カラフル! 5月10日〜ラスト
紫 ✕ 黄
「ごめんね」
女の子が女の子に恋をする。
世間では未だに不自然に思う人が居るなか、私は違う理由で振られた。
――あたし、好きな人が居るんだ。
その彼女の好きな人に心当たりがあるから、私は振られたことをすんなり受け入れられたのかもしれない。
涙が溢れて止まらなくて、私はとりあえず図書室にでも避難しようかと角を曲がろうとしたところで、委員長にぶつかりそうになった。
「え! ごめん、あたしぶつけた!?」
「……ちがうわ」
え、じゃあ、どうして?
委員長は右に左にと忙しなく動き回りながら、私の様子を観察している。
私が泣いている姿が珍しいのかもしれない。
「放っておいてちょうだい」
思わずきつい口調で言ってしまった。
私は彼女の横を抜けて、図書室へ向かう。
「待って! あの……あたし、話聞くよ?
絶対口外しないし!
だから、一人で悩まないでね!」
それは正義感?
それとも本当に優しさ?
「今は、ごめんなさい。
でも、相談に乗ってほしくなったら頼むわね。委員長」
きっと、私のことを気遣ってくれたと思う。
それでも、胸が苦しくて、とても丁寧に余裕を持って返せない。突き放したような態度になってしまった。
立ち止まって一瞬だけ振り返って、私はまた図書室への道を辿る。
「いつでも相談してね!」
背後から聞こえてくる声に、本当は、少しだけ振り向いて縋りたかった。
橙 ✕ 黒
身長百六十ニセンチ。
男子の中じゃ低いし、俺より背の高い女子もそこそこいる。
普段はあんま気にしないけど、背が低いのはまあまあコンプレックスだ。
そして、今、そのコンプレックスを今まざまざと感じさせられている。
左には男子バレー部の
右には野球部の
どっちも百八十センチはあるデカブツで、真ん中に挟まれた俺はちょっと不快だ。
いや、かなり不快だ。
「お前らにはわかんねぇだろーな」
「まあ、わかんねーな」
「……俺は、コンプレックスっていう意味ならわかる」
あっさり肯定する青壱と反対に、黒都は真剣に考えている。
イイヤツだな、こいつ。
「俺、肌黒いのがずっとコンプレックスだったんだ」
「え、お前地黒だったの?」
「ああ」
「マジかよ! 羨ましい!」
「は?」
「俺、筋肉付いてもあんまり引き締まって見えねぇんだよなぁ」
黒都が珍しく肩を震わせて笑っている。
「
それから「ありがとう」って感謝されて、俺は疑問符を頭に浮かべた。
身長低くて感謝されるなんて初めてだ。
水 ✕ 白
「どうしよう、
みんなの不安そうな視線が、ぎゅっとこっちに集まる。
どうしようって言われても……。
わたしが俯くと、
「でも、どうすんの。主役二人が食中毒って……」
「今からキャスト変える?」
「主役だよ? 脇役と出番重なるとこ多いし、正直キツイよ」
「じゃあ、誰かに頼むとかさ」
「あと二週間で誰がやってくれんだよ」
みんなから平常心が無くなっていって、荒々しくなっていく声。
肌に突き刺さってくるような、ピリピリした空気。
「冷静になろう、みんな」
緑ちゃんの声が、優しく響く。
でも、もう苛立っているみんなの耳には届いていないみたい。
今にも喧嘩になってしまいそうで、思わず手を挙げた。
「わ、わたし心当たりがあるんだ!」
「本当? 水希」
「うん。だから、喧嘩は止めようよ。ね?」
嘘をついてしまった。
本当は心当たりなんて全然ない。
でも、このままじゃ二週間後の本番に影響をきたすかもしれない。
みんな一生懸命練習してきたのを知っているから、舞台が台無しになるようなことだけはしたくない。
緑ちゃんは、もしかしたら気付いているかもしれない。
わたしは黙っててね、と唇に人差し指を当てて緑ちゃんの方を見た。
「水希……」
「ちょっと、お願いしてくるね」
それから、どこに行けばいいかわからなくて、ふらふらと歩き回り……教室に辿り着いた。
教室ではあの日のように、永瀬さんが席に座っていた。
「永瀬さん」
振り返った永瀬さんは、本当に綺麗で……今回の主役、お姫様の姿が重なる。
「お願いがあるんだけど……」
「なにかしら」
「演劇部で、主役が出れなくなってしまって」
「わたしに頼みたいってこと?」
永瀬さんの表情は変わらない。
わたしの話を真っ直ぐに聞いてくれている。
「うん」
わたしは深く頭を下げた。
「お願いします」
「いやよ」
……そりゃ、そうだよね。
でも、それで引くわけにはいかない。
わたしは、部員みんなの思いを背負ってる。
演劇部の活動は、そこまで活発ではない。だから、一回一回の上演に必死になる。
今回の一回だって、貴重な一回なんだ。
「お願いです、永瀬さん」
「他の人を当たって」
「もし、協力してくれなかったら、漫画描いてたことバラす……って言ったら?」
永瀬さんは、一瞬だけ目を開いて、そして笑った。
「あなた、本当に演劇部?
足がったがたに震えてるし、顔真っ青だし、脅す人がそんな顔してたら恐くもなんともないわよ」
永瀬さんはひとしきり笑ってから、「いいわよ」と承諾してくれた。
桃 ✕ 白
「頼むよ、
「頼むって……二週間後なんだろ?
俺、舞台の経験とかないよ?」
「無理を言っているのはわかってる。でも、お前が一番相応しいと思うんだ」
「相応しい?」
「ヒロインを、永瀬
永瀬 深白。
――もし、まだチャンスがあるなら諦めちゃダメだよって忠告返し。
ふと、
「わかった、演らせてもらうよ」
彼女を知ったのは中学生の頃、国内では最大の、とあるイラストサイトだった。
バレー好きでバレー漬けだった俺も、人並みに漫画やゲームは好きだった。
ある日、自分の好きなニッチな漫画のキャラクターのイラストを彼女かツイッターに上げてたのがきっかけで知り、色々と過去のイラストを見てる内に、気付けば彼女の作る世界観にどっぷりハマっていた。
プロには到底及ばないかもしれない。
それでも、俺は感動したし、彼女の作る物全てが愛おしいと思えた。
彼女は次第に漫画をアップし始めた。最初は一ページの漫画だったけれど、技術が上がるにつれて数ページの連載もするようになった。
俺が見始めた頃は百人に満たなかったファンは、高校に上がる頃には一万人に増えていて、ツイッターのフォロワーはそのサイトのさらに倍以上のフォロワーになっている。
初期から応援していた俺は嬉しさがこみ上げるのと同時に、彼女はもう雲の上の人なんだと思った。
そんな時だった。
『コミケに出店させて頂くことになりました』
ツイッターでの告知に心が踊った……どころか、俺は立ち上がってガッツポーズをしていた。
絶対に行こう。そう意気込んで、情報を集めた。
そして去年の暮、電車を乗り継いで、初めてあの近未来のオブジェみたいな建物に乗り込んだ。
どこに行っても、人混み。人混み。人混み。
やっと彼女の同人誌の売り場並んで、バレーとは違う疲労感に襲われ始めたとき、売り子のスタッフの中に見覚えのある女子が居た。
たしか、同じ学年の……。
向こうも俺を見て目を丸くしている。
俺は、飲み込んでしまいそうになった言葉をなんとか引きずり出した。
「俺、結構前からファンだったんですよ! だから、通販だけじゃなくて白雪先生に会いたいと思って……!」
永瀬 深白ははにかんで、小さくありがとうと呟いた。
「まさか、こんなことになるなんてね」
ステージの上、俺は永瀬さんの隣に腰を下ろす。
「バレー部もあるのに、どうして断らなかったの?」
「君がお姫様だって聞いたから」
「……不純な動機ね」
「そういう永瀬さんは? 新作で忙しいんじゃないの?」
「仕方ないじゃない。脅迫されたんですもの」
「脅迫?」
「ええ。あの子に」
視線の先には、森田くんの彼女の丸井さん。
忙しなく舞台を駆け回り、舞台の演出に綻びがないかチェックを入れている。
とても、人を脅すような子には思えないけど……。
視線を戻すと、永瀬さんは目を細めて微笑んでいた。
――なるほどね。
「……俺、ずっと前から君のこと知っててさ」
深瀬さんは俺の告白に静かに耳を傾けてくれる。
きっともう、これ以上のチャンスなんてない。
バレーの、トスが上がってきて、思いっ切り腕を振り下ろす瞬間。あれに似てる気がする。
今、やらなくちゃ、きっと後悔する。
「君のこと、好きなんだ」
気付いたら指を交差させて、祈るように自分の手を握っていた。
試合の前みたいな高揚と、緊張。
「ふふっ」
――え?
「え。な、なんか笑うようなことあった?」
「ごめんなさい。ふふ、バレー部の王子様って呼ばれてるわりに、告白はスマートじゃないのね」
「……」
フラレた、んだろうか。
視界が暗くなり、脳がぐらぐらと揺れる。
もっと、ちゃんと告白するシチュエーションとか用意したほうがよかったかな。
俺、焦って、失敗した……?
「……お返事、今度でいいかしら。きっと、照れてお姫様役なんて出来ないでしょうから」
「それって」
立ち上がって、他のキャストの方へ向かおうとする永瀬さんが振り返った。
「幕が下りるまで待っていて」
――それって。
嬉しくてニヤけてしまいそうな口許を、慌てて手の甲で抑えた。
赤 ✕ 青
「
「ん? どうしたの?」
「今日、放課後空いてる?」
放課後、部活はお休みさせてもらうことにして、水希に誘われたままに体育館へ向かう。
途中、一際大きい人物が目に入ってきた。その背格好で、
駆け寄って、白いシャツの裾を引いた。
「青壱も体育館行くの?」
「ああ」
「あれ? 水希に誘われたんだけど、バレー部の試合とかあるの?」
「いや、今日は休み。俺も
「んー? じゃあ、なんだろ」
二人で並びながら歩き、体育館へ入る。
中は黒いカーテンによって薄暗くて、空気も籠もっている。
ステージの方へ向けられて折り畳みの椅子が横に六列並べられている。百席はあるのかな。
既に何人か生徒が座って埋まっている。あ、あそこに
いつも開かれているステージの幕は、今は下りている。
水希が演劇部だったのを思い出すと同時に、今日って演劇部の舞台あったっけと記憶を辿ってみるけど、思い出せない。
いつもなら水希が前もって教えてくれたのに。
どんな劇が行われるのか、会場のざわめきはそのまま期待値の高さなのだと思う。
「とりあえず座ろうぜ」
「あ、うん」
空いている席に並んで腰掛けると、間もなくステージにスポットライトが当たって、水希が現れた。
「本日はお集まり頂きありがとうございます。
少しトラブルがあって、本日の定期演目は少し予定を変えさせて頂くことになりました。
そのかわり、素晴らしいゲストがご協力してくださることになりました。いつもと違う演劇部の劇をお楽しみ頂ければと思います」
水希が大きく頭を下げると、彼女を照らしていた光が消えて、幕が上がった。
そして、ステージに現れた二人の人影に黄色い歓声が上がる。
そこには本物の王子様とお姫様がいた。
「へー」
あたしは横でくつくつと笑いを堪えている、青壱の脇をつんと突いた。
「しょうがないだろ、アイツ本当は王子様って柄じゃないし」
「青壱よりは王子様だよっ」
「へーへー」
二人は絵本の中で結ばれた王子と姫のその後を演じているみたい。
二人が視線を合わせる度に熱を感じて――ドキドキする。
周りに座る女の子からも感嘆が漏れている。
隣の青壱はどんな面持ちでこの舞台を見ているんだろう。
すぐ傍に居るのに、顔を見る勇気はなくて舞台を見つめる。
青壱の居る右側が、触れてないのにあつい。
舞台では水希の彼氏の緑也くんと、野球部のはずの塩谷くんも出演している。
こうして知ってる人が舞台に立っている姿を見ながら、この体育館の中にあたしの知ってる人はどれくらい居るんだろうと考えた。
劇は二十分とかからず終わって、大喝采の余韻を残した体育館から外に出ると、鮮やかな世界に包まれた。
視界に映る景色に、こんなにたくさんの色があったんだって気付かされる。
「赤音、一緒に帰ろうぜ」
「え?」
「え……ってお前、どうした」
青壱が慌ててあたしの目尻を拭って、自分が泣いてたことに気付いた。
「あれ? あれれ?」
「面白かったけど、泣くほど感動するような話だったか?」
「そうじゃない、んだけど」
青壱に手を引かれるまま付いていき、人気のない教室で、机を間にして椅子に腰掛けた。
「急に泣くなよ。……焦った」
青壱は前の席で、廊下の方へ向く形に座っている。
放り出された長い足が羨ましい。
「落ち着いたか?」
「うん。ごめん」
「……んじゃ帰るか」
「待って」
立ち上がろうとする青壱の腕を引く。
「……待って」
みんなの顔を思い浮かべる。
あたしは永瀬さんみたいなお姫様じゃない。
でも、塩谷くんや紫ちゃんに好きって言ってもらえて、水希に憧れて貰える。
あたしはきっと、どこかで誰かのヒロインなんだ。
そして、あたしのヒーローは……。
「青壱のこと、好き」
青壱は目を丸くして、あたしの顔をじっと見つめている。
教室の窓から、夕陽が射し込んできた。
燃えるような赤に、教室が染まっていく。
青壱の薄く焼けた頬も、白いシャツも。
「俺も、赤音が好きだ」
ゆっくりと顔が近付いてきて、唇が掠めたように触れた。
「……ねぇ、ちゃんとしようよ」
「いや、なんか急に夢じゃねーかって思って」
「もう一回、してってば」
「へーへー」
青壱、藍次、水希、橙助、茶子ちゃん、永瀬さん、宮田くん、緑也くん、塩谷くん。優黄や紫ちゃんも。
みんな、それぞれに色を持っていて――そうだパレットみたいな。キラキラしている絵の具を、混ぜて新しい色を生み出していくような。
夕闇の中、二人で手を繋いで歩く。
昔みたいだなって思いながら、いつまでもこの背中を見ていられたらいいな。
どんな色よりも精彩にあたしの世界を塗りつぶす、彼の『青』。
「あ、流れ星」
「え? どこ?」
SSカラフル
おわり
スクラップブック。 美澄 そら @sora_msm
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。スクラップブック。の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます