの目が驚きに見開かれた。

「僕はあなたとただ抱き合いたい。子供を作ること抜きに。それが叶わないならば、あなたに僕の子供を産んで欲しい。永遠に会えなくなっても、僕があなたを愛した証をこの世界に残して欲しい。どこかでその子が生きている。ただそれだけで僕は生きていける」

 明さんは声を震わせながら言った。

「俺が好きなのはお前じゃない……」

「知っています。ただ一人の誰かを愛するあなたが好きなんです」

「お前は……馬鹿だ」

 明さんの瞳が膜を張り、涙がつっと頬を滑った。僕は僕の明さんを好きだという気持ちが否定されなかったことが嬉しかった。

 明さんの両手首を離して、その涙を指で拭った。

「僕の子供を産んで下さい。そして生きて下さい」

 泉のように溢れてくる涙を僕は幾度となく指で掬ったのだった。



そうして僕らは逢瀬を繰り返し、抱き合った。幾度目かの夜を迎え、幾度目かの朝を迎えた時のことだった。

「妊娠した」

 ぽつりと独り言のように明さんは言った。それは別れの言葉に他ならなかった。

「……おめでとう」

 なんとかそう言うのがやっとだった。これでもう明さんとは会えなくなる。覚悟はしていたとはいえ、やはり辛かった。

「おめでとうって顔じゃねえな」

 明さんはさばさばと竹を割ったように笑って言った。

「子供が出来るのは素晴らしいことなんだろう」

 明さんは僕を小突いた。

「ありがとう、純」

 明さんの笑顔はなにかが吹っ切れたような笑顔だった。

「俺を愛してくれて、ありがとう。俺を愛してくれた男の子供を産むんだ。それだけで俺は生きていける気がする。子供なんて産めないと思っていたのにな」

 僕は思わず、明さんを抱き締めていた。子供を身ごもった明さんの身体はいつもよりも温かい気がした。

「こっちこそ、ありがとう。僕の子供を産んでくれるんだね」

「さよならだな、純」

「うん、明さん。さようなら」

 その後僕らはホテルのレストランで朝食を食べ、たわいない話をして本当に別れた。それは幾度となく繰り返した別れの朝。いつもの朝だ。でも一度きりの二度と訪れない朝でもあった。

 道行く人々を見ながら僕は学校に向かった。女性たちは仕事に、男性たちは学校に向かうのだろう。道は少し濡れていて雨が降っていたことを僕に教えてくれた。

 空を見上げるとビルに切り取られた青空が顔をのぞかせていた。雨に洗われて抜けるような空だった。その空を見ながら僕は一粒だけ涙を零した。

 僕は朝の雑踏の中でいつまでもその空を食い入るように見つめていた。この朝を噛み締めるように、その光景を焼き付けて忘れないように。だってこの空も二度とは見られない空だったから。

 空は高く高くどこまでも高く、そして果てしなく遠く、限りなく透明に近いプリズム色をしていた。高層ビルの窓ガラスが朝日を浴びて乱反射している。痛いくらいに綺麗な朝だった。

 


 明さんと別れた後、僕には新しい女性がまた相手として選ばれ、愛してもいない女性を抱いている。僕はもう十八で自分ももうすぐ大人になる。そうしたら僕もまた愛してもいない男に抱かれ、愛してもいない男の子供を産むのだろう。



それでも僕は生きていく。

命を紡ぎ続ける。



いつか大人になる僕へ伝えよう。

僕は確かに人を愛したのだと。


























  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

いつか大人になる僕へ UMI(うみ) @umilovetyatya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ