縁を切る話

@mosimosi_inose

第1話

「縁なんて勝手に切れるものでしょ?」

酷く冷たい表情が脳裏に写り、長い浅い眠りから覚める。まだまどろんでいたいという気持ちとは裏腹に頭は嫌に冴えている。唐突に腹の底から何かが湧き上がってくるような気がした。何か行動しなければ。喉が乾いた。倒れこむようにベッドから床に落ちる。まるで幼児のように床を這い台所へ向かう。何をしに来たんだったか、そうだ喉が渇いたんだった。コップ一杯に水を入れる。少しあふれた水が排水溝に流れていく。

「佑志君って掃除とかファイル分けとかは几帳面なのに、そういうところはがさつだよね」

二っと笑った顔。あの娘の断片に触れるたびに体から力が抜けていくのがわかる。そうだ、腹もへっていたんだ。何かを作ろう。鍋に水を張り、沸くのを待つ。冷凍うどんでも茹でようかと思い冷蔵庫を開ける。そこには空いた牛乳とオレンジジュースのパックがあるだけだった。そこで二日前に最後の一つを食べつくしたことを思い出す。なんだかやるせなくなり、リビングに寝転がる。やることが無くなると考えたくないことも考えてしまう。

「切れるんじゃなくて切るなんて初めて」

普段笑顔を絶やさない彼女が見せた冷たい顔、その後に漏れ出た寂しいようなもどかしいような表情が忘れられない。そこにはこれで正しいのだろうか、という迷いが窺えた。「そんな顔をするくらいなら…」という言葉をぐっと飲みこむ。メッセージではなく面と向かい合って伝えることを選んだ彼女の思いを無下にはするまいと必死で、続く彼女の言葉は覚えていない。目を開ければ隣にあの娘の寝顔があるような気がして、少しの間を置いて首だけ傾げる。あるはずもない幻影を追いかけて両の眼が室内を駆け巡る。目線の端。ソファの下に何かがあるのを捉えた。捉えてしまった。

「佑志君、私のシュシュ知らない?」

長い髪を煩わしそうにかきあげる彼女。それを手にしたら何かが決壊するような確信があった。しかしもう遅い。手に柔らかい感触があった。まるで渚の肌に触れたようで。次の瞬間、凄まじい衝動に襲われて自分でも信じられない力でシュシュを両手で引きちぎろうとする。全力でやったのに。

「はは…やっぱり俺の力じゃ切れないや」

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