アルダーク神父の謎

「うあああああああああああああああああああああああああああああ‼︎」


 レジーナは鬼気迫る表情で、城の巨木を切り刻む。


(くそっ‼︎ くそっ‼︎  くそっ‼︎)


 数メートルはある太さの巨木は、わりとあっさり倒れた。


「はぁはあはあはあ‼︎」


(くそっ‼︎ あのアルダークとかいう神父……)


「ああああああああぁぁぁ‼︎」


「や、やめてくださいレジーナちゃん‼︎ 薬をこっそり値上げしたのは謝りますからぁ‼︎ わああああん‼︎」

「そうだよ、私も村で怪盗をやるのは少し控えるからさぁ‼︎」

「むぐむぐ、レジーナちゃんのケーキむぐ盗んだりむぐむぐ、ゲホゲホ」


 もはやセリーヌは隠しきれていなかったが、尋常ならざるレジーナの怒りは周囲のみんなを怯えさせた。


「ち、違うっ‼︎ 私はそんな些細な事で怒ったりせん‼︎ 誤解をするな‼︎」


(くそっ‼︎ アルダーク神父の台詞、魔王復活までもう少しという内容、現在の戦力では……)


 暗殺者として目前の敵を倒せないのは屈辱以外の、なにものでもない。ましてや、かなりの不意をつき心の中では殺った確信まで得ていた。なんなら勝利の決め台詞や格好良いポーズまで考えていたのだ。


「アルフィリーナ‼︎ 私に剣で打ち込んで来るのだ‼︎」

「わ、私は剣なんて装備できませんよ‼︎」


 兵士に渡された剣を持ち、よたよたとふらつくアルフィリーナ。


 ──分かってはいたが、ついうっかり剣を持てと命令してしまうのは冷静さを欠いているなと自ら反省してしまう。


「すまない……しかし今こそ戦力を上げて戦うべき相手がいる。私は一体どうしたら良いのだ……」


(あの神父、手元から強力な弾を発射する技を使っていた……あんな技、私はいまだかつて見たことがない‼︎ それにあの威力……)


 マグナム弾を搭載したリボルバー型の拳銃など、この世界に存在するわけがない。


「レジーナ姫様……」


 カルディナは、申し訳なさそうにレジーナ姫の汗を拭く。


「私は完全にあやつの隙をついて確実に葬れる確信を得ていたのだ、しかしあやつは私の目の前で消えた……あんな敵見たことがない‼︎」


 悔しそうに地面を叩くレジーナ姫。


「魔王討伐時、私達のパーティーは四人いました。戦士ステファン、勇者アルフィリーナ、魔法使いの私、そして大神官のアルダーク。私とステファンはアルダークの弾に撃ち抜かれた挙句、崖から突き落とされてしまったのです」


「なっ⁉︎」


「私はステファンに助けられ生存し、ステファンはそのまま崖下の川を流されて行きました。恐らくもう生きては……」


 そう、実はこの時点で、レジーナが感じる疑問とは別の矛盾も生じている。


 勇者は確かに魔王を殺した。そしてその後何故か勇者は記憶を失った。もしそれをカルディナがやったというのなら『カルディナが死んだ事』を何故勇者は知っているのだろう。


「もしや、アルフィリーナの勇者としての記憶が欠如しているのは……」


 恐る恐るカルディナに目を向ける。


「記憶を無くしたというよりも、記憶の改ざんです……勇者アルフィリーナは私とステファンが異次元に飛ばされたと認識しています……今はそれしか……」


 記憶の改ざん、非常に分かりやすい答えではあるが、魔王であるエターリア・フォルテスが記憶を失った理由にもならない。


 しかしフォルテスが記憶を失っていた事を知る者は本人のみ。ここにいる誰一人その事を知らないので、カルディナの返事にレジーナも納得せざるを得なかった。


「ふむ、アルフィリーナの記憶はカルディナが少し手を加えていて、本来の記憶ではない、という事か……」


 アルフィリーナを見つめるカルディナは涙を流し少し震えていた。


「……いずれゆっくりと聞きたいが、そなたも辛かろう」


 レジーナはカルディナを優しく抱きしめて頭を撫でると、いつもの調子を取り戻した。


「よしっ‼︎ あんな男は気にせず当面は修行に励み、皆で強くなろうでは無いか‼︎」


「レジーナ姫様……」


(いずれ姫様には真実を伝えなければならないでしょう……しかし、私はその時に一体どうしたら良いのだろう)


 カルディナは小さくステファンとつぶやいた。



◇◆◇



 盗賊のキャロットは思い出したかのようにポンと手を叩き、懐からゴソゴソと何かを取り出す。


「あ、そだ‼︎ この前の不審者から盗んだの忘れてた‼︎ きゃははは‼︎」

「ふむ、私も忘れていた。私がアルダークとやらを斬ろうとした時、キャロットがゴソゴソとあやつの体を漁っているのを見て、しかも気づいていないので思わず吹き出しそうになったのだ」

「まぁ、キャロット様にかかればこのくらい余裕? なんてねーきゃはははは‼︎」


 皆がキャロットに注目する中、謎の書物一冊、リボルバー型の拳銃が一丁、弾丸が十ケース出てくる。


「キャロットよこれで全部か? 他に何か持っていなかったか?」

「うーん、あいつがレジーナちゃんと話してる隙に体中漁ったからね、多分これで全部だよ」


 拳銃をしばらくいじると、なんとなく仕組みが理解できる。


「なるほどな、ここを引くとカチッとなるこの部分に、この弾を入れれば発射されるわけだ」

「わわわ‼︎ こっちに向けないで下さいよ~‼︎」


 アルフィリーナは素早く逃げた。


 六発装填出来るので、向きを間違えないよう慎重に装填し、木に向かって構える。


 ズキューン‼︎


 命中した木は弾が爆発した衝撃で大きな穴を開け、容赦なく木を倒す。


「ふむ、これはなかなか凄い兵器だな。こんなものがどこかの国で量産されているのか?」

「いえ、これはアルダークが愛用していた武器で間違いないでしょう、名前が書いてありますし」


 カルディナが指差すと「あるだあく」と書かれた文字を確認できた。


「ん? という事はだ……あの神父、もう攻撃手段がないのではないか?」


 一同驚きの声を上げる。


「ええ、そういう事になりますね」

「あと、この書物はなんなのだ、文字が汚くて読めないのだが」

「えっと……」


 カルディナはペラペラとページをめくる。どうやらアルダークの日記であることが分かった。


『アルフィリーナ先輩はいつも格好いいな‼︎ ステファンもカルディナも立派だ‼︎ でも僕は回復しかできないし、役に立たないのが悔しいな……でもみんな優しいし、僕もいつかみんなの役にたつんだ‼︎』


「ふむ、これだけ読むと普通の少年という感じがするのだが」

「もともとアルダークは優しい少年だったのです、しかし……」


 ペラ


『わーい‼︎ すっごい武器を手に入れちゃったよ‼︎ ステファンが僕の事を、回復しか出来ないお荷物だっていつもバカにするけど、攻撃手段を手に入れた僕をもうバカにさせないぞ‼︎』


 ペラッ


『昨日試しに使ってみたら、ゴブリンを一発で倒したんだ‼︎ 六発しか撃てないから弾をこめ忘れないように気をつけないとね‼︎』


「ゴブリンを一発ですか⁉︎ すごい武器なんですねこれ」

「いや、アルフィリーナ……あ、そうだった、今のアルフィリーナは見た事ないのであったな……」


(今の記憶を失った勇者アルフィリーナはこの武器と相対していて、その記憶を失った今のアルフィリーナは覚えていない……ややこしいわ‼︎)


 ペラ


『昨日から何だか頭がガンガン痛い気がする……モンスターを撃つたびに、だんだん気分が悪くなるよ。今日はもう寝ようかな』


 ペラ


『相変わらず、みんなが、僕を変な目で見てくる……やめて、僕は悪くない、気持ち悪い、頭がぐるぐるしてくる』


 ペラ


『アルフィリーナのやつ早く殺さないと、僕殺される。カルディナとステファンはもっと殺さないとだ』


 ペラ


『目につく敵みんなコロシタ、あいつらもコロス、きっとみんなの命はもうダメなんだ……です』


 ペラ


『皆殺しだ‼︎』


「うわああああああ‼︎」


 血まみれの文字で書かれた最後のページを見て、カルディナと一緒に恐怖する。


 結局手記はここで終わっていた。


「この武器呪われているのではないか? 明らかにモンスターを撃ってから性格が変わっておるではないか」


「……」


 カルディナは冷や汗を垂らしながら、手記を見つめていた。


「アルフィリーナよ、呪いは解けるか?」

「はいっ‼︎ この薬を使えばいけますよ‼︎」


 ダバダバダバダバ


 拳銃に薬をかけてしばらく様子を見る。


 しゅわ~という音と共に、呪いは解除されて行くようだ。


『やめろお‼︎』


 どこからか、苦しそうに頭を押さえて神父アルダークが現れた‼︎


『くそっ‼︎ 僕の武器がなくなったと思ったら……何故こんな所に……』


「アルフィリーナ、もっとかけるのだ」

「えいっ‼︎」


 アルフィリーナは容赦なく薬をかける。


『ぎゃああああ‼︎』


「お? なんか効いてるよ? もっとかけよう‼︎ きゃははは‼︎」

「俺の親父は英雄だけど、勝機を見出したら汚かろうが容赦なく叩けって言ってた‼︎」


「勝機‼︎」


 レジーナは小太刀二刀流で武御雷を構えると、容赦なくアルダークに斬りかかる‼︎


『うわあああああ‼︎』


「待って下さい‼︎ なんだか様子がおかしいです‼︎」


 アルフィリーナはレジーナの小太刀を指で白刃取りする。


(くっ‼︎ またか‼︎ アルフィリーナに白刃取りをされるのはこれで二度目だ‼︎ というか……聖職者のアルフィリーナの方が勇者の時より強いのではないか?)


 渾身の一撃を白刃取りされたレジーナはうなだれる。


 ──というか、アルダークは安らかな顔をしてすやすやと眠っている。


「やっぱりです‼︎ この人呪いが解けたんですよ‼︎」

「ふむ、という事は……どういう事なのだ?」

「きっと良い人に戻ったんですよ‼︎ やったー」


 勝手にはしゃぐアルフィリーナに、セリーヌとキャロットが便乗して飛び跳ねていた。


「解せんな……しかし、とりあえず牢獄に入れて色々と聞き出すしかなかろう」


(悪の黒幕だと思っていた大神官アルダーク。しかしこんなにもあっさり解決するものなのか? アルダークが現れてからのカルディナの性格といい、どうも分からない事だらけだ)


「まぁ良い、皆のもの良くやった‼︎ 特に武器を盗んだキャロットと呪いを解いたアルフィリーナは御手柄だ、クエスト認定しておくので、後日謝礼金を受け取っておくが良い」


「わーい、やりましたねキャロットちゃん‼︎」

「きゃはははは‼︎」

「ちぇ、俺も出番が欲しかったぜ」


 こうしてアルダークを捕らえる事に成功し、事件が解決したのであった。



◇◆◇



──アルファン城牢獄



「で、そなたは一体何者なのだ?」


 牢獄内のベッドに座っているアルダークに話しかけるレジーナ姫。


「僕はアルダーク、神父をやっています」

「ほぅ、この前とは違いずいぶんとおとなしいではないか?」


 すっかり観念したのか、もともとこういう性格なのか、穏やかに優しく話しかけてくるのにレジーナはイラッとする。


「疾風の暗殺者、レジーナ・アルファン、死神の鎌は具現化しないんですね」


「なっ‼︎ 何故それを‼︎」


(死神の鎌の具現化……幼き頃より誰一人として見せた事がない能力を、こいつは何故知っているのだ‼︎)


「あぁ、すいません、神龍との戦いで見たことがあっただけです、気にしないで下さい」


(人違いか? 私は神龍と戦った事などない)


 アルダークは優しい表情で、はに噛む。パッと見、爽やかな少年にしか見えない。


「僕……全部覚えていますよ、呪いを解除する事もできず、とんでもない事をしてしまった事も」

「ふむ」

「そして……」


 レジーナ姫に秘密を打ち明ける。


「な、なんだと‼︎ それではアルフィリーナは……」


「僕の妹です」


 アルダーク・フォン・クラウン。


 彼は信じがたい話を続ける。同姓同名の人物が出てくるのも訳がわからないが、それ以上に言っている意味が分からない。


「アルフィリーナが妹なのは分かったのだが、どういう事なのだ? 同姓同名の人物が話に出過ぎではないか? 意味が分からぬ」


 とりあえず話を聞く事にした。


 シノン王国領ポロム村という村で牧師のような生活をしていた彼は、勇者アルフィリーナと共に魔王を倒すべく立ち上がったという話。ここまでは普通の話なのだが……


 村人は全て魔王によって消された……と思っていたという。


 アルダークは村を離れていた為、村人消滅時に最愛の彼女である村娘スフィアを失い、スフィアの格好を真似た優しい盗賊キャロットに恋をするという謎の話。


 この世界にいない人物の存在。


 全てが嘘のようで本当のような、不思議な物語を聞かされた。


「そなたの言う事はよく分からないが、それよりも、魔王が復活するという話はなんなのだ?」


「この世界に……ステファンという人間はいるか?」


「いるも何も、お前たち四人で魔王討伐の為にパーティーを組んでいたのではないか? お前に撃たれて異次元に飛ばされたとか崖下に落ちたとか川を流れて行ったとか、私はカルディナにそのように聞いているが」


「そうか……」


(なんだか話が噛み合わないのが気になる、一体なにがどうなっておるのだ)


「ではしばらくこの牢獄で大人しくしておるが良い、また色々と聞きにくるからな」


「第二王女によろしく」


「そんなものおらんわ‼︎ 馬鹿にしおって‼︎」


 レジーナはぷんすかと怒りながら牢獄のフロアーから出て行った。



 しばらくじっとしているアルダーク神父。


「スフィアに会いたいな……」


 寂しそうにうつむいて、そのまま眠りについたのだった。

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