第20話 奇襲

「ねえ」

隣のシンちゃんが静かに声をかけてくる。ちなみになぜ今隣にいるかというと、さっきの席をいじるときにこっそり近づいていたのだ。

「条件ってどうなると思う?」

なんだ試験の話か。まあ当然っちゃ当然か。

「そうだなあ…実際に見てみないと何とも言えないけど、色と形は間違いないんじゃない?」

「色と形?」

手を動かしながら口も動かす。

「うん。あの試験官の人が言ってたのは『赤、青のコースターが2倍』と『赤、青、黄のダイヤモンドが3倍』でしょ?だけでしか得点に影響してないじゃん?」

さすがにこの内容を周りのチームに聞かれるのはまずいので、より小さい声を心掛ける。

「もし『残りの10分は得点2倍!』とかだったらどうする?」

いたずらっ子のような顔でこっちを見つめてくる。

「それはあり得ないんじゃない?10分間の間に作ったものを試験官が全部見てるのは大変だろうし」

「そっか」

最初からありえないと分かっていたようなリアクションだ。

「…なに?」

「なんでも」

そんなにこにこしながら見つめられたら恥ずかしいものだ。

ただ、そんな表情も徐々に暗くなっていく。やがてゆっくりとシンちゃんが口を開く。

「…奏さん、残念だったね」

「知ってたんだ」

「うん。お母さんから聞いたよ」

「そっか」

それもそうか。清宮せいみやさんと奏は連絡とっていたわけだし。

「シンちゃんは今、元気なの?」

なんともあほらしい質問の仕方だ。ただ、素直に虐待の話を聞くのはあまりにも配慮に欠けているだろう。

「うん毎日すっごい楽しいよ。あの夏休みと同じくらい」

「そっか」

あの奏が信頼していた人だ。心配の必要は全くなかったな。何よりシンちゃんがあの夏休みを楽しい思い出だと思ってくれたことがうれしい。

「知ってるんだ?」

「奏の遺品整理で日記があったからね。だいたいのことは知ってるよ」

「そっか」

今度はお互いに黙ってしまう。別にやましいことをしていたわけではないのだが、人の過去を盗み見てしまったかのような後ろめたさがあった。

しかし一対一でずっと喋っていれば目立ってしまう。筒井が訝しげにこちらを見ていた。

「どうしたよ筒井」

「いや…おまえ、そんな風に笑うんだなって」

「は?」

これには驚いた。いつもと変わらない爽やか系の表情だったはずなんだがな。

「ちょっとだらしない顔してたぞ」

「マジか」

それは恥ずかしい。どうやら無意識の内ににやけていたらしい。

「試験中なのに余裕だな」

「ちゃんと試験には集中してるって」

筒井に小言を貰う羽目になってしまった。確かにこんな姿を見せていたら、周りの生徒の信頼も得られなくなってしまいそうだ。もう一度気を張りなおす。

ちょうどあと10分で条件とやらが渡されるころだ。どのチームもやはり条件が出るまでは交渉をする気はないらしい。当然と言えば当然だが。

この特別試験が説明されてから俺にはある一つの作戦がある。それを実行するためにこの最初の30分の段階で交渉をしてみたい気もしていたが、やはり2回しかない交渉権をこの時間で使うのはあまりに勿体ない。

さて現状で解決できてかつ解決しておきたい問題は『条件が渡された後、誰が組み立てに回るか』という問題なんだが。これは一方的に決めるよりもみんなで話し合ったほうがよさそうだ。

「ねえ条件が出た後、組み立てしたい人いる?」

グループ全体に問いかける。すると筒井の近くにいた黒沢くろさわという女生徒が口を開く。

「あ、私組み立てできるよー」

確かに過去に作った経験があったのか、レクチャーのときもそこまで苦労している様子はなかったな。

「じゃあ黒沢さん、お願いできるかな」

「はーい」

とりあえず一人確保。時間対効果の面で考えれば、徐々に組み立てに人数を割いていくことが好ましいだろう。欲を言えば、試験終了と同時に原形をすべて使いきれることが望ましい。

しかし、組み立てが多すぎて原形の平行四辺形自体が不足してしまうことは最悪だ。組み立てから原形へ作業を変更することは時間のロスがあるし、なにより作業ミスに繋がる。だったら条件が出た後に組み立てる人間を変えずに徐々に増やしていく、という作戦でいきたい。

「とりあえず、あと2人か3人くらい欲しいかな」

組み立てにかかる時間が正確に読めない以上、最初に必要な組み立ての人数は3、4人で十分だ。

ちらほらと手が挙がり、組み立て組の人員確保が完了する。

「それじゃあ、組み立て組は廊下側に座ろっか」

組み立て品は廊下側の机の下に隠したい。だとしたら組み立て組を廊下側に座らせて原形を作る人員を教室の中央寄りに配置するのが得策だろう。


さあ、準備は整った。現状の戦力はどのグループもほぼ互角だと思う。後は条件が言い伝えられた後の対応力。

試験官が白い封筒を3つもって教室の中央に移動する。

「各チームの代表に条件を渡します。教室の中央まで取りにきてください」

アナウンスが教室に響き渡る。

「俺、行ってきていいかな?」

最初から俺が行く気だったが一応確認をとると、全員相づちを打ってくれる。

この短時間でここまで信頼されるのもうれしいものだ。これでこのチームの代表は文句なしで俺という扱いになるだろう。

Bチームはやはり、あの女社長さんか。すでに試験官のもとへ出向いている。

残すCチームは誰がくるのかと思ったが、案外すぐに決まったらしく、眼鏡をかけたいかにも秀才という見た目の男子生徒がすでに集まっている。

しかし、この男子生徒の制服に違和感を覚える。

なんだ…?何かがおかしい気がする。大抵、この手の違和感は当たる。

しかし、その違和感が何なのか、今答えを出すことはできなかった。

「それでは各チームの条件です。中を見てください」

試験官の指示からすると、今確認しろということか。Bチームのリーダーは少し難しそうな顔をしたが、すぐに封筒の中を確認しだした。

俺も封筒の中を見ると、小さな紙が二つ折りになって入っている。他チームに見られないよう気を配りながら内容を確認する。


『緑と紫、青と灰、藍と茶のコースターは得点が2倍になる』


なるほど。やはり色と形の推測は合っていそうだ。自身の条件を確認したのもつかの間。

びりびりびりびりびりびり。

「は?」

思わず声が出てしまう。

なんとCチームの代表が条件が書かれた紙を引きちぎっていた。

男子生徒はちぎった紙をポッケにしまうと俺には目もくれずにチームに戻っていく。その先から「お前何やってんだよ!」という声が聞こえてくるが、「落ち着け。最初に言ったとおりだ。問題ない」とだけ言うと周りの生徒は納得したのか、納得させられたのかは知らないが大人しくなっていた。

いったいどういうことだ…?隣のBチームのリーダーも同様にかなり驚いた表情をしている。

試験官の表情も確認すると目が合う。すると

「さあ、二人ともチームのもとへ戻ってください」

とだけ言い残し、何もなかったかのような顔で自身の監督していた席に戻る。

とんでもない異常事態だと思うが、そう言われては戻るほかない。最後にちらりとBチームのリーダーに目を向けると、ちろりと舌を出してこちらを見ていた。ひええ目が合っちゃダメなやつだ。

とはいってもこれで俺の作戦と方向性は決まったようなものだ。まずは与えられた条件をチームのメンバーと共有しなくては。


「さっきのあれ、何だったの?」

黒沢が俺が着くなり、さっきのCチームの暴挙について聞いてくる。無理もないだろう。俺ですら理解が追いついていない。

「いや、俺も分からないかなあれは」

「だって大切な物じゃないの?条件って」

「そりゃあそうなんだけどねえ」

黒沢はとんでもないものを見るような顔をしている。

無視していい行動ではないが、それでも今は自チームに自分たちの条件を伝えることが先だ。先ほどもらった紙をみんなが見える位置におく。

「なるほど…」

組み立て組の黒沢と男子生徒たちが条件を確認する。

「それじゃあ、とりあえず俺たちはこれ作っていいか?」

これというのは3種類のコースター型のことを言っているのだろう。

「うん。頼んでいいかな」

とにかく、この条件のものを作ることに間違いはないだろう。とにかく前へ。考えるのは前に進みながらでいい。

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