最終話 フラムからの留守電
数か月後。陽介は輝きのある目をして、守衛室で報告書を作りながら時間が過ぎるのを待っていた。違うことがあったといえば、同じ職場に仲間が一人増えたことだ。天月 遥人が入社し、本人の強い希望で陽介と同じ警備隊に配属されたのだ。
しかしそれ以外は特筆することもなく、日常は変わりなく過ぎていき、異世界での冒険はもしかしたら夢だったのかもしれないと思い始めていた。
そう思う陽介のスマホに、ある日の昼休みに見知らぬ番号から着信があった。留守電にメッセージを残していたようで、陽介は怪しみながらも再生した。
「やあ陽介、久しいな。私だ、フラムだ」
「フラムさん……!」
聞き覚えのある声に驚き、届かないとわかっていても名を呼んだ。
「神が伝言を残せるようにしてくれたのでね。どうしても伝えたいことがあって、こうして音声を吹き込んでいるわけだが、語りかける相手がいないところで喋るのは、やはり違和感があるな。
……君たちが帰ったあの日から、こちらでは五年が経った。世界は神の手により再生され、スキルもステータスも無くなり、天月 遥人が引き起こした事柄はそもそも起きていなかったことになっていた。エルメスは自責を念を感じているようで、罪を滅ぼすと言って、大陸を巡り無償の奉仕活動をして……」
「ちょっとちょっとフラムチャン、アタシにも代わりなさいよっ!」
「リベルタ……」
変わらない力強い声に、陽介はなんだか元気付けられたような気持ちになった。
「陽介チャンお久しぶり〜お元気してるかしら? 挨拶もなしに帰っちゃうなんてヒドイ男ね。
あの後、スピカを魔王のとこまで送ってきたり、ハーレムから居場所がなくなった女たちをウチの大陸で生活させることになったりで、アタシは結構忙しくしてるわ。ほらテラ、アンタも世話になったんだから一言くらい話しときなさいよ」
「異世界の勇者陽介よ、礼を言う。我が大地も民も、賑わいを取り戻した。二度とあのようなことがないよう、リベルタの手を借りて外部の大陸との交易を行う頻度を高め、長期滞在の渡航も許可した。異なる文化に戸惑うことも多いが、我は見守っていく所存だ」
テラの声には、喜びの感情がほんのり感じられた。
「陽介! 神様に頼んであたしのこと生き返らせてくれたって後でフラムから聞いたわ。ありがとう、怖くて寒いところをあてもなく彷徨っていて、どうにかなっちゃいそうだったの」
アリエッタの声だ。お礼に一曲と歌う。旅が危険だったが楽しかったこと、声が戻った時自分のことのように喜んでくれて、とても好感を持っていたことが伝わってきて、途中でフラムが止めに入った。
「まったく、やきもち焼きなんだからフラムさんは……」
やれやれと陽介は首を振る。
「……コホン。私からも礼を言う。ありがとう陽介。君のおかげで世界は救われた。しかし人間と魔族、精霊たちが本質的にわかりあえたわけではない。いずれまた長い時の中で衝突も起きることだろう。
だが、もう迷うことは無い。こちらの世界のことは、こちらで解決していくよ。おっと、もう時間のようだ。それではな陽介、達者で暮らせよ」
陽介は、もう二度と行けないあの美しい世界を想って、窓からにこやかに空を見上げた。どこまでも青く澄んだ青空に、柔らかな風が吹き抜けていった。気づけば雲は高く、夏の到来を知らせていた。
日比谷 陽介
数年後、人手不足の警備隊へ転々と異動が続く中、警備司令まで昇進。
「与えられた世界がどれほど理不尽でも生きていく」をモットーにかかげ、本社上層部の無理強いや契約先からの不当な扱いに抗議し、常駐警備員の地位向上に尽力する。
ちょっとした意見でも尊重するなど、より良く安全を守る環境を整えることに努め、隊員たちからの信頼も厚い。
現在は警備員指導責任者として、新人教育にあたっている。
天月 遙人
陽介の警備隊に配属された数年後、現場から本社に引き上げられる。総務経験後転職し、防犯用品メーカーの開発部に所属。
従来より軽く、正確でメンテナンスのコストも低い広範囲赤外線センサー「ハルトマン」は会社の主力商品となり、業界シェアの中堅どころまで業績を伸ばすことになる。
異世界転生者に関する報告書 作成者:赤屍
世界番号:145250より飛来した回収番号不明の魂を保護。調査の結果、現代日本から回収番号:17562
明らかな不正行為及び、現代日本の文化を持ち込み世界独自のものを消滅させようとした為、回収対象に指定。現地へ向かうも天使による妨害工作により接触不能、一時中断を余儀なくされる。創造神の娘の夢に入り込み助言し、有事の際には召喚魔法を使うよう促す。
召喚魔法の誘発に成功。現代日本から
判定:17562は天命まで回収不要。
「あー、やっと書き終わったっすー」
報告書を提出し終えた赤屍は、事務椅子に座り大きく伸びをした。面倒ごとが一つ終わり、しばしの安息が訪れようとしていた。
「赤屍、この非常に運良くというのはどういうことだ。まさかとは思うが、生者に力を貸したわけではないだろうな」
黒いスーツに黒縁メガネで黒髪オールバックの男性が、赤屍の背後から音もなく現れた。名は
「い、いやだなぁクロちゃん。死の守護だけっすよ。それだって、天使のやつらが入れないようにしたから仕方なくやったことっすよ〜」
驚いた赤屍は、言葉を濁し目を泳がす。本当は自分がやりたかったんすけどと、丸わかりの嘘も添えて。
「ならいいが。何度も言うが、死神が介入するのは――」
「あー、はいはい、わかってるっすよ。転生者以外には基本ノータッチ、っすよね」
赤屍は足早に立ち去り、黒葬はやれやれとため息をつくのだった。
【祝6000PV 完結済み】異世界転生チートに反旗を翻せ!〜俺のファンタジーを返して〜 狂飴@電子書籍発売中! @mihara_yuzuki
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