エピローグ 

「C'est formidable!」

 ナポレオン広場でメモを取っていた潤は、はっと我に返った。近くで金髪の少女と老夫婦が話している。

 その向こうから、茶褐色の肌の青年が走って来る。ここには様々な人種がいて、彼はいつものように目立ってはいない。

 あれから6年が経過して、彼の身長は潤よりもずっと高くなった。

「ジロー」

 潤が微笑む。彼女には一瞬、太陽を背にした彼に、14歳の彼が重なって見えた気がした。


      *


 美術館の広い階段の踊り場には、翼を広げた勝利の女神像が堂々と聳え立っている。

「すごい……」

 彼女に首はないが、斜め上を見上げているように見える。

「さっき、熱心に何を書いていたの?」

 ジローが隣に並ぶ。

「ああ、あれは備忘録」

「備忘録?」

「歳を重ねてからも思い出せるように、メモしていたの」

 潤は彫刻の目線を想像して、宙を見上げた。

「私達が出会った頃の話をね」


 あの夏が来ることは二度とないけれど、あの頃の情熱は今でも胸に残っている。気恥ずかしいようなこそばゆいようなこの感覚をきっと、青春と呼ぶのだろう。


     *


 ボールが弧を描いて高く飛ぶ。

 次の夏がやって来る。

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潤の備忘録 翔鵜 @honyawan

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