第2話 寒冷たる鉄の熱気


「置いていくのはアンタの命だよォ!」

「……ッ、問答無用ってところかしら!? 一体、何がどうなっているのよ!」

「ったく、アイツはしゃーねぇなぁ。おいオマエらっ、行くぞォ!」


 狂喜の中で響き合う鉄製の音。

 一人が駆け、一人は陣取り、一人は轟音を鳴らす。

 その一方でアイリスは教典を広げ足下へ魔法陣を灯しだし、喉を震わす。


「術式ッ、燃えよ! 【ダーロス】っ!」

「っな!? コイツ変身も無しに攻撃を!?」

「危ない、下がって!」

「ム、無理。間に合わない!」


 陣取るリーダ格らしき少女から、自らの危機を受け取る飛翔した少女。

 攻撃のため助走をかけたのが少女の運のつきであった。

 跳ね飛び手持ちの短剣による攻撃からうまい事切り替えられないでいる。

 地面からブウォ、と燃え広がる火花を散らす炎が漂う少女を狙う。


「させないッ! お願い、届いて!」


 だが間髪を入れず、轟音を鳴らした少女が放つ空圧によって、火は文字通りかき消された。

 アイリスは軽く舌打ちしつつも、対象を何とか着地しおえた少女へ定める。


「その身で思い知れ! 【アナフレクシィ】ッ!」

「……っ、また変身も無しに!? 何なのよコイツはァ!」

「そうはさせるかァ! バックアップ、よろしく頼んだわよ!」

「うぅん、分かった!」


 さきほどの火よりも、範囲、火力共にました炎が少女へ迫る。

 しかし火へ飛び込む若竹色へ光る少女の長剣によって、アイリスの火はまたもや鎮火され戦況は想うように進まない。

 一歩下がりつつもアイリスは持てる火力の全てを注ぎ込む。

 今度は駆けつけたもう一人を対象下に加えて――。

 けれども、アイリスよりも対応は後方で支援砲撃を行う少女の方が幾分か早い。


「お願い、当たっ――ガハっ!?」

「……っ、カナ!」


 ――カナ。

 それはつい数秒前まで仲間の後ろで支援砲撃を行っていた少女の名だった。

 自身よりもデカい火砲を手放し、腹と左肩を背後から何かが貫く。

 水面よりも濃い水色の二本線が今、確かに見えた。

 床を緋色よりも濃い血で染めていきながら、意識を失う少女。

 アイリスを含めた三人の視線は、それよりも更に後ろへ着目していた。


「何よ……アレ」

「クソッ、気づかれた!」

「一先ず今は一旦引き上げるぞ」

「ちょ、ちょっと! ……カナは、カナはどうするのさ!?」

「っち、今はそれどろじゃあねぇって言うのが見て分かるだろ! カナは今自分たちが生き延びてから考えよう」

「……分かったわ」


 二人の会話に動揺するアイリスを尻目に、カナの背後より忍び寄る鉄の勾玉は休む間もなく猛威を振るった。

 鉄に添えられた三つの筒からあの、水面よりも濃い水色の光が放射される。

 しかもその狙いは正確極まり無い。


「……グ、っ」

「っち、アイツら問答無用に撃って来やがって! 大丈夫!? 立てる!?」

「だ、い……丈夫、よ。これぐらい」


 光はリーダー格へもたれる少女の右腕を貫く。

 空いた穴から溢れ出る出血量は尋常ではない。

 尚も猛威を振るう鉄の塊へ対し、リーダー格の少女は下を鳴らし、仲間を担いだ状態でビルを蹴って飛び去る。

 脅威は去った、と認識したのか鉄の塊に乗っかる三つの筒は向きを正面へ添う。

 するとその影からまたもや一人の少女がアイリスへ向かって駆け寄る。


「ねぇ、あなた……大丈夫!?」

「えっ、えっと……っ、だ、大丈夫に決まってるじゃない! これでもワタシは【希望と純粋の女神】なのよ!」

「……っへ? 女神、しゃま? ま、まぁそれよりもあなた誰彼時女子の生徒……もとい此処、荒号市内へ住む魔法少女の一人なんですよね?」


 ――魔法少女。

 またあリーダー格の少女が言っていた聞き慣れぬ単語だ。

 しかし動揺もしていられない。

 アイリスはさらなる情報取得を考え一先ず「そうよ」と答える。


「やっぱりそうなのね! わたしも同じこの町で活動を続ける魔法少女なんだぁ。ね、ね。またあの人たちに襲われるかも知れないから、あなたみたいに襲われた魔法少女を匿う場所があるんだけど……良かったら来てみない、かな?」


 女神、という単語は華麗に聞き流されたようだ。

 アイリスはしばらく無音になってうんとも、すんとも考え始める。

 一方の鉄の塊……いや、実物にしては小さ過ぎる“浮遊戦艦”を従える少女はアイリスの様子を伺う。

 可愛らしい茶髪のツインテールを下げ、両手の中指を曲げつんつん、と合わせる。

 その容姿や言動はこの世界でいう中学生ぐらいか、あるいはそれ以下か。


「分かったわ、今日のとろこはアナタの提案に甘えさせてもらおうかしら」

「ほ、本当ですか!?」


 低い背丈を補うようにかかとを上げながら、満面の笑みを見せる少女。

 その健気な行動がアイリスの口元を緩めた。

 教典を勢いよく閉じてアイリスは自身の名を、名乗り出る。


「ワタシの名前はアイリス。アイリス・レウコユムよ……して、アナタの名前は?」

「えと、えと、ひかり……明夢光あけゆめ ひかりって言います! よ、よろしく、お願いします!」

「……ひかり、ちゃんね。こちらこそよろしくね」


 ひと昔前のアイドルが着用するようなひらひら、とした衣装を靡かせながら「ひかり」と名乗る少女は少し照れくさそうにしている。

 簡単な挨拶を終えて、アイリスは光へ連れられるがまま人気のない迷路のような路地をつき進んでいく。

 太陽の光さえも届かない道筋。

 時折照らす光はまるで、白と黒へ別れるピアノの盤みたいに見える。


「ねぇ、ちょっと……本当にこの道で合っているの?」


 「ちょっと不気味だわ……」と弱気になるアイリスへ対し光は満面の笑みのまま道を突き進む。

 先頭に二隻、後方へ一隻の単縦陣を組み常時警戒を怠らない。

 流線型を多様した船体に覆う軍艦色。

 前に二基、後ろに三基。

 船体の中央部にも六基が添えられ、注意深く見ると底にももう二基。

 殺意マシマシの鈍色へ煌めく船体はアイリスにとって、どこか放っておけない奇妙な違和感を覚える。


「ねぇ、このワタシたちを案内してくれる……戦艦っぽいのは何なのよ?」

「文字通り戦艦ですよ? ワタシたちはこれを【宙遊ちゅうゆう戦艦】って呼んでいます。今のご時世、わたしたちはこの宙遊戦艦無しには安心して外を出歩く事は出来ないと言っても過言ではありません!」

「……そ、そんなに?」

「はい、そんなに、です! ここはそれだけ切羽詰まった町なんですよぉ」


 この戦艦は彼女らにとっていわゆる「保険」のような存在なのかも知れない。

 後輩はそんな危険地帯へと足を踏み込み、やがては行方不明となった。

 アイリスは頭の中でそうした思考を巡らす。

 やがて一行は町を抜け出した。

 明かりはより一層薄くなり、道もアスファルトから獣道へと変化していく。

 さすがのアイリスもここまで来ると不安な表情が顔へ出始める。


「ねぇ、アンタ。ここ熊とか、イノシシとか出たりしないわよね」

「うーんと、まぁ時々出たりはしますよ? でも出るって言っても相手はイノシシぐらいですし、熊なんて滅多に出ません」


 「安心して下さい」と、胸を張る。

 しかし道のりはさらに険しさを増した。

 今にも崩れそうな吊り橋。

 人一人がやっと通れる岸の道。

 蜘蛛の巣が張り巡らされた暗い獣道。


「ねぇ、流石にマズいでしょ此処は……本当に、大丈夫なの?」

「大丈夫ですって! ワタシたちを先導している戦艦に任せて下さい」

「その言い振りってアンタ……もしかして目的地までの道のりを知らないんじゃあ」

「そんなワケないじゃあないですか! 勿論、知っていますよぉ。ほら、見えてきましたよ! あれがわたしたちのアジトです!」


 うっそうと生い茂る山々の合間に、廃れた「ソレ」は確かにあった。

 木々の合間からポツン、と立つ剥き出しのコンクリートは遠目からでも分かるほど錆び付いている。

 山々の中腹へ出来た幾つもの自然の洞窟から、先導する戦艦と似たようなふねが出入りを繰り返す。

 光が「アジト」と謡う建物へ照らされる太陽の陽が、唯一その景色を幻想的に見せる役割を果たしていた。


「そ……そんなぁ」

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マギア✦クセフェヴゴ 相上 おか @aiuenoA

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