第34話 死線
木下は、パーナマと共に、校舎の階段を駆け下りる。
「大丈夫。歩ける?」
木下は、振り返り、パーナマに尋ねる。
彼女は、深くうなずいた。よくよく見ると、彼女の制服のシャツは、サイズが小さいらしく。パツパツである。
4階から3階へと下る途中で、高樹と鉢合わせた。彼は、パーナマを見て、軽くうなずくと、踊り場の窓に視線をやった。
「追手の生徒が集まってる」
「くそっ。まじかよ、はえーな」
たしかに、窓の外には、ローブを羽織った生徒たちが、ぞろぞろと集まってきていた。ざっと10人以上はいる。おそらく、先ほど逃げた生徒が、応援を呼んだのだろう。
3人は、足早に階段を下る。先頭は、高樹である。木下たちは、その後ろをついていく。何度か、パーナマが遅れていないか振り返ったが、彼女は軽快に階段を下りていた。
高樹は、階段を下り終えて1階の廊下に出ると、立ち止まり、振り返った。
「1階までもう入ってきてる。2階の窓から飛び降りよう」
「えっうそだろ」
木下は言った。
高樹は、何も言わず階段を上がると、2階の廊下の窓を開ける。窓枠に、飛び乗ると、軽やかに飛んだ。
木下も続こうと、窓の前に立ったが、下を見ると思ったより高い。足がすくみ、一度後ろを振り返る。
「パーナマちゃん大丈夫?」
彼女は、神妙な顔でうなずいた。次いで、隣の窓を開けると、何の躊躇もなく、窓から体を投げたのだ。
木下は、驚いて窓の下を見た。彼女はきれいな着地を見せる。
彼女は、立ち上がりこちらを見た。
「木下様。下は柔らかい土です。痛くはございません」
彼女にそう言われては飛ばないわけにはいかない。といっても、やはり怖い。木下は、慎重に窓をまたぎ、窓枠にぶら下がった。
しかし、この体制は足元が見えないため、余計に怖い。手を離すのをためってしまう。
「早く、飛び降りろって」
下から、高樹の声が聞こえる。
「こぇよーーー」
木下は、高所恐怖症である。しかし、手の力も限界だった。数秒粘ったが、自分の意思とは関係なく、手が力尽き窓枠を離した。
「いってぇ」
おしりから地面に着地してしまい。衝撃がもろに体に伝わる。
背中をさすりながら立ち上がった。顔をあげると、パーナマが心配げにこちらを見ている。
このままでは、いいとこ無しである。少しは、男らしい一面を見せなければ。
「いくぞ」
木下は、二人に言うと先頭を走った。
「おい、どこ行ってんだ。こっちだ」
が、高樹がそれを制止する。木下は、校門のほうへ走り出していたが、高樹は、運動場のほうを指さした。
「森に入るんだったらこっちのほうが近いだろ」
確かに、森へと入るには、運動場を突っ切って柵を超えるのが一番の近道である。といっても、運動場を端から端まで駆け抜けるため、200mほどの距離がある。
「森にさえ入れば、何とかなる。走るぞ」
いうと、高樹は運動場へと走り出した。それに、木下とパーナマも続く。
運動場に入ってすぐ、建物の周りにいた生徒たちは、自分達に気が付いたようだ。こちらへ駆けてくる。まるで鬼ごっこのようである。逃げるのは、高樹たち3人で、それを追うのは、ローブを羽織った20人以上の生徒だ。
だが、追手との間には、50mほどの距離がある。普通に走れば追いつかれることはない。
少しの間、順調に、森へと走っていた。が、しかし運動場のちょうど中央あたりだ。突然、木下のほほを何かがかすめた。その飛翔物はまっすぐに、前を走る高樹に着弾したのだ。すると彼は、走りこんでいた速度そのまま前方に転倒した。頭から地面に落ち、1mほど体を滑らせた。
突然のことに、木下とパーナマは、彼に寄り添う。
「おっおい。大丈夫かよ」
木下は、恐怖で声が震えていた。見ると、彼の肩には、黒い槍が刺さっていた。
「抜いてくれ」
高樹は、片目をつむり、痛みをこらえているようである。
「いいのか?」
「おう、早く頼む」
高樹はうなずいた。木下は、槍を手に持つと、その大きさを半分にして引き抜いた。彼はまた立ち上がる。
「森へ走るぞ」
高樹は、また走り始めた。しかし、そのスピードはあきらかに落ちている。
木下は、彼に追走しつつも後ろを振り返った。追手との距離は縮まっている。それよりも、先ほどの槍がどこから飛んできたのかと、あたりを見回す。
すると、校舎側の手洗い場のあるあたりから、投擲後のフォームでこちらを見ている生徒がいる。
その生徒は、柔道着を着ていた。頭は丸坊主である。たしか、探索部隊にいた人間だ。代々木に聞いたことがある。新庄大(しんじょうだい)【投擲能力】を持った男子生徒だ。今のところ2投目を投げるそぶりはない。とっさのことで槍を一本しか持ってきていなかったのだろう。
と、みるみるうちに追手の生徒が、距離を縮めてきた。その生徒は、どこから連れてきたのか、トラに騎乗していた。まちがいなくなんらかの異能力であろう。
彼は、木下と並走するように並ぶと、剣を振り下ろす。木下は、とっさに剣を抜くと、身をひるがえし、それを弾いた。
しかし、そうしている間にも、ほかの生徒にも追いつかれ始める。追いかけてくる生徒は、多種多様な能力を使っている。空中を走る生徒や、足だけを巨大化させる生徒。その光景は異様だ。よくよく、考えれば、ここにいる全員が何かしらの能力を持ち合わせているのだ。逃げるだけでも容易ではない。
追いつかれてしまえば、森へと走る速度は、さらに落ちる。対応しなければ切り殺されるからだ。攻撃をかわしつつ森へと走る。森まで残りの距離は50mほどだ。
高樹は、そこまでいけば大丈夫と言っていた。おそらく、先に逃げた代々木たちが待ち伏せでもしているのだろう。彼が、戦ってくれるのであれば百人力である。
その後も器用に敵の攻撃をかわしていた木下であったが、突然、足が引きづられ、その場に倒れた。今度はなんだと足を見ると、縄が絡みついている。
「なんだよこれ」
能力が飛び交っていて、もう何が何やらわからない。
地面に手をついたまま、じりじりと追手のほうへと引き寄せられていく。木下は、指を地面に突き立て、しがみつくようにして抵抗する。
「やめろ。離してくれよ」
だめだ。すごい力だ。指の力が徐々に抜けていく。
と、突然引きずられる力がなくなった。顔をあげるとパーナマが剣を構え、自分を囲う追手の生徒たちを威嚇している。どうやら彼女が自分の手から剣を拾い上げ、足に絡みついた縄を切ってくれたようだ。
「ラ、フルマレゼニアル(死んではいけません)」
彼女はこちらに力強い視線をくれる。子供のような普段からは想像もつかぬほど勇ましい。
「パーナマちゃん」
木下はつぶやいた。追手との距離はほとんどなく、囲われている状態だ。
「女は殺すなよ」
相手側からそんな声が聞こえてくる。
倒れこむ木下の両脇を高樹とパーナマが固めている。
次の瞬間、男子生徒が飛び出した。しかし、パーナマが剣を振る。剣は男子生徒の、ももを斬りつけた。生徒はその場に転がり込む。
「いてぇえええ」
パーナマは、泣き出しそうな顔で首を振っている。
「どうして……。近寄らないでください」
彼女の日本語は、わずかにたどたどしいが、比較的流暢である。
高樹も剣を抜いている。左肩の負傷が効いてか、肩をかばうようにしており、まっすぐに立てていない。
「木下戦えるか?」
高樹は剣を構える。
「おう」
木下はゆっくりと立ち上がった。しかし、武器がない。先ほどまで自分が使っていた剣は、パーナマが持っている。
パーナマが敵を威嚇しており、敵は攻めあぐねている。
彼女は機敏で剣の扱いがうまい。少なくとも学校生活しか送ってこなかった生徒たちとは、雲泥の差がある。それに加えて、おそらく飯田に彼女を殺してはいけないといわれているのだろう。誰もパーナマには、危害を加えようとしない。
「森へ走るぞ」
高樹はささやく。木下は後方を見た。森まであと40mほどだ。
木下は、うなずいた。
馬鹿な自分でもわかる。もう、そうするしか選択肢がない。森にさえ入れれば助かるというのであれば、瀕死覚悟で、敵に背を向け走るしかない。
「行くぞ森へ、走れ!!」
高樹は、敵に背を向け駆け出した。木下もそれに続く。パーナマもすぐにその意を汲んだのか、剣を捨て森へと走った。
すぐに木下は、背中に痛みを覚えた。おそらく今、背中を斬られた。いや背中だけじゃない足もだ。左足が重たい。
木下は、ちらりと横を見た。すると、なんともおぞましい光景を目にした。高樹の背中に、小さな小男が二人しがみついていた。男の顔は2体とも同じだ。これもなんらかの能力であろう。そいつらが高樹の背中に短剣を突き立てている。
一方、パーナマは俊敏だ。一番先頭を走っている。こちらを気遣うようなそぶりすら見せている。
負傷しながらも20m。30m。と走り。森まであともう少しと迫った。
すると、右のももに激痛が走った。今度のは耐えがたいものだ。体が転倒し地面に滑る。ももに目をやると、黒い槍が刺さっていた。まただ。あまりに必死で、その存在を忘れていた。
追手の生徒たちが、転倒した自分に群がってくる。
「いや、やめろよ。やめろ」
木下は、必死に、足をばたつかせた。だが、何の抵抗にもならない。
「いでぇーーよ」
腰のあたりに、刺すような痛みが走った。誰かが、刺したようだ。激痛だ。くそっ、あと、もう少し、5mほどで森なのに。
前を走っていた。パーナマと高樹が、踵を返し戻ってきた。パーナマは、木下の右の手首を両手で握った。高樹は、木下の左腕を肩で担ぐようにして持ちあげる。
「よし、引っ張るぞ。せーの」
高樹の掛け声とともに、木下の体は、引きずられる。
3mほど引っ張られた。しかし、そこからもう一歩も動かない。
足元を見れば、追手の生徒たちが、木下の足首を持ち、逆方向へと引っ張るようにしていた。おまけに、トラが自分のふくらはぎを噛み、首を振って引きちぎろうとしているではないか。もう痛みは感じなかった。
前に視線を移すと、高樹が自分の腕を引っ張った勢いそのまま、しりもちをついて倒れこんでいた。ナイフで刺され彼の白いカッターシャツが、真っ赤に染まっていた。それに彼の体には、いまだに2人の小男が群がっており、彼の髪を引っ張ってい笑っている。
意識もうろうとして高樹は、なすが儘に首を振られている。
一方、パーナマは地面に座り込んでおり、男子生徒に、腕をかまれていた。吸血されているのか、じゅるじゅると音がする。彼女の顔色は悪い。
終わりだ。どうにも助からない。しかし、森は目と鼻の先だ。鬱蒼と生い茂る葉が、手を伸ばせば触れれる位置にある。もし代々木たちが森で待機しているのなら。隠れてないで助けに出てきてほしい。
「だすけてくれよ。しにたくないよ」
最後の抵抗だ。木下は、森に向かって声をあげる。
と、高樹は、ゆっくりと頭を振った。どうやら意識を取り戻したみたいだ。
すると彼は、叫んだ。
『リムドブルム!』
そのとき、驚くべきことが起こった。立っていられぬほどの暴風が吹いたのだ。高樹の背中に張り付いていた小男は吹き飛び、パーナマの血を吸っていた生徒も、腕で頭を覆い距離をとった。トラは、おびえたように、短く鳴くと、身を縮め地面に伏せるようにした。
追手の、生徒たちの顔は、唖然としている。木下は、遅れて彼らの視線をたどった。
そこには巨大な翼竜がいた。森から、大きな口を開け、こちらを威嚇していたのだ。運動場には、入ってはこないが、今にも追手の生徒たちを食らいそうな勢いである。
高樹は、ふらふらな足取りで立ち上がると、倒れこむように柵を超えて森へと入った。
たまらず、追手の生徒の一人が、つかみかかろうと近づいた。しかし、それに反応して翼竜が咆哮をとどろかせる。あまりの迫力に、生徒は戦慄したように立ち止まる。
「追ってくるな」
高樹は生徒たちをにらみつける。
彼は、木下に手を差し伸べた。木下はその手にしがみつき立ち上がると柵をまたぐ。
パーナマも、柵をまたいでいた。その白い腕からは、血が滴っている。
翼竜は、片翼を地面につけた。高樹はそれに足をかけ背中に乗った。上から、木下を引き上げるようにして竜の背中に乗せた。追手の生徒たちは、唖然としたまま誰も動こうとしない。当然だろう。この竜を相手に、勝てるはずがない。
最後にパーナマが背中に乗ると、竜は翼を3回地面に打ちつけ、やがて空へと舞いあがった。
――朝弘による、校舎についての考察
どういうわけか、校舎の敷地内に、異世界の生物は侵入しない。
仮説。学校の敷地内は、現実世界とつながっていると推測する。
そう思う根拠は、いくつか存在するが、しいて一つ上げるのであれば、水道も、電気も使用が可能であるということだ。
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