第18話 男の性
「それでは試験内容の説明をします」
教室全体の空気が引き締まる。ちらりと向こうの島の女社長の顔を見ると自信に満ち溢れた獲物を狙う捕食者のような目をしていた。おっかね。
「まず、試験時間は13時10分から14時10分の1時間。その間に途中退出は認められません。お手洗いに行きたい方は説明が終わった後に申し出てください。また、試験内容に関する質問は一切受け付けません」
質問がダメなのか。たいてい先生というものは生徒からの質問を喜びそうなイメージがあるせいか違和感を覚える。
「さて、今回の特別試験の内容は『折り紙』です」
折り紙か。教室全体に動揺した空気が流れる。確かに子どものお遊びのような試験内容だ。続く言葉に耳を傾ける。
「折り紙といってもただ美しい物や特別な物を作ってほしいわけではありません」
教卓の隣に置かれていた段ボールからいくつかの折り紙を取り出す。見たことのある形をしたものがいくつか見受けられる。
「まず、この平行四辺形のような形の折り紙がすべての元の形です。これらを2枚組み合わせた『コースター』、3枚組み合わせた『ダイヤモンド』、6枚組み合わせた『ハコ』を作ってもらいます」
うわ、懐かしい。確か奏と一緒に折ったことがある。さらに12枚組み合わせた『くす玉』はどうしても作れなくて、奏が作っているところをじっと見ていた記憶がある。
「まずこれらが作れないと試験が始まらないので、作り方のレクチャーを始めます」
そういうと後ろにスタンバイしていた他の試験官から各テーブルに折り紙のパックが一つずつ配られる。
俺はパックを受け取ると中の折り紙を同じ島のみんなにそれぞれ配っていく。中には何色かの折り紙がそれぞれ何枚かずつ入っていた。
俺は特に作り方には問題が無いため、周りの情報集めに意識を集中させる。
同じ島を見ていると、作ったことがありそうなやつとなさそうなやつがちょうど半々くらいだ。ちなみに筒井は作れないのか、試験官のレクチャーを一生懸命聞いていた。折り紙が折れないくらいの弱点は必要だもんな。
そう思っていたのだが、隣の女が筒井の耳に口を近づけて「
他の島の様子も見ていたが、どこも作れる人と作れない人の数は半々ぐらいのようだ。
一通りレクチャーが終わり、全員がある程度作れるようになったタイミングで試験官が再び口を開く。
「この特別試験ではチームで争ってもらいます。もちろんチームの得点もそうですが、個人としての能力もしっかりと見ているので全力で取り組むように」
個人ね。
「それでは具体的なチーム編成ですが、今の机の10名で1チームです。廊下側のチームがAチーム。窓際のチームがBチーム。そして教室後方のチームがCチームとします」
予想通り。やはり昼食からグループを分けていたのは昼食の時間自体が貴重なチーム戦略の時間だったというわけか。
「さて、ここからが具体的な得点の方式ですが、『コースター』は1個10点、『ダイヤモンド』は17点、そして『ハコ』は34点とします」
かなり変則的な得点だ。
ちなみに17はまだ分かる。群馬県民には馴染みのある数字だからな。
「そして30分経過した13時40分のタイミングで各チームにある条件を一つずつ出します」
少し強調した声に緊張感が走る。
「例えば『赤と青で作ったコースターは得点が2倍』というものや『赤、青、黄色で作ったダイヤモンドは得点が3倍』とったようなものです。このとき全チームの条件は平等なもので、全チームに反映されます」
なるほど。ただ作るだけじゃなくて得点効率も意識しなきゃいけないのか。
「また、チーム間で交渉をすることができます。交渉を申し出る場合は各チームに一人控えている試験官にどのチームと交渉したいのかを伝えてください」
交渉がありなのか。まるでモノポリーだな。
「このときの交渉は教室の中央で行います。指定を受けたチーム同士の代表者1名が交渉してください。この交渉権は1チーム2回まで指定できることとします」
「最後に注意事項です。あまりに不揃いなものは点数として認められないので注意するように。具体的には平行四辺形の足がはみ出たような形ですね。また、交渉はお互いの了承が得られればどんな交渉でも構いませんが、節度をもった内容としてください」
「最後に折り紙のパックは一人につき一パックです。時間内で十分余る量の折り紙なので、追加でパックを貰うことはできませんのであしからず」
もう説明は終わりですよ、というような雰囲気を出すと後ろに控えていた試験官がパーテーションを運び、あっという間に教室を三分割してしまった。これあれだ、上からみたらベンツのロゴマークにそっくりだ。
先ほどまで広々としていた教室があっという間に自分たちのグループだけの空間になり、教室の中央だけ僅かなスペースが残されていた。確かにこれなら交渉もしやすい。
「それでは13時10分より特別試験を開始します。お手洗いに行きたい方は近くの試験官に伝えてください」
いくつか質問したい点はあったが、禁止されているなら致し方が無い。自分のチームに集中していく。
自己紹介のときにも感じたが、ありがたいことにこのグループで俺以上にリーダー能力を持っているやつはいない。先手さえ取ればこのグループを掌握することができるだろう。そのためにはある程度使える奴だということを証明しなければならない。
ざわざわと不安に包まれた空気に口を挟む。
「まずは席がこのままだと作業しづらいから席だけいじっちゃおっか。ほら、交渉のときに覗かれても困らないようにとかさ」
軽い口調で提案する。
パーテーションは確かに置かれたが覗こうと思えば覗けてしまう。それを形だけでも防がないか、ということだ。
「具体的にどんなふうにするんだ?」
すぐに筒井が合わせてくれる。
「まず最終的に作り終わったものだけは他のチームに見せたくないから、廊下側の机の後ろを完成品を置くスペースにしよっか」
つまり机の裏の床に完成品を置いていこうぜ作戦。机上よりも机の後ろに隠せば絶対に見えない。
「あとは原形の平行四辺形を作り終わったら色ごとに分けておきたいから、誰の机にどの色を置くのかも決めちゃいたいかな」
「色ごと?」
今度は筒井の隣にいた女子が聞き返してくる。
「うん。さっきの条件のところでも言っていたけど、”色”が条件に関係してくることは間違いないと思うから」
「条件ってなんて言ってたっけ?」
「赤、青のコースターが2倍。赤、青、黄のダイヤモンドが3倍だね」
細かい情報を間髪入れずに流していく。情報は正しく正確に。そして発信する情報が正しければそれは確実に信頼につながっていく。
決して必死に制するのではなく、爽やかに制する。
俺がまずやるべきことは信頼を積み上げていくことだ。その努力を怠ってはならない。
「へえ~嘉喜くんだっけ?あれだけでよくそこまで考えられるねー」
お、名前覚えててくれたのか。てっきり筒井以外の名前は覚えられないのかと思ってたよ。
「それじゃあ、机の位置変えちゃおうか」
そう提案するとグループ全体が徐々にえっちらおっちら動き始める。どうやらつかみは上々らしい。
Bチームのパーテーションの奥からも女社長の声と机を動かす音が聞こえる。考えることはだいたい一緒のようだ。
それにしても声にハリがありすぎるせいか、話している内容まで聞こえてしまう。
「恵美子ちゃーん。机これで合ってるー?」
「
「エミーやっばい。私、今尿意が凄い」
「
……なかなか苦労しているようだ。
それにしてもバリバリ仕切って先頭を突っ走っていくだけのタイプだと勝手に思っていたが、どうやら違うらしい。
オカンのような面倒見の良さ、そして抜群の能力で周りを引っ張っていくタイプ。
そもそもBチームに関しては俺みたいにここで信頼を積み重ねる必要はなく、すでに出来上がっているものだ。この優位性はかなり脅威だろう。
そして気になっているのはCチーム。あの男子だらけのおとなしい集団の中で誰がリーダーシップをとっていくのか。昼食のときも観察していたが、ほぼといっていいほどコミュニケーションがない。パーテーションの奥からも音がほとんど聞こえないことが不気味だ。
そのことについて気になっていたことがあるため、もう一度トイレに向かいたかったがパーテーションが置かれてしまっては意味がない。残りの時間を少しでも多く信頼の積み重ねに使っていく。
時計の針が開始時刻に近づくと、先ほどのレクチャーで使った折り紙はすべて回収されて代わりに一人に一パックずつ折り紙が配られる。
同じグループのメンバーの顔を見わたすとどの生徒も不安そうな顔をしているが、シンちゃんはまっすぐ前を見つめいている。
「自信ありそうな顔してるね」
茶化すような声音で話しかける。
「まあねえ」
「へえ。なんで?」
意外な返答だったのでその真意が気になってしまう。
シンちゃんはくすりと笑うと
「だって空太郎くんと一緒でしょ?負ける気がしないよ」
とだけ言った。
それは殺し文句だろ…。
自分だけの試験だと思っていたが、願わくば一緒に合格したいと思ってしまう。
思わず同じ高校で三年間共にキャンパスライフをエンジョイしている姿を想像してしまえば、やる気の炎が燃え上がるのを感じる。
ぜってえ一緒に受かってやるわ…。
試験官が時計の針に目を向けるとちょうど試験開始を知らせるチャイムが教室に響き渡った。
「それでは試験を開始してください」
チームのメンバーの合格。シンちゃんの合格。そしてトップ合格。欲を出せばきりがないが、目指せるものが一つでもあるのであれば、それらすべてを手に入れたいと思ってしまうのは男の
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