うたかたの夢

 

「眠たい」


 睡眠時間を削ってゲームのシナリオを書く。

 締切にはまだ少し猶予があるがどうせダメ出しと修正の嵐で納期ギリギリになるんだ。今から踏ん張らないとね。


「佐藤先輩、また泊まるつもりですか?そんなんじゃ体持ちませんって」


「田中……そんな甘い事言ってたらこの会社じゃ長持ちしないぞ!」


「うわっ、出たよ社畜理論www」


 ケタケタ笑う後輩に注意をするが、田中は用事を思い出しました!とか言ってさっさと帰った。

 鳴り物入り来た新人だけど、あの態度じゃ駄目だな。クリエイターとしての腕は確かだけど。

 何年も下積み時代を過ごしてやっと任された開発主任としての初仕事。それを絶対に成功させることこそが今の僕の仕事だ。


 RPGとか恋愛疑似体験できるギャルゲーの製作もしたかったけど、現在作っているのは乙女ゲームと呼ばれるジャンル。乙女じゃないおじさんが作るのはどうなの?と思う。

 彼女いない歴が年齢だけど問題ないよね?

 一部では泥舟だのと言われてるけど、必ずヒットさせてやるんだ。


「できた……これぞ完璧なヒロインだ」


 ヒロインの名前はリリア・ルルリア。大きな目、おっぱい、ピンクのふわふわした髪!

 僕の好きな女の子要素を固めたようなキャラクターだ。一人称はリリア。あざとい感じはするけど、男子にモテるのはこういうタイプなんだよ。

 間違っても何でも完璧にこなすキャリアウーマンみたいな女じゃない。


「乙女ゲームのハッピーエンドは素敵な男性との結婚。……だったら結婚願望が強くて将来の夢はお姫様とかがいいよね!」


 パソコンに色々な情報、もとい設定を追加していく。

 猫より犬派とか、ルートによっては女優になれるくらい演技力があるとか。

 プレイヤーが操作するはずなのに主人公にどんどん属性を与える。

 相手役となる男性キャラはそれなりの数を用意しないといけないので、田中や他のスタッフにも割り振っている。一番人気になるであろう王子も大まかな設定は用意しているが、細かい所は田中に任せるか。早上がりした罰に仕事を増やしてやる。


「この女優ルートの相手役の名前はどうするかな?和風っぽいのがいいけど……とりあえずサトウタナカスズキ……って日本で多い名字のランキングかよ」


 いかんいかん。寝不足プラス深夜テンションで頭が回らなくなってきた。

 リリアの詳しいスリーサイズとか考えてる暇あるなら

 についても設定考えないと。


「ステラ・レオハート……」


 リリアの対極に存在し、このゲームの敵役、当て馬、やられ役として登場するキャラクターだ。

 当然、容姿や頭の良さはトップクラス。最初はリリアじゃ到底かなわないくらい理不尽なスペックだ。

 でも、だからこそザマァとリリアに言われた時に爽快感が増すだろう。

 偉そうに正論を振りかざしたり、上から目線で文句しか言わない上司への恨みも少し込めて。

 平民出身の主人公とは違い、大貴族の一人娘で甘やかされて育つ。

 くっくっくっ。このキャラが泣き崩れて「覚えてなさいよ〜」という展開が楽しみで仕方ない。


 いつの間にか気づけばリリア以上にステラの設定が増えた。次回作に使えそうな設定とかも考えて。

 父親のドランプなんてラスボスみたいに怖い顔になってる。……これは見るからに悪役だ。


「まだまだ分岐ルートやリリアを支える脇役達も作らないとなぁ」


 シナリオは進まないのにキャラ設定だけ細かく考えるのが僕の悪いクセだ。

 ゲームボリューム的に回収できないのもあるけど、それは僕だけが知ってる隠し設定や裏話ってことにしておこう。






 そして、ゲームが完成した。

 一週間以上の徹夜をし、血反吐を吐くような思いで完成させた。

 納期がギリギリだったせいでキャラクターのイラストを依頼していたSUZUKIさんには迷惑をかけてしまった。

『本当に主人公のドレスこれでよかったんですよね?』って確認されたけど、何か問題あったんだろうか。ドレスは製作初日に依頼したんだけどな。

 ステラのドレスは似合う物を考えるのに直前まで悩んだ。最後に出来上がったんだよあの衣装。


「田中、今日は僕の奢りで焼肉に行こうじゃないか」


「いいですね!ケチな佐藤先輩にしては珍しいっすけど」


「一言余計だよお前!」


 開発スタッフと一緒に食べた焼肉の味を僕は一生忘れないだろう。

 自分が主導で開発したゲームだ。自身はあまりないけどまずまずの売り上げで次に活かせればいい。

 大きな失敗さえなければ、





【今年の糞ゲーを受賞したのはこちら、『平民少女の下克上』です】



 どうしてこうなった。

 あまり注目されてなかったゲームだったけど、ネットで少し話題になっていると聞いたのでエゴサーチしてみたら、ネットニュースにその記事は載っていた。

 詳しく調べていくと、

『悪役ステラが強すぎて攻略できない』

『自分の分身の主人公がぶりっ子過ぎて生理的に無理』

『一部サブルートは面白いが、メインルートのシナリオがつまらない』

『一番盛り上がるダンスパーティーであのドレスはないでしょ』

『ドレスが敗因』

『あの服は無いわ』

『悪役令嬢のドレスの方がマシ』


 まだまだあるが、途中で僕はノートパソコンの画面を閉じた。

 これ以上は見る気になれなかった。


「………あーあ、終わったな僕の人生」


「落ち込まないで下さいよ佐藤先輩。逆にこれはチャンスかもしれないですよ。糞ゲーだとしても世間から注目されれば売り上げだって伸びますって」


「そして実況者達におもちゃにされるんだ……既に僕のSNSアカウントにダメ出しや改善点のコメントが滝のように」


「あちゃー……結局宣伝してましたもんね。俺は結構いい線いってると思ったんですけどね」


「どの辺が?」


「悪役令嬢に魅力ありましたし、主人公も今までにないタイプで男性受けすると思いました」


「女性向けなんだよなぁ」


 製作中は考えもしなかった問題点が山ほどある。

 笑いを狙った作品じゃなくてかなりシリアスメインにしてたからこそダメージが大きい。


「社長にも呼び出しされてるし、開発主任降ろされるだろうな」


「あー、うちの会社評判とか結構気にしてますもんね」


「クビにでもなったら後は任せたぞ田中」


「ネガティブ過ぎですよ先輩。もう今日は帰って明日から切り替えましょ?発売後もあんまり寝てないんですから」


「……そうだな」


 悪い事ばかり考えてしまう。

 もっと僕に才能があれば……と考えながら帰路につく

 。

 家に戻っても誰もいない。家族は幼い頃にバラバラになったし、高校で不登校になって以降は一緒に暮らしていた父親とも不仲になった。

 家族の温もりというのがよくわからない。だから、リリアの家族については設定しなかったし、ステラの方も片親だけになっている。


 こんな時に暖かい家族がいれば僕を励ましてくれただろうか?


 今は関係ないか。

 明日、社長と話をして次回作こそ挽回しますって伝えよう。

 このまま諦めてたまるもんか!



 そして僕は暴走してきた車に轢かれた。











「起きないアイン」


 ゆさゆさと体を揺すられて目が覚める。


「あれ?車は?糞ゲーは?」


「何を寝ボケたことを言っているの?さっさと準備しなさい。遅刻なんてお姉ちゃんは許さないわよ」


 目の前で姉様が仁王立ちしている。

 それと、頭にゴワゴワした違和感。カツラがズレそうでマズい。


「わかったよ。急いで着替えるから部屋の外に出てて。オヤジは?」


「お父様はもう食事を済ませて登城しているわ。今日の朝食は私が作ったからさっさと食べてちょうだい」


「やったね。姉様の料理は大好きだから嬉しいよ」


「もう、そんなに褒めても何も出ないわよ」


 そう笑いながら姉様が部屋から出ていった。

 身内贔屓かもしれないけど、姉様はやっぱり可愛いなぁ。

 それにしても嫌な夢だった。あの頃のことは黒歴史みたいなもんだから。


 アインになって家族ができた。オヤジは血の繋がらない僕を不器用ながら育ててくれるし、姉様はことあるごとに僕に優しくしてくれる。


 いずれこの家は取り潰しになる。

 姉様はザマァされて泣き崩れるし、オヤジは最悪死刑になる可能性がある。


 そんなことはさせない。

 僕が必ず守ってみせる。このゲームを作り出したことには意味があったんだ。


 糞ゲーなんて言わせない、悪役令嬢が大逆転する感動的なENDを作ってやるんだ。



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異世界に行ったら、悪役令嬢の弟になりました。全力で回避せねば! 天笠すいとん @re_kapi-bara

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