第11話 授業中①

 本日から正式に動き出した学生生活。


 一時限目、トップバッターの総合国語。


 何時間セットに時間をかけるのであろう巻紙のパーマを揺らしながら、四十代ほどの女性教諭がチョークでこれから取り組む「羅生門」について、説明していく。


 流石に高校生活最初の授業で、いきなり奇怪な行動を見せるような人間はおらず、皆女性教諭の厚化粧を気にしながらも黒板に板書を取っていた。


 のだが……。


 ――ブーブー。


 僕のポケットに入れていたスマホがバイブする。授業中に触っている事がバレれて没収を避けるため、学校にいる間は常にマナーモードしたのだが、早速そのリスクヘッジは上手く機能していた。


「……」


 嫌な予感しかしないも、一応家族からの連絡も考え、教員の視界に入らない様に机の中深くでスマホを開く。


『授業中、もし男根が元気になって差されてしまった時は最悪ですよね』


「……」


 あぁ、もうやっぱりそうじゃん。隣の犯人を横目でにらみつけるも、スマホを触るそぶりもなく平然と黒板に書いた字を丁寧にノートに書きだしていた。


 その姿だけを見れば、美少女が板書取るという青春の一ページを切り抜いた光景なのだが、その根底には変態的な妄想が広がっており他者に迷惑を堂々とかけているものだから害悪でしかない。


 さて、これに対し僕はどう反応すべきか。


 もちろん決め込むのは無視……だったのだが、彼女が僕の秘匿を知っている以上持ち出してくるのは今更なので仕方なく返事を返す。


『今授業中だぞ。流石に時と場所だけは理解してくれ』


『授業中だから、ですよ。甲賀君と違和感なくコミュニケーションをとれる至福の時間です』


 あたかも自分の身の丈と僕の立ち位置を完全に理解した様な回答にスマホを握る指が強くなる。


 自分はあなたより立場が上なんです、となんとなくそう言われているような気がした……いや、言われてるのか。


『甲賀君は経験ありますか? 起立勃きりつだち』


『……ない』


『ありますね』


『ねぇよ! 本当だ!』


『ふぅん……』


 本当はあるのだが、これ以上御手洗に自ら秘密を提供するような自爆行為はしない。


『じゃあ、今からしていただきましょうか』


 意味が分からないと文字を打ち込み、そのメッセを送ろうとした瞬間、画面が着信に切り替わり、緑の通話ボタンを不意に押してしまう。


 そしてそこに映し出されていたのは――。


 ……なんだこれ、暗闇?


 目を凝視してみると、うっすらと米寿のような何かと暗闇より深い黒が構図として把握できた。


 だが、どうしてもその正体が何か分からず御手洗の方を向く。


 変わらず黒板とノートに視線を移しており、特に変わった様子もない。


「うぅん……」


 が、御手洗が腰を微妙に動かすと、画面が全体が横揺れを起こす。


 一瞬だけ光の様なものも見えると、それが何か何となく頭の中で着地する。


 そして、御手洗の視線がこちらに向いて、「どうですか?」と眼で訴えてくる。


 どうですかじゃねぇ、だってこれどう見ても。


 スカートの中身じゃねぇか! なんてツッコミを抑えて、「もうやめろ」と意味を乗せ強く咳払い。


 しかし、追撃は終わらず。御手洗は何故か腰を小刻みに動かしだす。


 その都度、光が差し込みんだ事により、構図が明らかになっていき彼女の下着がはっきりと目視できるまでになった。


 そこには黒の柄付きの下着と、左太ももの素人感ぼくろ。


 あっ! これ今日の朝見たやつだ!


 じゃねぇ、何やってんだこの女!


「はぁ……はぁ……」


 ギシギシと、小さく椅子も揺れ始め、彼女の淫靡な吐息が耳に届く。


 更には画面が曇りだし、そこでナニが行われているのか嫌でも理解してしまった。


 エロゲ、AVで何度も見たそのカット。


 まさかこの地球上でリアルに実行する人間がいるとは目の当たりにし、感じたのは興奮でも欲情でもなく、ただの恐怖でしかなかった。


 その状態でやめろと、言えるわけもなく。


 それまでの授業が終わる四十分の間。


 隣で行われたリアルゲリラライブチャットのせいで、羅生門がどんな話かなんて到底理解している訳が無かった。

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