第17話 邂逅
あの夏休みの後の出来事は奏の遺品整理で見つけた日記で初めて知ったことだ。あの後はたしか—
「—おい。聞いてるのか嘉喜」
目の前のイケメンが不満げな顔をしている。
さっき初めて名前を知った間柄なのに妙に距離感覚が近い。
時計に目をやると12時20分。昼食時間もあと30分しかない。
全員に支給された弁当とお茶を胃につめていく。
シンちゃんは俺の島の一番後ろの廊下側にちょこんと座ると、黙々と昼食をとり始めた。ここからでは表情をうかがうことはできない。
「おい、嘉喜しっかりしろよ。さっきから呆けてるぞ」
「ああ、悪い。何の話だっけ?」
シンちゃんが現れてから思考が試験どころではなくなっている。とにかく幸運にも同じ島に座ることができた。なんとか一言でもしゃべりたい。
「だから特別試験をどうするのかって話だ」
ああそうだった。おそらくこの机配置には何かしらの作為があると思っていいだろう。そのことについて意見がほしいところだった。
「なあ
周りの生徒たちにも聞こえるくらいの声量で目の前のイケメン―筒井に問いかける。おかげで俺たち以外ほぼ会話していなかった周りの生徒たちも必然的に耳を傾けることになる。
「3チーム制じゃないか?」
やはり
「ああ、俺もそう思ってる。この島で1チームだろう」
昼食が始まってからというものの女社長の島はずっと喋りっぱなしだ。ほぼ女子しかいない島なのだから盛り上がるのも当然か。一方俺たちの島の男女比は半々。筒井の近くに座った女子たちはちらちらと話したそうにしていたが、真っ先に筒井が俺に話しかけてきたせいで話すタイミングを失ってしまったようだ。ご愁傷さまです。
そして最後の教室後ろの島は男だらけ。会話が弾んでいる様子はまったくない。ちょくちょく話をしている素振りは見受けられるが、盛り上がるというよりは打ち合わせというような感じだ。
時間もあまりない。やれることをやろう。
「みんな、ちょっといい?」
教室全体ではなく、島の全員に呼びかけるような声量。
「筒井とも話合ったんだけど、おそらくこの10人で1チームだと思う。だから自己紹介だけでもしたいんだけどいいかな?」
なるべく不快感を感じないような声質とテンポ、表情で爽やかに提案する。重要なのは清潔感。
各々弁当を食べていた箸が止まりこちらを向く。
「試験が始まってから名前を確認するのはちょっと時間がもったいない気がするんだよね」
絶対にこうしようという断定よりもあくまで提案という形をとる。
あとは一人乗ってくれれば、集団というものは流されて一つになることができる。そのためには頼むぜ筒井。
「…俺も賛成。特別試験は協調性を見ているから、協力する姿を見せておいて損はしないだろ」
筒井が教室の前方で食事をとっている試験官の方をちらりとみる。
試験官はこちらの視線には気付いたようだが、気にせず食事を続けている。
「みんな、どうかな?」
周りを見ると反応は薄いが、否定という雰囲気でもなさそうだ。
「それじゃあ俺から」
軽く手を挙げて自己紹介をする。
「嘉喜です。田舎の中学で生徒会長してました。こっちの筒井とはサッカーの知り合いです。今日はよろしく」
コンパクトに、かつキーパーソンとなるであろう筒井との関係性をはっきりと伝えておけば話もつながりやすいだろう。
「それじゃあ次」
そういって筒井に目配せをする。筒井が自己紹介してくれれば、あとは時計回りで進められる。
「…
いや、それだけかい。あまり敬語に慣れていないのかたどたどしい。それなのに周りの女子の目がキラキラ輝いている。お前ら試験のやる気あるのか?
「えっと—」
次の女子が流れを読んで自己紹介をする。一度流れを作ってしまえば人は簡単に流されていくいい例だな。
自己紹介も後列の角を曲がったところで次はシンちゃんの番となる。もちろん試験は最優先だが、彼女の様子が知りたくて自己紹介を提案したという思いもある。
それにしても…大分可愛いらしく成長したもんだな。隣の男子なんか顔が赤くなっている。おいそこ代われ。
「
—ああそうだった。確かあの後、シンちゃんは奏の後輩の人の家に引き取られたんだっけ。
シンちゃんは軽く一言いい終えると、お次どうぞと言わんばかりに隣の男子を見る。だからお前照れるなよこら。
その後、自己紹介を終えると先ほどよりもグループ内での話も幾分か増えたようだ。中学生ということもあって部活動の話だと盛り上がりやすいのだろう。
筒井との会話のきっかけをつかんだ女子がこのチャンスを無駄にするわけもなく怒涛の質問ラッシュをかましている。
「ねえ、行人くんはサッカーずっとやってるの?」
「…いや、中学から始めた」
「ええ~!?それすごいじゃん!さっきの話聞いてたけど、関東大会まで行ったんでしょ?すごーい!」
「いや、嘉喜のほうが凄かった」
「あっそうなんだ~」
…このテンションの差である。まあある程度いじられるくらいのポジションのほうが動きやすいからいいけどさ。
時計を見れば12時40分。特別試験の前にトイレに行っておきたい。試験官に一言伝えてお手洗いへと向かう。
教室を出る前にちょこんと座る少女のほうへ目を向けたが、彼女から目を向けてくることはなかった。帰りでなんとか話をしたい。
他の教室をこっそりのぞきながら廊下を歩いていると—
「………?」
気のせいか。どの教室も大体似たような雰囲気ではあるもんな。よそ見をして歩いていると当然試験官に声をかけられる。
「君、お手洗いはこちらですよ」
「ああ、すみません。ありがとうございます」
眼鏡をかけた誠実そうな男性がこちらを見据えている。あまり変なことをして評価を下げるわけにはいかない。大人しくトイレへ向かおう。
用を足して教室に戻る。やばい、いざ話しかけるとなったら緊張してくる。どんな第一声が良いだろうか。そもそもあの頃とはかなり喋りというか雰囲気が変わってしまった自覚はある。あの頃のテンションで話せばいいのか、それとも今の自分らしく接していけばいいのかも分からない。
それでも一度でいいからしっかりと話をしておきたい。聞きたいことも山ほどある。
教室のドアを開けるとすぐそこには黒髪の少女が周りの話に耳を傾けていたが、一瞬こちらをみて目と目が合う。
「あ」
はっとしたような表情をする彼女。もともとぱっちりと開いた目がさらに大きくなる。
「ねえ…もしかして空太郎くん…?」
やった。覚えててくれた。しかも向こうから話しかけてくれた。こんなにうれしいことがあっていいのだろうか。
「久しぶり、シンちゃん」
五年ぶりの再会。たくさんの困難があったであろうに、今日またこうして会える日がくるとは。
「背伸びたね」
「シンちゃんはあんまり変わんないね」
「ちゃんと伸びたから!」
少しむくれる彼女。こんなやりとりも本当に久々だ。
「空太郎くんはやっぱり
「やっぱり?」
「うん。昔から頭よかったから」
はて、昔の俺がそんな賢かった記憶はない。むしろ醜態しか晒していない気がする。
「あの頃の俺、頭よかったっけ?」
「気づいてなかったんだ」
くすくすと楽しそうに笑うシンちゃん。褒められて悪い気はしないが、自覚がないことを言われると困惑する。
「それでは特別試験を開始します。皆さん着席してください」
楽しい会話は束の間、試験官からのアナウンスが教室に響き渡る。
前方を見ると先ほどの眼鏡の先生が教卓に腰を掛けていた。どうやら先ほどの試験官と特別試験の試験官は別らしい。監督するだけの試験官と評価する試験官は別ということか。
「空太郎くん、試験頑張ろうね」
「ああ」
まだまだ話足りない。この試験が終わったらそれこそ会う機会があるのかも分からない。急いで周りには届かない声で静かに伝える。
「ねえ電話番号教えてもらっていい?」
「…えっ今?書くものないから後にしない?」
確かに筆記用具を含めた自身の所持品は先の講堂に置いてきておる。
「一回言ってもらえれば覚えられるから」
少しびっくりした様子のシンちゃんだったが、11桁の番号を教えてくれる。
頭の中で二回ほど反芻する。よし、覚えた。
「やっぱり頭いいんだね」
去り際にそんなことを言われる。単純に記憶力の問題だから頭の良し悪しとは関係ないのだが、褒められるとやっぱりうれしい。
「試験終わったら連絡するから」
そう言って自分の席に向かう。
昼飯中に電話番号の一つでもゲットしようと冗談ながらに思っていたけど、見事目標を達成していた。
「それでは特別試験の試験内容を説明します」
ああ、最後の試験だ。これで決まる。脳を試験モードに切り替える。
必ず勝ちたい。
自分の目標のために。
そして奏のために。
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