エピローグ『Devil's Sea(魔の海)』
傾きかけた陽は海を黄金に輝かせ、無限に続く砂浜は砂漠を思わせる。
寄せては返す白波が二人の足跡を消していく。
照りつける太陽の下、少女は弟の手を引いて歩き続けた。
「ねえ、お姉ちゃん。どこまで行くの……」
「……」
くたびれたのか、弟は立ち止まり少女を見上げた。
少女は弟の質問には答えず、かわりにその柔らかな金髪を撫でた。
少女は上品なドレスを纏い、弟は煌びやかな宮廷服を着ている。
しかし……。
二人とも靴を履いておらず、素足だった。
「ねえ!! お姉ちゃん!! あれ見て!! 」
弟が水平線の彼方を指さした。
遠く、沖合では空の一部が金色に光り輝いて見える。青い空に亀裂が走り、まるでそこだけ入り日を迎えている様だ。
「あれはね……」
少女は優しい口調で語り始めた。
「あれは……空が避けて『レストレス・ドラゴン』が顔を出しているの」
「レストレス・ドラゴン?」
「そう。せわしない翼竜って言って……。晴天に見えるけど、あの空の下だけ暴風雨が吹き荒れているの」
「……怖いね」
「そうね。でも、レストレス・ドラゴンは異国の侵入からわたしたちの国を守ってくれる……だから、それは守護神でもあるのよ」
「そうなんだ……」
少女は弟に全てを教えなかった。
『レストレス・ドラゴン』の予兆……それはこの国に災いがやって来る前触れでも有るのだ。
「ボク……そのドラゴンを見てみたいな。ボクたちの国を守ってくれてるなら、会ってちゃんとお礼を言わなきゃ」
弟はきらきらと輝く瞳で少女を見上げた。それはもしかすると、少女に感心されるのを期待した眼差しだったかもしれない。
「……」
少女は少し沈黙した後、繋いでいた手を放した。そして、今度はその両手で弟の頸を掴んだ。
少女の顔に逡巡と恐怖の影が差す。
「お姉ちゃん?」
不思議そうに見つめる弟に姉の手は震えた。
弟の白く細い頸からその体温と鼓動が伝わり、どうしても力を籠めることが出来ない。
「お姉ちゃん……」
再び弟の声がすると、少女はハッと我に返り、弟の頸から両手を放した。
その時。
突如、砂丘の向こう側で馬の嘶く音が聞こえた。
少女は慌てて弟の手を握り砂丘を見つめた。
間もなく。
砂丘には牙旗が靡き騎馬の一団が現れた。
少女はなお一層、強く弟の手を握った。しかし、その顔にはどこか諦めが浮かぶ。
ド、ド、ド。
騎馬隊は地鳴りを響かせて疾駆して来る。騎馬隊はこの国の近衛師団の甲冑に身を包んでおり、やがて少女と弟の前まで来ると、騎馬隊は一斉に馬から降りた。
「皇女さま、皇弟さま、こちらに御座しましたか。随分と探しましたぞ」
隊長と思われる男が、少女と弟の前に傅いた。
「もうすぐ『長老会議』が始まります。お戻り下さい」
隊長はその屈強な身体を屈めて騎馬に乗るように促した。
「うん!! 」
弟は騎馬に乗るのが嬉しいのか、顔をほころばせた。弟の乗馬を支えていた隊長は振り返りながら、「さあ、皇女さまもお早く」と催促する。
「ええ……」
少女は答えながらもう一度だけ海の彼方を見た。
彼方では相変わらず空の一部が裂け、黄金に光り輝いている。きっとレストレス・ドラゴンが、その凶暴な牙を剥いて怒り狂っているのだろう。
潮風に目を細めると、少女の口の端が小さく動いた。
「嵐よ吹き荒れろ。『レストレス・ドラゴン』よ、願わくばその猛き狂風でこの国を滅ぼしてしまえ」
それは自身の運命とこの国を呪う偽らざる言葉だった。
呟くと少女はその身を翻した。
そして……。
騎馬へと向かう少女の頸元には、髑髏の装飾が施されたネックレスが揺れていた。
To Be Continued...
Nothing But Requiem 背眼の魔女 Nothing But Requiem @NothingButRequiem
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