第50話 そして世界は
そのうちスポンと軽い音を立てて、遥人の魂が抜き取られた。動かなくなった身体には、瓶から出てきた元々のエルメス・アラートの魂が入った。
「……ボクは、戻ったの……?」
目を覚ましたエルメスは、手を握ったり足を動かして自分の体に戻れたことを確認すると、喜びの涙を流した。
「死神さん、それに異世界の方。ありがとうございました。あのままではボクは恐ろしい化け物に成り果ててしまうところでした」
声は同じだが、一人称も態度もまるで違うので陽介は困惑した。当たり前といえば当たり前だが、魂が違うとこうも人格が変わるものなのかと驚いている。
「さて陽介。ワシはもう異世界の人間の願いなど叶えまいと思う。が、しかし。此度の危機を退け世界を救った礼として、特別にお前の願いを叶えてやろう。一つと言わず二つ三つ申してよいぞ」
神は陽介に笑顔を向ける。
「アリエッタと、ピアーチェ姫を生き返らせてください!」
陽介は即答した。考える必要はなかった。一人の男に振り回された二人の命が戻るなら最初に願うべきはその復活だと決めていた。
「簡単なことを申すのう。それアリエッタよ、戻ってきなさい」
神が杖を一振りすると、アリエッタの身体は魂を取り戻し目を覚ました。
「……あれ? あたし、死んじゃったんじゃ」
「アリエッタあああああああああ!!!!!!」
フラムは小さな姿に戻って、アリエッタに駆け寄った。泣きに泣いて取り乱すのを、よしよしと宥めてもらっている。
「ピアーチェよ、戻ってきなさい」
二振りすると、聖剣から魂が離れピアーチェ姫が体を取り戻した。
「ああ、お父様! ご無事で」
神は娘を優しく抱きしめる。よく頑張った、よく耐えてくれた、すまなかったという言葉が聞こえ、邪魔をしてはよくなかろうと陽介はしばらく親子の視界の外に下がっていた。
「おお、すまんすまん。他に叶えたいことがあれば遠慮なく申して良いぞ」
しばらくして、神は陽介を側に呼んだ。
「こいつを俺と一緒に元居た世界に返してください! それで、もう二度とこんなことが起きないように、世界を繋ぐ道があるなら閉じてください! どうしても召喚しなきゃいけない時は、人の命を使うなんてことがないように」
そう、陽介の目的は、元の世界に転生者を連れ帰ること。また同じようなことがあっては困る。ならば世界に通じる道は、閉じてしまったほうが良いのではないかと考えていた。
世界同士がそう簡単に行き来出来るものではなさそうなことは薄々わかっていたが、誰かを呼ぶために命を差し出す必要があるなんて、間違っていると思っている。
「……それは出来ん。遥人はワシの手違いで死なせてしまったんじゃ。神の掟で元の世界で生き返らせることは出来ないんじゃ。こちらに転生した理由はそれじゃ」
「そんな……」
陽介は、神の力を以てしても叶えられない願いがあるのかと落胆した。せっかくここまで来たのに、このまま自分だけ帰るのでは、何もしていないのと同じではないかと悔しさを噛みしめる。
「あー、そのことなんですがおカミ」
赤屍が待ったをかけるように会話に割って入る。
「ここ数年別の世界でも結構同じようなことが起きてまして。天界で協議された結果、人命に関する規約が変わりました。手違いだった場合は、元の世界での生き返りが一度だけ可能になりましたっす」
「なんと、ワシが封じられている間にそんなことが」
「ええ。ですので、陽介クンの願いを叶えることは可能っす。元の世界に転生者の魂を戻すなら回収不要になるので、こちらとしても仕事が減ってありがたいっす」
「そうじゃったか。では問題はない。陽介よ、お前の願い叶えよう」
神は遥人の魂を瓶に封じると、陽介に持たせた。元の世界に戻った瞬間、魂は復活した身体に宿ると言われた。
「お別れだな、フラムさん」
「ああ、そうだな」
「元気でね、陽介」
「うん。フラムさんのことよろしくな、アリエッタ」
交わされた言葉は少なかった。本当のことを言えば、リベルタやテラやスピカにも挨拶したかった。しかし顔を見れば、もっと多くの言葉を使えば、別れが惜しくなるとわかっていた。
陽介は魂の入った瓶を両手でしっかりと抱え、扉をくぐっていった。
「うぅ……」
ザラつくアスファルトの感触と排気ガスの匂いに目を覚ますと、陽介は元の世界に戻ってきていた。
「戻った……のか?」
ゆっくりと体を起こし辺りを見渡すと、リュックの隣に小太りの中年男性が倒れていた。まさかと思って揺さぶり起こすと、それは天月 遥人だった。
「お前! お前のせいで! せっかく全部手に入れたのに!! ふざけんなこの馬鹿野郎! ゴミクズ! 余計なことしてイキリやがって! 人の幸せ奪ってそんなに楽しいか陽キャ? 返せよ! 俺のファンタジー返してくれよおおお!!」
気が付いた遥人は、こちらの世界に戻ってきたことに酷く絶望し、陽介に罵詈雑言を浴びせ殴りかかってきたが、その弱い拳は止めるまでもなく、陽介には届かなかった。
「お前なんかに何がわかるんだよ! ブサメンでもニートでもない、家庭的にも社会的にも恵まれたお前なんかに!」
「わかんねーよ他人の事情なんか! つーか俺だって恵まれてるわけじゃねぇし! こっちの世界で恵まれなかったことが、人や、魔族や、精霊が助け合って生きているあの世界で好き放題やっていい理由になんかならねぇ! お前の方こそ大事な人のことをわかろうとすらしなかったから、こんなことになったんだろうが!!」
売り言葉に買い言葉。咄嗟に手が出て、陽介は殴り返してしまった。
「……もう、おしまいだ。あの世界へ通じる扉は閉じた。どこにもいけない、死ぬしかない。生きている価値のない人間は、いなくなるほかない」
殴られた頬をさすりながら地面に倒れこんだ遥人は小さい声で呟き、陽介に背中を向けダンゴムシのように惨めに丸まった。
「……やり直せるよ。フラムさんは心が燻っているなら、また火をつければいいって教えてくれた。やらないうちからそんなこと言ったら一生そのままだ」
「……」
陽介の言葉に遥人は答えられず黙り込む。すすり泣く声が聞こえる。
「ん? あんたニートだって言ったな? 働くとこないならうちの会社来なよ、警備は人足りないからさ。それでちょっとお金稼いで、それから考えればいい」
陽介が汗をズボンでぬぐい差し出した手を、涙と鼻水でぐちゃぐちゃにした顔の中年男性が取った。
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