第35話 過去の払拭

 朝弘は、真っ暗な空き教室で、うつぶせになっている。床に耳をつけて目を閉じていた。


 床がひやりと冷たい。あたりは静寂で、自分の心臓の音がうるさく感じる。


 こうしていると、今までの人生をおもいかえして、感傷的になる。誰からも疎まれる人生だった。自分を愛してくれたのは、母だけだ。でも、そんな母が病気で死んで、自分は人嫌いになっていたのだ。それから、自分の周りから人が離れていった。いや、それは言い訳に過ぎないのだろう。思春期に入って、人とのかかわり方が、わからなくなってしまったのだ。


 気づいたときには、周りには誰もいなかった。一度、そんな癖がついたら、抜け出すには、大きなきっかけがいる。

 ずっと考えてた。ゲームみたいな、突拍子もない何かが起きないかと。ゾンビが教室に入ってきたり、宇宙人が侵略しに来たり。そしたら、自分がみんなを華麗に助けるのだ。そうすれば、みんな自分を見直してくれる。


 そして、まさしく今、それが起きている。ようやく過去の自分を払拭するチャンスが回ってきたのだ。


 下の階から、扉をノックする音が聞こえて、朝弘は目を開いた。


「会長よろしいですか」


 女性の声が聞こえた。この部屋の真下には、校長室がある。


「なんだ?」


 野太い、男の声。おそらく飯田だ。次いで、扉が開く音が聞こえる。


「先ほどの放送聞かれましたか?」


「ああ。奴らは、死期を早めたいらしいな」


「どういたしましょう?」


「当然、皆殺しだ。俺がこの手で、凄惨に殺してやろう」

 飯田は、一泊おいて続ける。


「一人も逃がすな。部隊の奴らにも伝えろ」


「かしこまりました」

 女性は言うと、扉が閉じた。おそらく、探索部隊の人間を呼びに行ったのだろう。


 朝弘は、再び目を閉じた。

 革のきしむ音に、咳払い。わずかな音から飯田の位置を想像する。おそらく、来賓用に置かれたソファに座っている。


 探索部隊は、やむを得ない。だが、彼だけは、決してクラスメイト達のもとへ行かせてはならない。そのために奴を、ここで仕留める。


 こちらの手持ちは、【煙幕】が2個に、長剣が7本。短剣が3本。弓が1本。そして、【断裂刀】が1本。といっても、彼に通用する武器は、【断裂刀】のみだろう。これを用いて、今から奇襲をおこなう。チャンスは一度っきり。それを逃せば、勝てる見込みはないだろう。 


 意を決すると朝弘は、立ち上がった。能力で異空間へ入り、床に置かれた【断裂刀】を手に取る。懸念はいくつかあるが、それを考慮する時間がない。正直、現時点での成功確率は30%ほどだ。きっと普段なら、やるはずがない賭けだろう。


 異空間から戻ると、朝弘は床に手をつき逆立ちの体制になる。何度か手を動かし、器用にバランスをとった。【断裂刀】は右手に持っている。


「行くぞ」

 朝弘はつぶやいた。次いで彼は能力を使用した。すると体は床を透過し、真下へと落下した。すぐに眼下に、ソファに座る飯田の姿が見えた。朝弘は【断裂刀】の柄に手をかける。


 このまま一閃しようと、刀身をさやから引き抜こうと力を入れた。しかし、その時朝弘は絶望した。彼のうなじに、黄金に輝くペンダントのチェーンが見受けられたからだ。


 彼の首元で、血のように赤い玉の装飾が輝いている。まちがいなく、彼の首にかけれれているのは【致死無効のペンダント】である。


 朝弘は、とっさに剣を抜くことをやめた。体を翻し床に着地する。


 勝機がなくなった。【致死無効のペンダント】は装備した者に対する、致死性の攻撃を一度限り無効化する。

 彼に通用する武器は【断裂刀】のみである。そして10分に1度しか効果を発揮しない【断裂刀】にとって、1度の攻撃を防がれるのは致命的であった。


 むろん、これが朝弘の最大の懸念であった。正直、奴がペンダントを所有している可能性は高い。だが、四六時中彼がペンダントをしている可能性もまた低いとみていた。

 校舎内は奴の城だ。敵と遭遇することは、考慮していないだろう。防具のように扱うのであれば、森に入るときに、つけるようにすればいいはずである。といっても、半分以上の確率で彼がペンダントをしていると予想はついていた。その賭けに負けたのだ。


 目の前では、ソファから立ち上がった飯田がこちらを睨む。彼の眼光は、身内を震わせるほどに凶悪である。これほどの威圧、恐怖が今まであっただろうか。


 このままでは間違いなく殺される。朝弘は、失意に崩れ落ちそうになる足を奮い立たせ、すぐに次の行動に出る。


 朝弘は、能力を使い校長室の壁を抜け隣の部屋に移動した。隣の部屋は、職員室である。ずっと使われず放置されている教師たちの机が、所狭しと並べられている。ここに来て間もなく、生徒たちに食料や、役立ちそうな道具などを漁られたため、ひどく散らかっている。机の引き出しが、抜き取られ、床に散乱していた。棚からファイルが雪崩のように崩れている。


「お前は、誰だ」

 声がする、振り返ると自分が抜けた壁をぶち破り、飯田がこちらに突進してくる。


 朝弘は、ディスクに乗り、天井に向かってジャンプした。その状態で能力を使う。これで異空間では、天井付近に床が形成される。※朝弘の能力は、彼の足の裏を最底辺として教室ほどの大きさの、異空間を構築するため。

 そこで、さらに跳ねることによって階をまたいだ。


 だが、飯田は追ってくる。常軌を逸した跳躍により、直立のまま床をぶち破り現れる。朝弘は、また能力を使用し、部屋を移動した。能力の再使用まで2秒かかる、ぎりぎりだ。


 すでに朝弘は、飯田を殺すことを諦めていた。そして、逃げることだけに集中している。


 こうなったからには、なす術がない。だが、幸い自分の能力を上手く使えば、かろうじて逃げ切ることは可能だろう。ひとまず彼をまいて森へと逃げよう。


 そう思ってすぐのことだ。ふと、クラスメイト達の顔が浮かんだ。自分を信じてくれた、魚沼たちを思えば、彼らを見捨てるのかと良心の呵責が訴えかけてくる。


 朝弘は、心の中で言い訳をした。もちろん、自分だってやれることはやりたい、しかし、どうすることもできないのだ。


 奴に【致死無効のペンダント】があるから、勝ち筋はない。それに正面から戦えば、100パーセント殺される。


「お前なんて知らんぞ、何が目的だ? 誰にそそのかされた」


 飯田が低い声で怒鳴る。


 朝弘は必死に壁を抜け飯田をまく。徐々に引き離し、現在彼との距離は2部屋分ほどひらいている。


 知らなくて当然だろう。朝弘はそう独白する。クラスメイト達でさえ本当の意味で自分を知っている者はいないのだから。ずっと孤独だったのだ。毎日学校に行っても誰ともしゃべらない。教師でさえ、自分とかかわりたがらない。透明人間だったのだ。


 周りの奴が悪いのだと、クズばかりだと心まですさんでしまったような気がする。

 でも、そうさせていたのは自分だった。俺が変われば、周りも変わるのだと異世界にきて、そう思った。


 だからきっと、今自分は変わろうとしているんだ。


 この時をずっと妄想してきたんだ。ここで逃げては何も変わらない。


 ――もう逃げるのは終わりだ。


 朝弘は自分が抜けてきた壁を振り返ると、柄に手をかけた。

 ほんの少しして壁が崩落し、こぶしを振り上げた飯田が現れる。朝弘は自ら間合いを詰めると、【断裂刀】をさやから引き抜いた。空間をも切り裂く斬撃が、空気を二分し剣にまとわりつく。



『画一!!』



 【断裂刀】を一閃する。


 血しぶきが上がった。飯田の腕が宙を舞う、朝弘はそれをつかんだ。しかし返す刀で彼の左腕が、こちらに放たれる。それが直撃し、朝弘の体は後方に吹き飛び、教室の反対にある黒板にたたきつけられた。


 痛い。あえぐほどに、苦しかった。


 気絶しそうな痛みをこらえ。能力で異空間に入り教室の壁を抜ける。その際に飯田の腕を異空間の床に置いた。これがなければ、医療能力をつかっても完全に蘇生することはできないはずだ。


 しかし、うまくいった。【致死無効のペンダント】は、致死性の攻撃のみに適応される。朝弘は、あえて急所ではない腕を狙った。


 やることはやった。利き腕を奪ったのだ。これで、彼はしばらくの間、動かないはずだ。その間にみんなが逃げてくれればいい。


 廊下に出る。あとは森に逃げてみんなと合流しよう。しかし体が寒い。朝弘は、自分の脇腹に手をやり、翻してその手を見た。ものすごい血の量だ。恐る恐る患部に目をやった。


 だめだ。わき腹からへそのあたりまでの、肉がえぐり取られて、大きな穴が開いている。すぐに、その穴をふさぐように左手で押さえつける。臓物が、ぬるりと手に触れる。それがこぼれるように、必死に支え持った。


 朝弘は、もうろうとした意識の中、森へと歩いた。



**********



 小町由香は、朝弘を追いかけて、校舎の本館にきていた。彼を探して必死に奔走していると、突如、けたたましい音がなった。まるで重機で建物を解体するような轟音だ。すぐに音のほうへ走る。やがて、ある教室の扉の前に立ちどまった。その教室は、壊れたコンクリートの粉が、靄となって教室から漏れだしていた。


 小町由香は、中を覗き込んで驚愕した。


 飯田が、教室の床にうずくまっていたのだ。左手で右腕を抑えている。その右腕は、二の腕の中ほどから先がなくなっており、とめどなく血を噴出させていた。そのそばで春日部梓が、彼を介抱している。


 会長のこれほど傷ついた姿を見るのは初めてである。


「お待ちください、すぐに医療能力者を呼んでまいります」


 春日部梓は、彼の腕をひものようなもので縛って、止血している。


 どうしていいものか、戸惑っていると、春日部梓は鋭い眼光でこちらを睨んだ。


「何をしているんですか? 早く、賊を捕まえてきなさい。深手を負っています、そうは遠くにはいっていないはずです」


「はい」

 小町由香は、首を縦に振ると、走り出した。 

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校舎丸ごと異世界転移 ~異能力で異世界を生き抜く~ 何基 @nannki

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