第3話 初めての巡回 夜の部

 

 「さて、新人には魂明灯こんめいとうも教えないとな」

 ハンが棚を開けて取手の付いた四角い箱を取り出す。

 「なんですか? ランタン?」

 笑快が箱を見て質問する。

 「そうだ、只のランタンじゃないぞ冥界の火を灯せるランタンだ」

 ハンの説明に恐ろしくなる笑快、生きている人間にとって死や冥界は

恐ろしいものでそっちの世界の品物と聞くと身構える。

 「ビビるよな、俺もおっかなかったから縁起悪いって思ったし」

 チェンが笑って、笑快の恐怖心をほぐしにかかる。

 「俺達は半分冥界の役人だからな、生きてる内に慣れておけと」

 ピョウが諦めの溜息をつく。

 「まあ、あっちの物だから壊れないし油も火種もいらず

飛び道具にもなり伏魔刀の強化にも使える便利な道具だ」

 ハンが豪快に笑い説明を終える。


 捕吏達は、夜の街へと見回りに繰り出した。

 夜の街は、魔物が出る。


 黄蘭は昼間はほぼ人間達の世界と言うほど魔物の姿は見かけない。

 だが夜ともなればこの街は、あの世とこの世とその他の世が交わる

混沌の夜祭り広場と化す。

 青白い肌のキョンシーが出す饅頭屋は死者専門で生者が食えばあの世行き。

 天の役人や兵士が憂さ晴らしに遊郭に足を運ぶは小遣い稼ぎに怪しい店を出

すはと人も魔物も神様だって動き出す。

 「あれ? あの武者ってもしかして?」

 笑快がへべれけに酔った武将が角の生えた鬼や狐の遊女を両手に花とお楽しみ

のご様子を見かけてします。

 「馬鹿っ! 気にするなっ!」

 ハンが小声で説教する、稀代の英雄神も羽目を外したくなるらしい。

 「お偉い神様もお忍びで来られるから、そういうのは見逃せ」

 お調子者のチェンも小声で注意する。

 「この世も他の世のもお偉い方には関わるなよ」

 ピョウもため息交じりにぼやく。

 「小役人は辛いですね」

 渡世の世知辛さを垣間見た笑快であった。


 藪をつついて蛇を出す、野暮な真似をすれば痛い目を見る。

 この世もあの世も下手な正義は役には立たぬ。

 「神々は気まぐれだからな、運が良ければ美味しい目に合わせてくれるが

悪ければ地獄に落ちるよりも悲惨な目にあうぞ」

 街を歩き回りながらハンが、他所の国の最高神の女遊びや女神の男漁りに

お偉い仙人様の小遣い稼ぎの薬の市などを無視しつつ語る。

 「身の丈に合わない事は、この服を着ている時は避けろよ?」

 チェンがサキュバスの遊女の誘いをあしらいながら言う。

 「まあ、場合によっては名や恩を売るのもありだろう死後の長とか」

 ピョウが目配せをした先には、冥府の王様と天界の王がどこの遊郭へ

行こうかと店の吟味をしている最中だった。

 「寺の絵とかで見た死者の裁きの時以上に険しい顔してる」

 見たくないものを見た笑快であった。

 触らぬ神に祟りなしという事を学んだ笑快は、人も神も魔物も

関係なく楽しむ夜の街を巡回していく。

 「……やっと、見つけた! もう逃がさない!」

 そんな声と同時に笑快の首根っこを掴んで強引に引き寄せる

者がいた。

 「だ、誰だ! って、すっげえ綺麗」

 自分を引き寄せた存在を見て笑快は見惚れた。

 赤い髪に金の鹿の角、白い肌に青い瞳の豊満な美女。

 「誰? あんたが二世の契りを交わした妻よ!」

 美女が笑快に叫ぶ。

 「おい、新人に何をする!」

 ハンが身構える。

 「捕快に喧嘩を売るなんてやめときなお嬢さん」

 チェンが虎のような構えを取りつつ警告する。

 「そいつはうちの新入りです、離してやって下さい」

 ピョウも伏魔刀に手を添える。

 「お仕事中失礼、でもこれは夫婦の問題よ!」

 美女が捕吏達を睨む。

 「夫婦って、何の事だ?」

 笑快には身に覚えがなかった。

 「大丈夫よあなた♪ すぐに前世の記憶を思い出させてあげるから♪」

 美女が笑快を抱きしめて微笑む。

 「あ~、前世の事は水に流して」

 ハンが何か感づいたように説得を試みる。

 「嫌よ、私と彼は再び一緒になると決まっているの!」

 美女が龍の尾を出して自分ごと笑快をとぐろに巻く。

 「お、俺達は死後も冥府の捕吏になるって決められたんで」

 チェンも相手が正体を出しかけたので穏便路線に移行する。

 「わ、わかりました! どうぞお連れ下さい手続きはそちらで」

 ピョウが美女の要求をのんだ。

 

 「あら、話がわかるのもいるのね♪ そのように手配させます♪」

 美女が微笑むと赤い龍の姿に変じて行き、笑快を爪で掴んで

 空へと飛び去って行った。

 

 「あ~、行っちまいましたね新人」

 チェンが呆気にとられる。

 「仕方あるまい、龍には勝てんし前世の縁があるなら殺されんだろう」

 ハンも諦める。

 「はあ、捕頭に相談とかしますか面倒な事になった」

 ピョウも頭に手を当てた。


 前世の縁で連れ去られた笑快の運命や如何に?

 

 

 

 


 

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