第12話 授業中②

 数学I。


 中学からの数学をそのまま高校へと持ち込み、更に応用させたその科目。


 基礎的な部分では特につまずく様な事は無く、はたまた今やっているのはあくまで中学数学の復習部分。


 ましてや偏差値もそこそこのあるこの高校で躓くことはないのだが……僕は早々に頭を抱えていた。


 黒板に書きだされたy = ax +bの一次関数の公式ではなく、スマホに映し出されていたその映像が全ての元凶だった。


 薄暗い中、もさもさと動く画面には、黒い柄の様なものが見え隠れし。


 時々、スマホが変な振動を起こすものだから気が気ではない。


 無論、その映像を映し出しているスマホがどこにあるかというと……。


「……」


「んぅ……」


 残念。今度はスカートの中ではなく、胸の谷間でした。


 どうしてそれが分かるのかという問いに対しては、授業が始まる前にこちらに向けて目くばせをした御手洗はこっそりと自分のワイシャツの中にスマホを入れたからだ。


 スマホは見事彼女の豊満な胸に上手く引っ掛かり、朝拝見した艶下着と瑞々しい上半身をこれでもかというくらいの距離感で映し出していた。


 いや、本当に何やってるのこの女……。


 だが、この状態は先ほどと違って器用にメッセージを飛ばせる場所に配置されていない。


 であれば、僕のする事は正面に視線を移し無視を決め込む事。


「むぅ……ふぅ」


 モノ欲しそうな顔でこっちみんなよ……。とにかくもうこの授業中は変態女に付き合わない事を決意したんだから。


 数分ガン無視を決め込むと、御手洗も諦めて正面に視線を向ける。


 後で脅迫されるかもしれないという危惧もあったが、この授業はちゃんと受ける気になってくれたらしい。


 なればと、スマホのビデオ通話を切ろうとした所で何かに気が付く。


 ……画面が曇ってる?


 もちろんそれは御手洗のスマホのカメラがそうで、僕は何も曇らせる様な事はしていない。


 ただ僕のスマホに言える事があるとすれば長時間のスマホ通話をしていたせいか、人肌より高い温度の熱が発せられていた。


 それはつまり、隣の彼女にも言えることで……。


 「はぁ……はぁ……」


 不自然な汗をかきながら黒板に向く御手洗。だが、その表情はどこか酒さと生ぬるい吐息が混じっている様な気がした。


「んぅ……はぁーぁあ……」


 御手洗は聞こえるか聞こえないかの喘ぎ声に近いため息を漏らす。


 だがその状態はどう見ても不自然極まりない。


 流石にこれ、ヤバくないか?



 やがて、彼女の漏らす息は少しずつ拡大していき、数名が違和感に触りこちらに向く。


 一人、また一人、小さな箱に伝播しやがて。


「大丈夫? 御手洗さん?」


 黒板に向かっていた教員がチョークを止めて、彼女を見ると同時にクラス中の視線がこちらに向いてしまった。


「だ、大丈夫です」


 この状態で見れば御手洗は体調不良に見える。


 だが、結論から言えばスマホの熱が彼女に伝わりほてっているだけ。


 自業自得、と言えばそこまでなのだが。


「保健室行く? 御手洗さん」


「い、いえ大丈夫ですので」


 どう見ても大丈夫じゃないよ、と声が飛ぶ。更には誰か保健室にと当然の提案を出す。


 これが普通のリアクションなのだが、今の彼女にはそれは余計なお世話どころか悪魔の道しるべでしかないだろう。


 先程の休み時間御手洗と談笑していた女子が席を立ちあがる。


「御手洗さん、私が保健室連れてってあげるよ」


 逆に申し訳ないくらいの素の心配に御手洗は首を横に振る。


「いいえ、本当に何も問題有りませんから」


 そりゃそうだ、この変態女からしたら自分が作り出した状況で自爆しただけなのだから。


 だが、それでも一歩一歩と彼女の席へ善意は近づいていく。


「やっぱり行こうよ、どう見ても具合悪そうだよ」


「う、うぅん……本当に平気ですから……」


 当然御手洗は拒否するも、更にクラスメイト達の心配は増大していく。


 そしてそれを請け負うと決めた彼女もまた御手洗の元へ――。


「――僕が保健室に連れて行きます」


「え?」


 その提案に声を最初に挙げたのは御手洗だった。


 同時にひそひそとクラスメイト達が、僕が持たぬ意図について勝手に話始める。


「とにかく、行くぞ御手洗」


「あ、ちょっと――」


 それでも僕は彼女の腕を掴み、廊下を出た。


 一度も振り返らず、そして耳も貸さずに。


「……」


 どうしてこんな変態をかばってしまったのだろう。本当に自分でもよく分からなかった。

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変態は個性って言えますか? 神喜 @shinki8888

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