第49話 代償を払う時
「どーも。死神の登場っすよ。回収番号 17562
「あ、あ、ありえない!! この聖域は『死神は入れない』ように書き換えたはずだ!!!」
エルメスは先程までの余裕の表情から一転、怯えた顔で腰を抜かした。やめろ、来るなと叫び後ずさる。
「そうっすね、おかげでずっとアンタにもおカミにもお目通り叶わなくて辛かったっすよ? でも、陽介クンとお姫サンが開けてくれたんで、やっと入れたっす」
赤屍は聖剣を指差し、書き換えられた聖域が元通りになったと話す。
「! ピアーチェめ、死神とも手を組んでいたのか。て、天使たちはどうして来ない!? 有事の際には俺を助けてくれるんじゃなかったのか!」
エルメスは天を仰ぎ天使が来るよう神の像に願うが、何も起こらない。表情が青ざめていく。
「アイツらはアフターケアとかしないっすよ。いやぁ間に合ってよかったっす、アンタみたいなのがおカミに代わってヨイショされるだけの風呂敷たためないラノベを、100話も200話も読まされる側の気持ちにもなってほしいっすね」
赤屍はフンと鼻で笑う。
「ふ、ふざけるなよクソッタレ死神め! この世界はあっちで碌なことがなかった俺に与えられた二度目の人生、楽園だ! あっちから来た奴にも精霊にも神にも死神にも、誰にだって渡すものか!!」
エルメスは、収納魔法で異次元に取り込んでいたフラムの炎を赤屍に向けて放つ。
「それは私のものだ。返してもらうぞ」
フラムが赤屍の前に飛び出し、炎を受ける。火柱が立ち上り、怒りに燃える咆哮と共に巨大な大狐に姿を変えた。
「ふ、フラムさん……なのか?」
炎を従え神々しさを感じる佇まいの九尾の狐に、陽介は驚いた。普段肩に乗ってくるくらいの小さい生き物がこれほどの大きさになるとは想像もしていなかった。
「今この瞬間まで、私は本来の姿さえ忘れていた。だがようやく、怒りに震え燃えることで思い出した」
フラムは唸り、ギロリとエルメスを睨みつける。
「ハッ、対策くらい出来てんぞクソ精霊。俺の力を甘く見過ぎなんだよ」
エルメスは何もない空間から聖域内を水没させんばかりの大波を起こすが、フラムの吐き出した灼熱の炎の下に、存在を許されず蒸発していく。
「それはお前の力ではない、アリエッタの力だ。恐らく全員分模倣しているようだが、こうなった私には通用せんぞ、小僧」
「っだぁもう! 属性無視して攻撃するんじゃねぇよ! それをやって良いのは俺だけだっての!」
エルメスは更に苛立って炎、水、風、土の力を両手に集め光線にして幾重にも放ってくる。陽介の持つ絆の力と同質のスキルによるものだが、協力する仲間がいないその攻撃は、あっけなくフラムの爪で引き裂かれた。
「今だ陽介! 突っ込め!」
フラムは巨体を感じさせないほど身軽に飛び上がり、迫りくる攻撃を全て迎撃し、エルメスまでの通り道を炎で敷く。陽介は臆することなく炎の道へ飛び込んでいく。
「言われなくても! いい加減にしやがれこのラノベ脳!!!」
炎を纏い斬りかかった聖剣と、勇者の剣での鍔迫り合いになった。ステータス的に考えれば陽介に勝ち目など到底無いのだが、聖剣は勇者の剣を押し返していた。
エルメスは努力せず力を得ており一振りもしくは魔法の一撃で敵を倒していたので、実戦経験が少なかったが陽介は違う。スキルが無くても強くなろうと剣の教えを請い、リベルタにみっちり特訓されていた。奴隷解放後の土の大陸でも、復興の合間にロッチャに受け身のとり方や咄嗟に攻撃を交わす術を教わっていた。
「経験値が入らないから、レベルが上がらない。レベルが上がらないからステータスが伸びない。そんなのはラノベやゲームの中だけだ! どんなに書き換えてもここは現実だ。みんな必死に生きている、あっちと何も変わらない! 経験したことってのはな、体が覚えているんだよ。やってこなかった奴には、絶っ対負けない!!!」
勝ちたいという決意も、陽介の方が高かった。世界が幾度も書き換えられ、覚えている者が無く誰も説明していないので彼は知る由も無いのだが、ここは元来意志の強さがそのまま自身の強さになる世界。聖剣によって理が元に戻った今、自分と仲間を信じ進んできた陽介を止められるものはない。
「あり得ない! 認めない! こんな奴に負けるはずが……」
「ここだっ!」
陽介はエルメスの左腕を切るのではなく剣の平面を叩きつけた。最初から倒すのではなく神の像を奪取するつもりでの行動だった。無論思考は読まれているのだが、次から次へ想定外のことばかりが起きて対処しきれなくなったエルメスには隙が生じていた。
「しまっ……」
こぼれた像が地面に落ちる寸前まで両者の手が伸びるが、陽介が僅差で掠め取った。願うことは既に決まっている。
「この像にされてる神様、蘇ってくれ!」
前のめりに体制を崩しながら、陽介は大きな声で願いを叫んだ。
「やめろおおおおおおお!!!!」
――その願い、聞き届けたり。
エルメスの悲痛な叫びも虚しく、天から声が聞こえてきた。神々しい光が聖域に溢れ、像はひび割れて砕けた。
「ふぅ、やっとこさ出られた……。窮屈でたまらんかったわい。おおい、大丈夫か陽介とやら」
「えっと、ありがとうございます……? あなたが神様?」
「うむ、その通り。ワシがこの世界の創造神、グランデ・クリエトーレじゃ」
頭に輪っか、手には荒削りの長い木の杖。白い装束に仙人のようなフサフサのヒゲと、おじいちゃん口調。いかにも神様ですといった風貌の老人が雲に乗って現れた。倒れた陽介に手を貸し、立ち上がらせた。
「あ、あ、あ、ああああああああああああ!!!!!!」
目論見が全て破壊されたことを悟ったエルメスは、絶叫して床に伏した。
「遥人よ、覚悟はできておろうな」
神が杖を振り下ろすと、エルメスにピシャリと雷が落ちた。しかし体には焦げたような跡もなく、生きている。もしかしてと陽介がステータスを開こうとすると、手をかざしても画面が出てこなかった。
「あれ? どうなってんだ?」
「ほっほ、こやつめが書き換えたものは、今を以て全て消滅したのじゃよ」
「う、あ、嘘だ……こんなこと……ううっ……」
エルメスは弱々しい声で泣き始めた。
「ワシは愚かじゃった。遥人よ、お前の願いを叶えるべきではなかった。ワシは俗世について知らなすぎたようじゃ……」
反省する神の様子に、赤屍は特殊な光景を見るような目をする。
(うわ珍しい……おカミって、大体どこんちも自らの非を認めないんすけどねぇ普通……)
(そうなんだ……めちゃくちゃ後悔してるってこと?)
(そうなるっすね……よっぽどこき使われたんだと思うっす)
赤屍はこっそり陽介に耳打ちしてきた。神は全知全能であらねばならず、過ちを認めるようなことはまず無いのだと言う。
復活した神によってすべてを失ったエルメスに残っているのは体と、天月 遥人の魂だけだ。
「はは、ははは、はははは! だがこの体だけは俺のものだ、元の魂なんてとっくに消え……」
「エルメスはここにいるっす」
開き直って壊れたように笑い始めたエルメス……遥人に、赤屍は腰に下げていた瓶を見せる。コルク栓が閉められた瓶の中には、よく漫画などで見かける人魂のような、尾を引く丸い玉がふわふわと浮かんでいる。
「この魂がウチに来たことから今回の事件は始まるんすけど、まぁ話すと長くなるんで割愛させてもらうっす。さて」
「ひっ……!」
赤屍は白い手袋をはめ、恐怖に震える遥人にゆっくりと歩み寄る。
「大丈夫っすよ、痛いのはほんの一瞬だけっすから」
仰向けに蹴って転がし、胸部に思いっきり手を突っ込む。
「うえっ……や、やめ……ぐえっ……っあ」
「ええと、確かこの辺だったかな……あ、こっちだった」
「もう……ゆるし……ごめん……なああああ!!!!」
「謝るのが遅すぎっすねぇ」
体内をこねくり回されビクビクと痙攣する痛ましい様子に、陽介は思わず目をそらした。
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