プライベートビーチ事件

「海だああああああああぁぁぁ!」


 まぶしい日差し! 開放感溢れるビーチ! そしてどこまでも広がる地平線! 


 アルフィリーナを含むいつものメンバーはとにかく叫ぶ! 砂浜を水着で駆け抜ける開放感がたまらない!


 レジーナ王女が所有するこのプライベートビーチは、喜びの歓声で溢れていた!


 王国誕生記念日を迎えた本日。レジーナの計らいでプライベートビーチを一般開放した事により、お祭りのような騒ぎが起こっているのだ!


 当のレジーナ姫は壇上で労いの言葉を皆にかける。海開きの日に偉い人がしゃべるやつ。言わば校長先生が生徒に長い話をするイメージと言えばわかりやすいだろうか?


「ふむ、普段から皆頑張っておるからな! たまには海を開放して遊んで貰おうかと思い、我がプライベートビーチをしばらく一般に開放するつもりだ! 皆の者! 思う存分楽しんでくれ!」


『ありがたき幸せ! 我らアルファン王国兵士一同の忠誠は、国王陛下とレジーナ第一王女様のために!』


「ああ、そういう堅苦しいのはいらん。明日は残りの兵士達と交代になるから、遊ばないと損だぞ!」


 普段見ることはないが、姫様のプロポーションは素晴らしい。特に足がすらっとしている。ゆえに例え清楚なワンピース水着だと言えども、鼻血を出して倒れる兵士が跡を絶たない。気づけば衛生兵に運ばれて行く者が現れるというサイクルが出来上がっていた。


「姫様! 最高だぜ!」

「おれ、今日の事は子孫末代まで語っていくぞ!」

「俺はこの国に所属した事を誇りに思う!」


 当の本人はプロポーションなどあまり気にしてはいなかったのだが、まぁ、思いがけず士気は上がっているようだ。


 王国の兵士達も今日は仕事を休み、全力で遊ぶモードに切り替わっていた。


「おい、キャロット! 殺人ビーチバレーやろうぜ!」

「きゃははは! 受けて立つさ!」


 ビキニ姿のセリーヌとキャロットは、砂浜で遊ぶ気満々だ。


 レジーナ姫も演説が終わると自由になる。ビーチパラソルの下、砂浜で新聞を読みくつろぐ事にした。人それぞれ遊び方はあるものの、フルーツジュースを飲みながら諸外国の動向を探るのはなかなか楽しい。


『東の国でウイルス蔓延か? 国は未だかつて無い大胆な対策を取ると宣言! 悲報・マスクを二枚配布に落ち着く!』


「これでよく暴動が起こらないものだ……侍の団結力とはすごいものだな……」


 それにしても……


「スフィアちゃん、今日は稼ぎ時です! 全力で、ともろこーんを焼くのです!」

「ガッテン承知!」


 借金を背負った者の気概もなかなかのものだと感心する。


「ふむ、楽しそうで何よりだ」


 水着姿で、ともろこーんを焼く美少女二人。屋台も実に人気で行列ができていた。


 また、辺りを見渡すと、以前アルフィリーナが釣り上げた巨大マグーロの像が立てられ、素晴らしいスポットとなっているのも皆に喜ばれているようだ。


「やはりプライベートビーチを一般に開放したのは正解だった。私だけでこの景色を独占するのはもったいない」


 満足気にフルーツジュースを飲むレジーナ。


 そこにアルフィリーナがビキニをたゆんたゆんに揺らしながら走ってきた。ビキニでも清楚に見えるのは彼女が聖職者だからなのか、少し羨ましいなとレジーナは思った。


「レジーナちゃん! ともろこーんが焼けましたよ! ちょっと鳴き声がうるさいですけど美味しいですよ!」

「鳴き声?」


 レジーナが受け取ったともろこーんを噛じると


「ぎゃああああああああああああぁぁぁ!」


 という鳴き声が辺りを響かせる。


「ふむ、うまいなこれは! だが少しぎゃあぎゃあうるさいな、これはなんとかならんのか?」

「元々マンドラゴランの根で作った食材ですからどうしようもなくて……でも子供達には人気みたいですよ?」


「ぎゃああああああああああああぁぁぁ!」


 ともろこーんの芯でチャンバラをしている子供達は、意外にも楽しんでいるようだ。


「ははは、なんだかんだで皆楽しんでいるようだ、私は嬉しいぞ」


 キャロットの超音速アタックを喰らい伸びているセリーヌを含め、みんな海を満喫していた。


◇◆◇


 一方、砂浜を眺める神父の姿。前回と違いツインテール姿に変貌しているアルダークの第二形態(?)


 この子は元々神父アルダークという男の子だったのだが、いきなり変身して皆を恐怖に叩き落とした別人格の女の子なのだ!


 白髪のツインテールを風になびかせ、不安定にゆらゆらと揺れる。

 アルフィリーナ以外で覇王の闘気を持つ謎の少女であり、アルフィリーナのライバルとなりえる猛者である。


 ちなみに性格は病んでいる模様。


「あいつらぁ、お兄ちゃんを隠しておいて、こんな所でくつろぐなんて、許せない! 許せないいいい!」


 この子は一体いつ、自分がそのお兄ちゃんだという事に気づくのだろうか……


 巨大テンタクルスに乗り、海岸から偵察をしていたアルダークは、もはや我慢ならぬといった感情で砂浜を目指し進撃する!


 ゴゴゴゴゴゴゴ!!


「レジーナちゃん! あれ!」


 指さすアルフィリーナ!


「なんだあれは! テンタクルスの主か? 真っ直ぐこちらへ向かってくるではないか!」


 レジーナは小太刀二刀を構えテンタクルスに向かおうとするが、一国の姫という立場もあるため兵士達に止められてしまう。


「食材です! あれを捌けば借金返済できるかも!」


 アルフィリーナは青白いオーラを放ち、テンタクルスに立ち向かう!


 巨大な触手を二本持ち、まるでイカのようなこのモンスターは、焼くと非常に美味しいのだ!


「さぁ! かかって来るのです! 私が相手になってあげましょう!」


 アルフィリーナはやる気満々だ!


 しかし、テンタクルスに向かい全力ダッシュを決めた瞬間、耳元で聞いた事のある声でささやかれる……


「うふふ……あなたにこの子は倒せないわ」


 ぞっとするほど唐突に聞こえるこの声!


 耳元の影に振り向くと、やはりいた! 不気味な笑みを浮かべるアルダーク! アルフィリーナの心臓めがけて手刀が接近!


「アルダークちゃんですね!」


 アルダークの手刀を素早くかわし、距離を稼ぐ。これはデバフで相手の動きを限りなくゼロにして近づいてくるアルダークの得意技だ!


 超スピードや時を止めるというわけでは無いので本人以外から見ると、てくてく普通に歩いて近づいているのだが、かけられた本人はいきなり耳元でささやかれている恐怖を味わう。


「あくまで私達を狙ってくるというんですね? 目的は一体なんなんですか!」


 手刀をぺろりと舐め、ゆらゆら揺れるアルダーク。不気味な笑みを浮かべると、やはり言う事は前と同じ。


「お兄ちゃんを返してよぉ……」


「な、泣かないで下さい! そもそもあなたが出て来なければ、あなたはそのお兄ちゃんだった訳で……」


 訳がわからなくなってきた。


 アルダークが男の子に戻ったとしたら、この女の子は消えてしまい、お兄ちゃんに会えないわけだ。かと言ってこのままだといつまで経ってもお兄ちゃんに会えない。


「訳の分からない事言わないでよっ! お前がお兄ちゃんを隠したんだっ! 私には分かるもの! お前なんか死んじゃえ!」


 激しい手刀の攻撃に合わせ、耳元でのささやきを駆使してアルフィリーナを窮地に追い込むアルダーク。


 さらに厳しいのは、今ビキニ姿なので、紐が切れるのだけは阻止しなくてはならない。聖職者は決して群衆にいやらしい姿を見せてはいけないのだ!


「あーもう! 本気を出しますからね!」


 アルフィリーナは右手で十字を切り、神に祈りを捧げる。


「神のご加護があらんことを……」


「くっ! またデバフが効かなくなったわ! お前一体なんなのよ! お兄ちゃんを返してよぉ!」


「本気の私に、あなたのデバフはもう効きません。汝に神の鉄槌を!」


 ゆらゆらとアルフィリーナの拳や回し蹴りをかわすアルダーク!


 デバフがなくても十分強い!


 二人の拳が交差しようとしたその瞬間!


「なに? うわあああ!」

「へっ? きゃあああ!」


 テンタクルスの二本の触手が二人を掴む!


「はっ、はなしてよ!」


 ジタバタするアルダーク


「ぬるぬるします……やめてください……いやあああ!」


 同じくジタバタするアルフィリーナ。


 二人はテンタクルスの巨大な触手に捕獲されてしまった!



◇◆◇



 一方その頃……


 海岸の巨大テンタクルスを眺めて飛び跳ねるキャロット。近くにはいまだ伸びているセリーヌ。


「あっちゃー、レジーナちゃんもセリーヌもあてにならないし、私が行くしかないのかな?」


 キャロットは笑いながら準備運動をしているのだが……しかしセリーヌをこのまま放っておくわけにもいかない。


 そんな時、この前アルダークから奪ったマグナムリボルバーが光り輝く。


「キャロット! お前キャロットなのか? 髪が短いから気がつかなかったぜ! 頼む、俺をあの神父の子に渡してくれ!」

「きゃは……は? うわ! 拳銃が喋った!」


 慌てて砂浜に拳銃を落としてしまう。


「いたた! ちょっと耳を貸してくれ、キャロット!」

「なんでよ? てか、あんたなれなれしくない?」

「そんなこと言ってる場合じゃないんだってば! 頼むよキャロット~」

「むぅ、しょうがない! 耳を貸してやるさ」


 その瞬間、耳元にふぅと息を吹きかけられる。


「ば! 馬鹿ぁぁあああ!」


 顔面を真っ赤にしたキャロットは、思いっきり砂浜に拳銃を叩きつける!


「あはは、やっぱり耳元が弱いなぁ」

「あ、あ、あ、あんた! 私のなにを知ってるってのさ! 怒るよ?」


 キャロットは拳銃にメンチを切る。


「彼氏だと思って聞いてくれ!」

「聞けるかボケェ!」


 オレンジ色のショートな髪が風になびく。つり目のキャロットの目がよりつり目になって睨んでいるのを、さすがに察したようで拳銃はしばらく黙りこむ。


 しかし、真顔というと変だが、拳銃は神妙な口調で語り出すのだった。


「キャロット、俺……いや僕は、アルダーク神父なんだ!」

「ああん?」


 普段明るいキャロットも、感度の強い耳元に吐息をかけられたら怒る。しかしアルダークの名を名乗る拳銃の話にも興味はあった。


「僕をあの子に渡したら、とりあえず入れ替わる事ができるからさ! ね? 頼むよキャロット! 詳しい事は後々話すよ!」


 まぁ、根っから悪い人ではなさそうだ。


「むう、後で平手打ちにするからね!」

「あはは、そういうと思った! キャロットが優しい事は知ってるよ……どの世界でも……」

「なにさ、私の事を知ってるみたいに言うなっての! さぁ行くよ?」


 キャロットは拳銃を口にくわえると、ダッシュの姿勢をとり、アルフィリーナの元へと向かう。


「キャロット! やつは触手が二本しかないが、海中に他の足があるから海に入ろうとだけはするなよ?」

「えっ? そうなの? てか私があのテンタクルスをあんたで撃つのはどう?」

「いや、あの子じゃないとダメだと思う、たぶん」

「そかぁ、じゃあ接近したらあんたを渡せばいいんだね? きゃはは!」


 爆速で砂浜を駆け抜けるキャロット! たたん! と二度強く地面を強く蹴ると、はるか上空に舞い上がり、テンタクルスの真上に位置取る!


「キャロット! いまだ! 俺を投げろ!」

「あいよ! おーい、そこの女の子! しっかりとキャッチしろよ~!」


 キャロットは空中から拳銃を投げる!


「お兄ちゃん!」


 アルダークの格好をした女の子は、拳銃を優しくキャッチすると、テンタクルスに捕まれながらも拳銃に頬ずりしていた。


「あ、あ、あー!」


 キャロットは勢い余って海面に落ちたが、テンタクルスの足に捕まれてしまう。


「ううう、ぬるぬるして気持ち悪い……」


 しばらく拳銃に頬ずりしていた女の子は、思い出したかのようにアルフィリーナに銃口を向け、ニヤリと笑みを浮かべる。


「やっぱりあなたがお兄ちゃんを隠していたんだ! 許さない!」

「ま、待って下さい! うわ、ぬるぬるしてて逃れられないよぅ!」


 アルフィリーナは全身を触手に捕捉され、まったく身動きがとれない!


「死ねええええええええええ!」


 銃弾が一発発射される! アルフィリーナの眉間をめがけて!


「うわああああああああああ!」


 捕らえられたアルフィリーナは銃弾を避けることができない! 絶体絶命のピンチ!


 その場にいる誰しもが、最終回だと確信したその瞬間、アルフィリーナの目の前で叫び声にも似た声が響き渡る!


「スフィアぁぁああああああああ!!」


 目の前の女の子が本来のアルダークの姿を取り戻す! 


 黒髪の死神……ショートカットの似合うその神父は、アルフィリーナに向かい手を差し伸べる。


「神父様……私をお呼びですか……」


 アルダークの放った魔法陣から女の子が召喚される……それはどこからどう見ても間違いなくスフィアだった……


「神父アルダークの名の元に……聖職者アルフィリーナ様をお守りいたします……」


 ふっと銃弾は消え去り、同時にスフィアに似た女の子も魔法陣と共に消え去る。


「喰らえ! この化け物め!」


 アルダークはテンタクルスに銃口を向け、引き金を引いた!


 その瞬間、この化け物騒動は全ての幕を閉じる事になった。


 

◇◆◇



「ぁぁあああ! 食材がぁ……わああああん!」


 借金返済に使用する予定だったテンタクルスが消滅してしまい、ガックリとうなだれるアルフィリーナ。その姿は美しく可愛らしかった。


 そんかアルフィリーナを、ずれたビキニを直しながら、キャロットが慰めていた。


 一方アルダークは、一瞬とはいえ最愛の女の子に出会えた事を噛み締め、一人砂浜で泣いていた。


「スフィア……」


 何度も手を出して先ほどと同じ動きをしても、スフィアは現れてくれない。


「あー! あんた! さっきはよくも!」


 キャロットはアルダークの胸ぐらを掴むも、ピクリとも反応してくれないアルダークを見つめると、なんだか胸が苦しくなる。


「なんだろ……この感じ……あんたがそんな姿で落ち込んでる姿……見たことがある気がする……」

「……ごめんな、キャロット……」


 さっきまでえっちな行動をしていたアルダークとは思えないくらい落ち込んでいる。全ては分からないが、きっと何か辛いことがあるんだろうなと思い、キャロットは察する。


「……」


 しばらく見つめていたが、キャロットはアルダークを優しく抱きしめてあげた。


「キャロット……」

「なんかよくわかんないけど、いいよ、泣きなよ……神父様……」


 子供のように泣きじゃくるアルダークを、よしよしとあやすキャロット。


「愛しているよ……キャロット……」

「へ? ないない! それはない!」


 しかし、近づいてきた顔が自分の唇に接近してきたのを感じると、キャロットは思いきしアルダークを殴りつけ、ボコボコにしていた。


「調子に乗るなっての! まったくもう! まったくもう!」


 ぷんすか! と怒りながら去っていくキャロット。


「ひさびさに食らった……このパンチ……がくり」


 さっきまでの雰囲気はどこに行ったのか、アルダークは嬉しそうに地面に転がっていた。


「おい、アルフィリーナ……せっ、接吻が見られると思ったのに、話が違うではないか……」

「そ、そうですね……すごく良い雰囲気だったのですが……」


 いつの間にか岩場から二人を覗いていたアルフィリーナとレジーナ。


「だ・れ・が、良い雰囲気だったって?」


 その背後から、ゴゴゴゴゴと音を立てて怒りに満ちたキャロットが仁王立ちしていた。


 そんなこんなで無事に元の姿に戻ったアルダーク。今回のプライベートビーチ事件もなんだかんだで解決したのであった。

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伝説の聖職者☆見習い 有瀬優哉 @aliceyuuya

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