アルダークの覚醒?
「こんな者のどこが良いのだ?」
正午の昼下がり。修道院のベッドでよだれを垂らしながらいびきをかいているスフィア。
「ぐがぁ~すぴぃ~ずずずずず!」
それを不思議そうに、首を傾げながら眺めるレジーナ。
「ずっとこんな感じで、このメイド全然働かないんですよ! わああああん!」
いつまで経っても仕事をしないメイド、そんなスフィアを指差し泣きだすアルフィリーナ。
(神父アルダークは確かに自分の事を『アルフィリーナの兄』だと言っていた。それよりもスフィアのことを『彼女だ』ともぬかしておった……しかしこの、非常にだらけたメイドを見ると、ただのアルダークによる妄想なのではないか? と思えてしまう)
改めてマジマジとスフィアを見つめてみるものの、とても彼氏ができるような性格には見えない。まぁ容姿は可愛いといえば可愛いのだが。
「むにゃむにゃ……もう食べられないよぅ」
すごくベタな寝言を言う……しかもちょっとやそっとでは、しばらく起きそうにもない。
「アルフィリーナよ、もしそなたに兄がいたとして、その兄がこのメイドと付き合っていたとしたらどう思う?」
(アルフィリーナに率直に聞いてしまう私は、やっぱり意地が悪いのかもしれぬ)
興味があるというのもあるのだが、それとなくアルフィリーナに伝えたい気持ちもある分、質問内容は直球になってしまい、レジーナは少し後悔した。
「へ? ……うーん難しい質問ですね。兄がいるかは分かりませんが、もしこんなのと付き合うとか言い出したら、全力で止めると思いますっ! 兄の為にもならないでしょうし!」
しかし、アルフィリーナはあまり気にする事なくあっさりと答えを出してきた。
「そ、そうか……変な質問をしてしまったな、すまない」
(まぁ、そうだろう。むしろ似たもの同士アルフィリーナとスフィアが『本当の姉妹だ』と言う方が、よっぽどしっくりくる気がする。実際の所、アルフィリーナの格好をさせたスフィアは、見分けがつかないくらいそっくりだったわけだしな……)
「でもお兄ちゃんかぁ……私、たぶん兄がいたとしたらすごく尽くしちゃうと思います! 毎日洗濯とかお料理を作ったりして……兄弟って少し憧れちゃうなぁ」
「ふむ、アルフィリーナの方がスフィアよりも、メイドの才能がありそうだな」
そういった会話の最中、当の本人であるスフィアが寝返りをうったので、二人でなんとなく眺めてしまう。
(こうも無邪気な表情で眠っているのを見てしまうと、怒る気も失せてくるな、まったく……)
「こうしてみると、まだまだ可愛い女の子ではないか……」
「うー、うっさいなぁ……おばさん……むにゃむにゃ」
一瞬でピキーンと張り詰める空気。
「うわあああ! だ、ダメですよ! レジーナちゃん、小太刀をしまってえええ!!」
「止めるなアルフィリーナあ! 私はまだ、十八歳だあああああああああああぁぁぁ!」
──鳥のさえずる清々しい昼下がり。修道院では暴れる暗殺者を全力で食い止める聖職者という、なんとものどかな事件が起こっていた。
◇◆◇
「で、スフィアよ、そなたに合わせたい人間がおる」
「は、はい!」
とりあえずグーで殴られて叩き起こされたスフィアは、姫の兵士の手により簀巻きにされ、謁見の間に連れてこられていた。
「アルダーク神父をここに」
兵士に命令すると、数人の兵士に連れられ、きつく拘束されたアルダークが現れる。
「……」
レジーナはアルダークの動きを観察する。少しでも変な動きをしたら強引に眠らせるつもりでいる。それにスフィアとの恋人関係が本当のものであれば、何かしらリアクションを見せるだろう、その瞬間を見逃さないつもりだ。
「アルダーク神父の目隠しを取るのだ」
アルダークは事情をよく分かっていない。しかし生にすがるような態度や反抗的な態度を取るわけでもなく、大人しく正座をしたまま目隠しを取られた。
「……」
アルダークは言葉を発する事なくうつむき、しばらく冷静さを取り戻すために震えながら何かに耐えているようだった。
(この様子、アルダーク神父がスフィアを知っているのは分かった。が、当のスフィアはどうなのだ?)
スフィアの態度に注目が集まる。
「神父様……」
「!!」
アルダークはものすごい勢いでスフィアを見つめる。
「スフィア……」
「その格好、神父様ですよね?」
スフィアのその言葉を聞いたアルダークは、がくりと力をなくし、再びうつむく。
(ふむ、この二人の様子を見ると、アルダーク神父が一方的にスフィアの事を知っているだけのように見えるのだが……)
拘束されているアルダークに、私はどうしたらいいのかわからないという態度を取るスフィアは、おろおろしていた。
「アルダーク神父。何をもってあのような話をしたのかは分からんのだが、何か言いたいこととかはあるか? ん? アルダーク神父?」
──返事はなかった。
「おい貴様! なにをしている!」
アルダークは何を思ったか、自害しようと舌を噛んでいた。
兵士達はアルダークの口に器具を噛ませ、とりあえず舌を噛むのをやめさせた。
「一体なんでこんな事を……」
アルダークに回復薬を使い、優しく介抱するアルフィリーナ。
「ああ、もう! わけがわからんぞ! 神父様と呼ばれた時はあれほど嬉しそうだったのだが、服装の事を言っているだけかと気づいた瞬間、アルダークは絶望して舌を噛んだ。私にはそういう風にしか見えなかったぞ!」
「……僕は……まだ、諦めない……」
依然うつむくアルダークから、異様な闘気が立ち上り、何度も何度も手の枷を破壊しようと手を動かすのを目の当たりにする。
「な、なんだか様子がおかしいですよ‼︎」
兵士達がアルダークの顔を地面に押さえつけることでやがて動作は止まる。しかしアルダークは徐々に尋常ではない量の汗をかき、体を震わせながら苦しみ始めた。
(うう……だめだ……意識が……)
アルダークの頭の中には、様々な光景、様々な台詞、様々な友達が、現れては消えていく。
「ああ、あ、あ、あ」
「アルダークの様子がおかしい! 武器は持っていないが警戒を怠るな!」
城の中にアルダークの叫び声が、まるで泣き叫ぶ獣のように響き渡る!
「スフィアぁぁあああ!」
──異次元に飲まれた人間は復活できない……
「あ……あ……あ……」
──俺の目の前で、スフィアはこの世から……消えた……
「あ……あ……あ……」
『神父様……愛して……います』
「うああああああああああああああ!!」
⁉︎
ようやく落ち着きを取り戻したのだろうか? アルダークはがくりと全身の力を失う。
しかし、ゆっくりと立ち上がったアルダークの目は焦点が合っていないようにもみえる。
「──あはは……」
アルダークの様子がおかしい。まるで女性のような声を出したかと思うと、不気味にゆらゆらと揺れ始めた。
「──あはは……うふふ……」
「うふふだと? なんだ? 女の子のような笑い声を出して──ん? なっ! なんだと!」
レジーナは驚きの声を上げる!
じわじわと現れたオーラはアルフィリーナと同じで青白い。勇者のみが身に付けられるという伝説のオーラを持つものが、ここに現れたのだ。
どんどんアルダークの様子がおかしくなっていく。気が狂ったというレベルの話ではない。まるで『全く別の人格が乗り移った』かのように、明らかに変わっていく。
声も、仕草も、そして容姿も‼︎
「ねぇ……お兄ちゃん……どこ? どこなの?」
アルダークはキョロキョロと辺りを見渡し、誰かを探す。
「まずいぞ! 誰かアルダークを眠らせるのだ!」
レジーナの声が響き渡ると同時に、兵士全員でアルダークを無理矢理押さえつける!
「お兄ちゃんは……どこなの!」
しかし、アルダークは周りの兵士達を睨みつけると、青白いオーラをさらに覚醒させ、周りの兵士を全員吹っ飛ばす! それはまるで爆発といっても良いくらい、アルダークを中心にして綺麗に全員吹っ飛んだ。
何事もなかったかのように、土煙の中から現れたアルダークは、再度ゆらゆらと揺れながらキョロキョロと周りを探す。
「お兄ちゃん……どこ? どこなの?」
「あ、あれは!」
アルダークのショートで黒い髪は白く変化し、腰まで伸びている、そして驚く事に体形は女性と化していた。
「お前達が、お兄ちゃんを隠したんだぁぁあああ! ゆゆゆ許さないっ! 許さないいいい!」
ゆらゆらと揺れながら叫ぶアルダークは、まるで別人と化しレジーナを指差す。
「な、なんなのだ! あれは、あの姿は、まるでアルフィリーナそのものではないか!」
アルフィリーナそっくりな姿に変化したアルダークが不気味に揺れていた。言うならばアルダークちゃんといった感じだ。
「へ? 私の方が可愛いと思いますけど」
ゆらゆらと気持ち良さそうに揺れているアルダークを見つめて、アルフィリーナは不思議そうに答える。
「あはは、あははははは!」
「まずいです! なんか仕掛けてきます!」
言うが速いかその瞬間、レジーナの耳元で呟く声がする!
「お前は……死ねっ!」
⁉︎
いつの間にかレジーナの背後をあっさりと取ったアルダークの手刀が、レジーナを串刺しにする所を、アルフィリーナがつかんで止めた!
「ぷはぁ、危なかったあ!」
クルクルと後ろに回転をしながら間合いを取るアルダーク。
仕草や格好は、神父の格好をしていなければアルフィリーナと同一にしか見えない。
アルダークはやれやれといった仕草をしながら気持ち良さそうに揺れていた。
「あはははは、お前達はお兄ちゃんじゃないわ! 私には分かるもの! お兄ちゃんじゃないって分かるものっ! お前なんか死んじゃぇぇええ!」
「な! なんですかこの迷惑な殺人鬼はぁ!」
ふわりと空中に浮かんだアルダークは、髪の毛を少し口に咥えアルフィリーナに襲いかかる!
「ヤンデレってやつですねっ! 悔しいけど少し可愛いのが腹立ちます!」
「いや、少し違うと思うが……こういうのもヤンデレと言うものなのか?」
アルフィリーナは迎え撃つ姿勢を取る。
「死んじゃえ!」
アルダークは無邪気に笑いながら、拳を構えるアルフィリーナに突撃する!
「死ぬのは貴様だ……」
素早く接近したレジーナの小太刀が、アルダークの右頬に傷をつける。
──が、カウンターによるアルダークの掌底で吹っ飛ばされたレジーナは、壁につっこむ!
(こ、この衝撃、この速度……アルフィリーナ? ……なのか……くっ……!)
レジーナは立ち上がろうとするが、その場で力尽き気絶してしまう。
「レジーナちゃん!」
「あはは、あはははは!」
アルダークの攻撃は止まない! アルフィリーナに激しく攻撃してくるが、防戦一方。回転蹴りや手刀で技を捌くのが限界だ。
突然耳元でささやかれる。
「ねぇ……死んでよ? ね? 死んじゃおうよ?」
アルフィリーナはビクッとなる。
「くっ! なんで毎回!」
かろうじて攻撃をかわしたアルフィリーナは、瞬間移動してくるアルダークを見つめる。
ゆらゆらと気持ち良さそうに揺れるアルダークは、どこにいるか分からないお兄ちゃんを探していた。
アルフィリーナは少し男の子っぽい態度をとり、アルダークを挑発する。
「ほーら、お兄ちゃんですよ?」
野太い声で言ってみたが、ミエミエでばれた。
「アルフィリーナ! 加勢するぜ!」
「私も加勢しよ、きゃはは!」
セリーヌとキャロットが加勢にきた。
が、セリーヌは絶対防御をする前に吹っ飛ばされる。
「ちょ! ……まっ……」
激しく壁に叩きつけられるセリーヌ。
「セリーヌちゃん!」
「あはははは!」
セリーヌは気絶した。
「背後とったあ!」
どこから現れたかわからないほどの速度で現れたキャロットは、アルダークの背後でナイフを構え、ゼロ距離であのスキルを使用する。
──インフィニテッドバースト!
超高速でアルダークに斬りかかるキャロット。
「いけええええ!」
その瞬間、キャロットの背後、正確には耳元から不気味なささやきが聞こえてきた。
「し……ね……ふふふ」
キャロットは右腕を押さえる形になりながら回転し、壁に叩きつけられる!
「キャロットちゃん!」
確実にやったと思ったが、思いの外ダメージを与えられなかったのを不思議に思い、アルダークは右手を眺めて首を傾げる。
「あそこで回転してかわすなんて……ありうない便乗性ね……」
アルダークは王者の貫禄のような雰囲気でアルフィリーナに近づいてきた。
「よくも……みんなを! 許せません!」
耳元でささやかれるタイミングがわからない。超スピードと言ったことでもない。ましてや時を止めましたというような、とんでもないスキルではないのもわかる。
アルフィリーナは右手で十字を切り、神に祈りを捧げる。
「神のご加護があらんことを……」
アルフィリーナは本気を出した! 体中を包み込む覇王の闘気。青白いオーラが全身から溢れ出す!
「来なさい……全力で止めてあげます」
アルフィリーナが本気を出すと、言葉使いが少し大人っぽくなるのだ!
(気づくと耳元で囁かれるこの子の不思議な力。単純にキャロットちゃんやレジーナちゃんのスピードでも追いつけないほどの速度……ではないか……)
速いといっても追いつけない速度でもなく、なんならアルフィリーナの方が速いまである。
答えが分からないと、勝てないかもしれない!
「お前はなんで……デバフが効かない!」
(……答え言っちゃったよこの子……)
超高速で動く際、アルダークは相手の速度を落とすデバフスキルを発動しているのだろう。しかしながら勇者であり、すでに青白いオーラをまとったアルフィリーナには、即死魔法やデバフがなかなか効かない。
ちなみにデバフとは、相手の能力を下げるスキル、または魔法の事を指し、アルダークのデバフは相手の動きを限りなくゼロにする、ストップのスキルの事である。
アルダークからは明らかに焦りや苛立ちが目に見て取れた。
デバフが効かない以上、決定的な勝算がないのだ。
「お前達にお兄ちゃんは渡さない! きっと取り返しに来るんだから!」
「ま、待って下さい!」
アルダークはそう言い残し、城の窓から飛び出して、そのまま逃げて行った。
◇◆◇
──ニ時間後
「まさかあのような巨大な力を持つ敵が現れるとはな……」
「いてて、ひどいよアイツ! 変身中に容赦なくボコボコにしてくる悪の結社みたいだぜ」
「あちゃー、私のスピードでもだめだ、きゃはははは!」
「でも、あの子がまた来たら、私怖いですよ、どうしましょう?」
結局のところ、謎の女の子に変身した不思議少女が、城や兵士、そして皆をボコボコにして去っていったわけだ。
(アルダークがアルフィリーナに変化した? 変身能力でもあるのか? というより、別の人格が出てきたような感じだったな……)
レジーナはイマイチ釈然としないが、戦闘が終わった事に安堵し、皆をねぎらうことにした。
「なんだか不思議な人でしたね。男の子なのにいきなり女の子になって暴れたり、自分が男の子だという事も知らないような感じで兄を探していたり」
「いや、あれは間違いなく女の子であろう。体つきもアルフィリーナを少し大人にしたような体形だった。変身したと考えるのが普通だと思うが……」
スフィアは恐る恐る手を挙げる。
「で、彼はなんで私を探していたんですか? すごく怖いんですけど」
「それも分からん」
全てが謎だらけ。
結局アルダーク神父がいなくなってしまったのでこれ以上真実を知る術もなく、分かった事と言えばアルフィリーナ以外にも勇者のオーラを放つ強者がいたという事くらいだ。
「あの人、ストーカーって言う人なんじゃないですか?」
「おお! それだ! さすがアルフィリーナ!」
とりあえず今回はアルフィリーナの発言を採用し、スフィアを探すストーカーが、城で暴れまくって逃げたというシナリオで、今回の事件は幕を閉じたのであった。
しかしながら、依然謎だらけの神父アルダークとアルフィリーナやフォルテスの過去。全てが暴かれるにはまだまだ時間がかかりそうだ。
数々のミステリアスな謎を残しつつも、アルダークが去った今、再び彼が現れるまではしばらくアルフィリーナの日常が続いていくのである。
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