第19話 共感と理解
試験開始から5分。俺はまずチームの全員にあることを指示していた。それは
『条件が出るまでの30分間はそれぞれの色の原形を均等に作ろう』
ということだ。これは条件が出てから組み立てに移れば時間的にも問題ないと考えて提案した。
ちなみに配られた折り紙の中身を確認すると赤、橙、黄、緑、青、藍、紫、灰、茶の9色の折り紙がそれぞれ10枚ずつ入っていた。つまり一人当たり90枚。かなりの量だ。
そんなことを考えながら黙々と原形となる平行四辺形の形を作り上げていると
「ねえ、そういえばコースターとかダイヤモンドとかの点数ってなんであんな点数なんだろうね?」
と
「だってさ、使う折り紙の枚数ってコースターは2枚で、ダイヤモンドは3枚。ハコは6枚だよね?得点もそれぞれ2:3:6の割合にすればいいのになって思ったんだけど」
おそらくあの変則的な得点配分について気になったのだろう。コースターが10点でダイヤモンドが17点。ハコが34点。確かにおかしいと感じるのは当然のことだ。
周りの生徒は分かっているような分かっていないような顔をしているので、代わりに答える。
「たぶん、作る時間の割合なんじゃないかな」
とだけ伝える。しかしこれだけ伝えても梶にはピンときていなかったようなので、説明を加える。
「確かに枚数では2:3:6かもしれないけど、実際に一番簡単に作れるのはコースターでダイヤモンドやハコは時間がかかるでしょ?その時間の差なんじゃないかな」
原形を作る時間に関しては確かに2:3:6だが、その先の組み立てにかかる時間にはそれぞればらつきがあって当然だ。当然枚数が多いハコは一番時間がかかるだろう。
「ああ、なるほど」
この説明で納得がいったのか、梶はすっきりした表情をしている。
周りの生徒も自分が持つ考えと同じだったのだろう。こくこくと相槌を打ってくれる。また一つ有能なところを見せてしまった。
すると隣のパーテーションから声が聞こえてくる。
「あら、優ちゃん折るの綺麗ね。それに最初の頃よりも早くなってるじゃない」
「ほんと!?私、成長スピード早いからな~天才だからな~」
「そうね。えらいえらい」
という声が聞こえたと思えば、
「
「おーおーエミーちゃんよ。意外とはなんだね意外とは」
「そのままの意味よ。でもあなたが一番折るの早いわね。さすが」
という声掛けをしている。
…うーんやっぱり上手いなあ。人ごとに当たり障りは変えるが根っこは変えない、というような人との距離感が抜群に上手い。
ようするに人を乗せるのが上手いタイプ。本当に厄介だ。
それにしてもここまで声が漏れるなら俺も少し気を付けたほうがいいな。
同じ島のメンバーの作業スピードをざっと見ていたが、シンちゃんがダントツで速い。まるで内職をしている専業主婦のようなスピード感。
他にも何人か折るスピードが速い生徒に目星をつけておく。
ちなみに筒井がダントツで遅い。少し周りを見ては焦ったような素振りを見せているので静かに声をかける。
「筒井、焦んなくて大丈夫だから。落ち着け」
「嘉喜…いや、俺は落ちるわけにはいかないんだ」
そりゃあ受験がかかってればそう感じるのも無理はない。そこで魔法の言葉を授けることにする。
「筒井、作業が遅くて落ちることはまずありえない。断言するよ」
そう言うと他の生徒たちも俺たちの会話が気になったのか、耳だけ傾けてくる。
「どういうことだ?」
「午前にクレペリン検査やったろ?あれは確かに最低限の作業量は必要だけど、より求められるのは正確性。それと一緒だよ」
いまいち納得していないのか暗い表情が晴れない。
「だって『今日初めて作る折り紙を折るのが遅いから不合格です』って言われて納得できるのか?それよりかは『正確に物事を進められないので不合格です』って言われたほうがまだ納得できるだろ?」
「…たしかにそうだな」
「そういうこと。あ、ちなみにここの耳入れるところ忘れやすいから気をつけてな」
「ああ、ありがとう。嘉喜」
はにかむように筒井が笑う。
そんな笑顔見せてくんなよなまったく。ちょっとこそばゆい。
別にすべてが筒井のためを思った発言ではない。さっきの会話で一つだけどうしても入れたかったのは正確性。特に今日初めて作る連中にとって間違った作り方で何枚も量産していたら大幅なタイムロスだ。それだけは避けたかった。
みんなを注目させてミスしないように喚起することもできる。できるが、それでは効果は薄い。なぜなら『なぜそうしなければならないのか』が伝わらないからだ。漠然と「ミスしないように」と言われても「当たり前でしょ?」と言って相手にされないのが目に見えている。
まあ本当は作業が遅くて落ちる可能性もなくはないと思っているのは内緒だが。
それにしても窓際のパーテーションの奥からは声が聞こえてくるが、教室の後ろからはほとんど声が聞こえてこない。たまにぼそぼそと何かを指示するような声が聞こえてくるが、明確な内容まではつかめない。
不気味ではあるが、Cチームを相手にする必要はなさそうだ。
問題はBチーム。あの
彼女が持っている能力は相手の感情や気持ちに寄り添える力。悔しいが、俺はこの能力を持ち合わせていない。
それでも俺は感情を理で解せる。必ず寄り添う必要はない。
大切なのは共感ではなく理解。これも奏がよく使う言葉だった。
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