幼女貴族の奴隷の俺が雑魚スキルを集めた結果

真田そう@異世界もの執筆中

Prologue

 豊かな土地に恵まれた自然、海産物も多く獲れ、都会のような輝きはなくとも、そこにはまた別の輝きがあった。

 若者だって外の都市へ出ることがないのも、偏にその場所が平和で、そして生活するうえで何の不便もなかったからだろう。


 その土地は昔から栄えていた。田舎だからと言って人口が少ないわけではないし、満足度は他の重税を課されるような都市と比べて圧倒的に高かった。

 昔は他の都市との交流がなかったらしいが、それはその土地に住む者にとって必要なかったからに過ぎない。


 そして開拓が進み、その土地が発見されたときには土地の領主、その場所をまとめ上げていた者が財力を背景に交渉をし、そして子爵の地位を手に入れた。

 その地を含む国に税を納めることが条件ではあったが、その土地——カミュラ子爵領の住民にとっては大したことのない負担。


 領主にも恵まれ、完全無欠とさえ呼ばれた。

 だから都会のようにキラキラせずとも栄えたし、満足だってできた。


 ————でも、それは五年前までの話。


 いや、正確に言うのならば、今だってその土地は栄えているし、満足だってしているのだ。一部を、除くのならば。


     ◇


 そんなことを考えつつ俺は、悴む手に息を吹きかけながら畑を耕す。

 寒い寒い冬の中、誰にも励まされることなく、ただ一人で黙々と、作業を続けるのだ。惨めで薄汚い、奴隷として。


 ああ、五年前はこうじゃなかったのにな、なんて、もう何度考えたことか分からない。百回だって千回だって考えた。

 こんな生活をするくらいならばいっそ舌を噛み切って死んでやろうとすら思った。まあ、それができたら今生きてはいないのだけれど。


 五年前までは俺は貴族だった。ここの領主の後継者となるはずだった。

 それが惨めで薄汚い奴隷となったのには海よりも深く、山よりも高い訳がある。どうか聞いていただければ幸いだ。


     ◇


 俺が十歳になり、その年の十月のことだった。

 本来十歳の子供は十月に『発現』という現象を迎える。

 神からの贈り物と言われるユニークスキル、つまりは固有スキルが、十歳の十月に与えられるのだ。

 とは言ってもユニークスキルを得られるのは一割くらいのものだ。


 その一割は特性を活かした様々な仕事に就き、それ以外の者は各々努力によって得られるスキルを活かし、仕事に就く。

 俺の家系は領主の家系だったので、もちろん、と言うと変かもしれないが、代々ユニークスキルを得ていた。


 発現は遺伝によっても起こりやすさが変わるので、結婚相手もユニークスキル持ち、というのが当たり前になっていた。

 しかし、最近はなぜか男の子が生まれ辛くなっていたらしく、俺の父が最初に俺を生んで、そして男の子だと分かったときにはそれはもう大きな騒ぎになったという。


 しかし、しかしだ。

 一人っ子である俺は、何と。


——ユニークスキルが、発現しなかった。


 それは民の間で大きな騒ぎになり、領土の外までも広まって。

 遂には他の領土の領主にまで伝わった。

 それを耳に入れた領主の中には、もともとうちの領土に目を付けていた、唯一仲の悪かった領主もいたのだ。


 しかも、そういう時に限って悪運とは重なるもので。

 何と、王国の法律の中にあった『貴族不可侵法』が改正された。

 より具体的に言うのであれば、本来それは貴族の領土は何者であっても、如何なる理由があろうと侵してはならないという法律だった。

 しかし、法律の改正によって、爵位の高いものの領土は如何なる理由があろうと侵してはならない、という風に改正されたのだ。


 それは、カミュラ子爵家において破滅の嵐のようなものだった。

 何せ、理由さえあれば爵位の低いものの領土は侵せる、と言っているようなものになったのだ。


 だから、対立関係にあった伯爵家は俺のユニークスキルが発言しなかったことを理由に、俺が子爵家の子どもではなく、国に禁じられている養子であるとして瞬く間にうちの領土を併呑、いや、侵攻した。


 もちろん、うちだって抵抗しなかったわけじゃない。強力なユニークスキル【ステルス】持ちである父と、【憑依】持ちである母は勇敢に、領主である前に戦士として戦って、そして散っていった。


 それが、十二歳の夏だった。


 それから、俺の父の領土がアデルア伯爵家……いや、今は公爵家か。ともかくそれに呑まれてからは、俺は奴隷だ。

 伯爵家に仕えることができている俺はマシな方、平民に食事も与えられず扱き使われたり、悪質な貴族に鞭で叩かれたり性奴隷としておもちゃにされているやつだっている。

 中には奴隷である俺たちを減らさないために、好きでもない奴と子供を産むのを強要される奴だっているそうだ。まあ先の二つの例とそれではどっちがいいのか分かれるだろうが。


 つまり、何が言いたいのかと言うと。

 その奴隷たちは実は、全て元カミュラ子爵家の領民だったのだ。


 そして、その少数の重労働者や奴隷の上にアデルア伯爵家の領民の生活は成り立っている、という訳だ。

 だから今でもこの町は割かし重税であるにも拘らず栄え、そして満足もできる。


 少数の犠牲の上で成り立つ多数の幸福。


 それでも、奴隷は契約魔術によって自ら死ぬことができないから、こうして働き続けるしかない。

 死ぬというたった一つの救いもなく、そして希望もなく生き続けるしかないのだ。


「お兄ちゃん、今日も大変だね、はいこれ」


 見た目からすれば清潔で、痩せ細っている訳でもない俺。まあ、貴族の奴隷だから見苦しくないようにするのは当たり前だが。

 でも、実のところは服は薄っぺらく、周りから見るほどいい素材でできている訳でもない。手が悴み、全身が震えるのがその証拠だ。


 そんな俺にとてとてと、嫌味かよと思うくらいに高級な素材でできた派手な、それでいて上品な服を身に纏った幼女が近づいてくる。

 紛うことなきこのアデルア伯爵家の長女、リリルア=アデルアであった。


「お兄ちゃん。はい、これどーぞ!」

「ありがとう」


 六歳の幼女に渡されたのは可愛らしいうさぎの刺繍が施された幼児用の手袋だった。こんなの入るか。

 とはいえ、まあありがとうという以外の選択肢はない。それに気持ち事態は嬉しいし。


 こうして人から物を貰うと、ちやほやされていた子爵家時代を思いだす。

 まあ、今となってはもう、関係のない話か。この幼女だって知らないだろうし。

 だから、もう諦めた。諦めたはずなのに、涙が溢れ出てくる。幼女の前で泣く十七歳。情けねえ……


 そうして、バイバイと幼女を見送ると、俺は溜息を吐いた。


「お兄ちゃん、何で泣いてるの? 悲しいの?」


 見送ったはずの幼女が俺を心配そうに見上げている。行ったんじゃなかったのかよ俺が顔を隠した意味は? 無駄な努力になっちゃった感じですか?

 そんな感じで思考回路を乱して、必死に涙を止める。


「俺は、ユニークスキルを得られなかったんだ」


 貴族の娘の幼女にこんなことをしていいだろうかと、こんなことを言っていいだろうかと思いつつ、頭を撫でた。

 貴族とか、本当にどうでもいい。高慢で私利私欲のために動いて政治もしないでふんぞり返る貴族はいらない。

 少なくとも、俺の父は、母は口を揃えて言っていた。


 だから、俺はこの幼女にはそんな醜い貴族には、今の伯爵のようにはならないで欲しいと願いながら、頭を撫でる。

 途中からは俺が撫でられていた。しゃがんで泣きじゃくる俺の頭を、温かく柔らかい手が優しく撫でていた。


 そして、大人ぶって大人目線でそんなことを考えた俺に、幼女は英才教育の賜物か、驚くような柔軟な思考を見せてくれた。


「ユニークスキルがないなら、スキルをいっぱいいーっぱい集めればいいんだ」

「え?」


 可愛らしい幼女の口には不相応な、スキルという言葉は、現実を思い知らせる壁であり、そして子供たちにとっては希望の橋である。

 この幼女は、少なくともまだ子供。

 でも、少し成長しているというか、大人びていると思う。少しではないかもしれない。


 スキルというものをポジティブに捉えつつも、幼稚園に入りたてのガキのようにユニークスキルユニークスキルと喚きたてるわけでもない。

 きちんと庶民の現状を理解したうえで、スキルというものをポジティブに見ている。大人にはできず、そして子供にもできない見方。

 純粋なまま大人になったような、そんな柔軟な思考。


「お前はきっと、いい領主になるな」


 優しく笑いかけると、俺の顔を指さして年相応に笑った、笑ったと喜んで。

 まるで心が洗われるような感覚。そして柔軟な思考を得て、俺はいけるかも知れないと、初めて希望を持った。


 曇り空は快晴へと変わり、手袋なんて必要のないくらいに暖かな陽光で俺たちを照らす。

 幼女の声が頭から離れないまま。


《コモンスキル【奴隷業】を習得しました》


「そんな雑魚スキルは……いらねえなんて言わねえよ」

「お兄ちゃん、がんばろーねっ!」


 初めてのスキルを得た旨が、機械的な音声によって伝えられた。

 これから、俺の新生活が始まるのだ。




 ————これは雑魚スキルを集めて才能に立ち向かう、偉大な凡人の壮大な物語。

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