そして彼は魔剣の王となる

しゅら犬

第1話 魔剣の王の始まりと終わり

 両軍がぶつかり、血と糞尿が大地を濡らしていた。

 怒号/悲鳴/剣戟――様々な音が空気を震わしていた。

「――――」

 その中を一騎がかける。

 重厚な鎧と剣を佩き、ハルバードですれ違いざまに敵を倒しながら進む。

 人の波を圧倒的な暴力で制圧していく。雑兵などは相手にならなかった。

 彼は王だった。

 王たる者が一騎がけなど狂気の沙汰だが、しかしながらそれは常識がある軍だからこそだ。

 彼が治めたのは見捨てられた土地。

 外からは蛮族と呼ばれる者を率いているのだ。

 武力とそれを振るえる胆力。

 容赦のなさがなければ、生きられぬ世界の住人――それを納めるとなるならば、王もそれ相応の力と覚悟を示す必要があった。

 それを表す事実として彼が先へ先へと進むにつれて部隊は鼓舞されている。

 自身の背後を影の様に付き添う親衛隊の部隊を引き連れながら、彼は先へ先へと進む。

 それは人を文字通り割進み、道を自らで作りだす。

 背後から来る親衛隊の部隊は、怯んだままの敵を倒しながら王へと続いた。

 戦争——一国と一国の争いだった。

 本来ならば部隊同士があたり、それを元に被害を計算して引くか引かないかを選ぶ必要かあったが、既に背水の陣である。

 ここをまもらなくては、後に待っているのは略奪だろうか。

「王! 前に!」

 背後の一人の部下が叫んだ。

 それに声を返さずに、ただ軍馬を先に進めることで応える。

 視線の先にいるのは自身と同じ、王の姿。

「やっとだな」

 壮絶な笑みを浮かべて、彼は馬を走らせた。


   ■

 

 ――かつて魔人と呼ばれてる存在がいた。

 突如として現れたそれらは、化け物を率いて国を荒らしていった。

 それはどういう理由から現れたのか、果たして何処から現れたのかは解らない。

 魔人戦争と呼ばれてた始まりであり、現在この地を忌避する原因でもある。

 そしてそれは生き残った小国と在野の勇者――もっともその多くは既に故人であるが――によって倒された。

 しかしその魔人と呼ばれた者がいなくなった後に残ったのは荒れた土地と、残った資源を貪ろうとする国の戦いだった。


   ■


「……やっとか」

 戦場を軍馬でたどり着いた先にいたのはかつての友の姿であった。

 幾分か老けてはいるが、けして覇気は失っていない。

 隣に寄り添うのは昔の顔ぶれだ。彼らとは死線を共に潜り抜けた間柄だった。

 しかしながらその関係はもう終わった関係だ。剣を向ける間柄であり、道はもう交わらない。

 彼が求めていたと同じように相手もそうだったのか、こちらを見つけると軍馬がとまる。

「久しぶりだな」

「本当に」

 距離を保ち、声をかける。

 双眸が交わる。

 鋭い視線だ。隣にいる彼女は友の顔を気遣う様子で見ていた。

「……あれからの活躍はこちらまで届いていましたよ」

「ふん。貴様もどうやらうまくやったようじゃないか」

 口の端を上げて、挑発するように彼は言った。

 それに対して「その口ぶり、変わりませんね」と苦笑しながら友は言った。

「聞きたいのですが――彼女はやはり」

「――死んださ。あの時に」

「そうですか」眉を落として彼は「だからですか」

 そう――彼女は死んだ。

 もういない。ここには。

 だから。

 だからこそ――

「俺はとまらんぞ。俺は約束をした。たとえお前が相手だろうとも叩き潰す」

 金属がこすれる音がする。

 ハルバートを構え、彼は手綱を今一度握り返す。

 彼にとってここは通過点にすぎなかった。目指す場所はもっと先だ。

 たとえその途中にかつての友がいたとしても、それを理由に歩みを止める理由にはならない。その結果が殺す事になったとしても。

「……ここまで来て貴方を止めようとは思いません」

 言葉と共に、相手も武器を――こちらもハルバードであった――構える。

 伏せていた顔を上げ、こちらを視線が射抜いた。

 その眼には強い意志を感じさせた。譲れない想いがあるのは向こうも同じである。

 それに自然と口端が上がる。

 ――そうでなくてはならない。

 たとえ友であったとしても、今は敵である。だというのにやる気がない輩では戦いではない。

「それでいい――さぁ」

 相手を殺すつもりで視線を飛ばす。

 自身の裏ではそれぞれが武器を構える音が聞こえてきた。

 それに呼応するように、友とその仲間が武器を構えだす。

「行くぞ! 我々の強さを魅せるのだ! Raaaaaaaa――!」

 声に続き、背後から呼応し声が上がる。

 怒号のような声が空気を揺らす。

 それは視線の先からも同じだ。

 こちらに向かって声が上がっている。

「――!」

「――!」

 ハルバードが、かち合う。

 火花と甲高い音が鳴り、体に重い振動が走る。

 体と馬を操作し衝撃を逃がしながら、再度の振り。

 切り上げ/切り払い/横なぎ/――それらを馬を走らせながら振るう。

 だがそれが通る事がない。

 弾かれ逸らされる。

 こちらも同様だった。横に走った馬上から放たれる攻撃を受けるつもりはない。

「やりますね……!」

「貴様こそ……!」

 刃を交えながらも、賞賛の言葉送る。

 共にあの死線をかいくぐった仲だった。あの戦いから数年離れているとはいえ、その事は忘れていない。やはりという思いがある。

 あの時は背を任せられると思っていたが――こうして相対してやはり巧いと感じる。

「ッ――――!」

 ふいに外からの爆撃――それによって馬頭が上がった瞬間を見て、それを狙う。

 しかしそれは相手からしても分かる事である。

 そこに差し込まれるハルバード。

 抑えられた武器を引き、今度は相手の顔へと水平にした突きを放つ。それを今度は状態をそらした事で相手は避ける。

「貴様……!」

 そして下から浮き上がる様に投げたハルバードが――それは魔術で強化されたが故の芸当――こちらの馬へと刺さる。

「ちぃ――だが!」

 崩れ落ちる馬を捨て、ハルバードを相手の馬へとこちらも投げる。そして地に転がる様に身を投げる。

 そこに隙とみたのか矢が流れてくるが、なにも強化されているのは何も相手だけではない。

 魔人の技術はこちらも得ている。

 強化された聴覚の音を聞き分け、体を転がして避けて、体を起こしながら迫ってきた矢をつかみ取る。

「また、往生際が悪いですね」

「貴様がいうな」言いながら剣を抜く。「この腹グロが」

「言いましたね」相手も剣を抜く。「考えなしのくせに」

 踏み込み――双方が交わった。


   ■


 最近良くみる夢がある。

 それはかつての光景であり、まだ王ではなかったころの光景だった。

 まだ魔人とよばれた者がいなく、ただの村の一人であった頃である。

 そこにあるのはまだ平和な光景だった。まだ村は焼かれておらず、皆が笑っていた。

「まだ――――」

 だが失った永遠に光景だ。

 手を伸ばした所で手に入らない。

 一歩足を踏み入れる――視点が変わる。

 燃える家。

 焼かれた肉の匂い。

 そこらから聞こえる悲鳴と化け物の声。

「――――」

 伸ばした手を握りしめる。

 ――――そうだ。まだだ。

 忘れてない。

 まだ――――


 

 村を焼かれ、あちこちを点々として生きてきた。

 脳裏には未だにあの時の光景がこびりついている。

 憤怒と増悪。それが自分を生かしていた。

 だからこそ――魔人への討伐の募集に飛びついた。

 各地を回り、怪物を倒し、腕を上げた。

 既にあの時から五年は経っている。しかしながら未だに現状は良くなっていない。

 国も疲弊している。

 軍は被害の規模が大きすぎて末端までは回らない。

 かといって国から人を離せば、そもそも瓦解する可能性の方が高い。

 故にこそ在野に住まうものを集めたといったところだろう。

 周りを観れば、見知った顔もいる。

 中には有名な傭兵団も存在していた。

 ――だが自分にとってはそんなことはどうでもいい話だった。

 ただこの内に燻るものを晴らせれば良かった。

 それだけ……それだけだった筈なのに。

「あなた一人?」

 ふと――声が掛けられた。

 振り向けばかつての仲間の一人の顔。

 そうだ。これが始まり。

 これが俺の――


   ■


 白昼夢。

 相手の剣を弾き、すぐさま体制を立て直す。

 ――やはり強い。

 あの戦いを生き抜いただけはある。

 正規の訓練で鍛え抜かれた技はまっすぐな大樹の様に、正道を行く強さだ。

 生半可な力では倒すことはできやしない。

「ああそうだ。そうでなくては――」

 ――意味がない。

 剣を合わせれば分かる。

 王となった身ではあるが、戦士としての矜持を失ったつもりはなかった。

 鍛錬につぐ鍛錬のすえに鍛え抜かれたまっすぐな剣筋だ。

 対し――こちらはそんな奇麗なものではない。

 戦いという戦いで作られたツギハギだらけの不格好な代物。

 ただ一点。相手を殺すためだけに鍛えてきたそれだ。

「戦いの最中に考え事とはらしくないですね」

「貴様に言われるとはな」

 離れ、剣を構える。

 対面する双眸がこちらを射抜く。

「――――!」

 余裕は、ない。

 既にこの体は、限界にきている。それは分かっている。

 ギチギチと体が悲鳴をあげる。

 かつて隣にいた、彼女はいない。

 対して――相手の後方にはかつて見た相手の仲間がいた。

 それを見て、脳裏にかつての光景が浮かぶ。

 ――まだだ! まだ終わっていない!

「おおおおおお!」

 咆哮/振り下ろす。

 約束をした。この背中には彼女達の望みを背負っている。

 もういないけど――だからこそ、ここで歩みを止めるのだけは許されない。

「そんな体で、勝てるものか!」

「それでも――!」

  

   ■


 一瞬の出来事だった。

 現地の住民の助けを借り倒したすえの帰還を狙った襲撃だ。

 見えるのは騎士の姿――途中で戦いを降りた人間達だ。 

 囲まれ、火を放たれる。

 疲弊した意識。その隙を突かれた。

 そしてそれに気が付いたのが彼女だった。

 あとはそれ程おかしなことではない。

 仲間とちりじりになり、それでも彼女を助けようとして、現地の住民に匿われ――そこで彼女は息を引き取った。

 ――何故だ。

 何故こうなるのだ。

 やっと終わったのだ。これから……ここから始める筈だったのに


 ――いつの日かまたあの時の暮らしがしたいな。 


 生き残るべきは彼女だった。

 自分ではない。憎しみに身を焦がし、先に進むことを選んだ人間だ。

 平和を求めて歩いた人間がこそが生き残るべきだったのに。

「――約束をしたからな」

 もうあの時の仲間は少ない。

 だが彼らが生きていたのは知っている。彼ら全ての想いを全て知っている訳ではな無かったが――生きていた事そのものを嘘にするのだけはごめんだ。

 傍らにある剣を手に取る。

 魔剣と呼ばれるものだった。敵の一人から奪ったものであり、斬った相手の活力を奪い、自分の力とする武器だ。

 これを使う事はもう無いだろうと思っていた。

 必要がなかった筈だった。

 ――それを使い続けてはならない。

 襲撃ではぐれた仲間の言葉が脳裏に浮かぶ。

 人の手に余る武器を使い続けた先にあるのは破滅であり、まともな死に方ではないと忠告は受けていた。

「――だからどうした」

 柄を強く握る。これを使い続けた先に何があるのかなんて知らなかった。そんな事はどうでも良かった。自分の最後がまともな最後になるなんて初めから期待していない。

 むしろそれで結果を得られるならば幾らでも無残な最期になればいい。

「全部やるよ。お前にくれてやる。だから俺に力をよこせ」

 握った魔剣から活力が流れる。疲弊した体に力が戻る。

 ――外からは怒号と悲鳴が聞こえてきている。

 傭兵か、あるいは自分たちを襲ってきた人間の一味か。

 だがその人間がどこの誰だっていい。もうそれは関係がない。

「邪魔だ……!」

 ――目の前に見える騎士にかつての仲間の剣を投げる。

「先ずはお前たちが剣の錆になれ!」 

   

   ■


 ――それは再現に近かった。

 魔術で作られた火球が複数せまる。

 いつの間にか馬を降りた、部下へ。

「馬鹿が――」

 気が付けば自分の身体が動いている。限界まで酷使した体を動かす。余裕がない動きで突き飛ばす。自分を守る時間は、ない。

 部下の驚きの顔が端にみえる。

 幾つのもの熱と身体が焼かれる痛み。

「――ッ!」

 馬鹿だなと思う。

 ここで必要なのは己が生き残る事だったはずだ。

「ぐうぅぅ……!」

 ――これは助からない。

 自分で良く分かった。体には力が入らない。たとえ魔剣をもってしても終わる命を助ける事はできない。

「王! 王! 何故……!」

「……生きているか。そうか」

 笑えているだろうか。顔が動いているかどうかす分からなかった。

 けれど――

「助かったなら、それでいい」

 何処かで納得している自分がいる。

 王としては失格だった。もっとも生き残らなければならないのは自分自身であり、あの場面では身を挺して助けるのは愚行だ。

 ガチガチと歯がかみ合わない。手と足が言う事を聞かない。

「こ、これが終わりか」

 だが――それでも自分は王なのだ。

 無様な最期をみせる訳にはいかないのだ。

 たとえ周辺の国からしてみたら蛮族であろうとも――自国の人間にとっては誇れる王でなくてはならない。

 膝をつくのだけは許されない。

 荒い息を立てながら、剣を杖にして周りをみる。

 少し離れた場所に友がいて――その裏にはけして忘れぬと誓った仇の顔が、下卑た表情をしてこちらを見ていた。

「馬鹿が……殺さなかったのか」

「……あれでも、王位継承権を持つものなのです」

「そうか……」ぐっと体を起こす「……友よ」

「なんですか?」

「彼らに平和を作ってあげてくれ」

「それは……」

「元は捨てた人間の責任だ。あの時を忘れた訳ではないだろう」 

「…………」

 厚かましい願いだった。今まで戦っていた相手が頼む事ではない。

 しかし同時に彼には、こいつならば叶えてくれるだろうという信頼もあった。

「頼む……お前だって分かってる筈だ」

「ええ……分かりました」


 ――この言葉が聞けただけでもういい。

 後はもう、本当に憂いなく、全力を出すことができる。

 魔剣――活力を奪う剣。

 これは切った相手の活力を自分へともたらす、魔人の武器である。

 あの戦いから魔術は幾らか使えるようになったが、いまだにこの魔剣がどういう原理なのは分からない。

 それでも使っていて分かっている事があった。

 それは魔剣と使用者は何処か深い場所で繋がっているということであり、同時に魔剣には意志に近い何かがあるという事だった。

 ――俺の最後の一滴を使えば。


「そうか……なら、お前ができないない事を……俺が連れて行ってやるよ」

「まさか! やめ――!」


 ――最後の一滴。本当の最後だ。

 それを剣に託し、下卑た顔をしたやつへと投擲をする。

 本来ならばそのまま失速するそれは――見事に奴の胸に刺さった。


「……後は、頼んだぞ」

「ええ……」


 身体がサラサラと砂の様に崩れていく。

 使いすぎるとこうなるのかと脳裏に浮かべながら、視界の端で泣き崩れる部下の姿を見て、彼は少し悪い事をしたと思った。

 思ったが――同時に悪い終わりではない。

 むしろ自分が想像していた終わり方よりも随分とマシな終わり方だった。

「王、わ、私は……私は……!」

 あの村から彼女は、今までよくついて来てくれたと思う。

 ただの村娘だった彼女を、こんな場所まで連れてきてしまった。

 感謝しかない。だから余計なのか。こうして庇ってしまったのは。

 

「強くはなったが、あの村から泣き虫は変わらないなぁ。……ありがとうな。後は頼む」

 

   ■


 ――何故と彼は思った。

 自分はそれ相応の行いはしてきたし、非難を受けるべき存在だ。

 故に死後はけして楽園などではなく、待つのは地獄だろうと。

 だがそれも必要だと思ってやった事だ。屍を積み上げて、たどり着く。それを選んだのだ。

 だからそれはそれでいいし、そうであるべきだった。

 だというのにこれは――


 ――お疲れ様。


 彼女がいる。


 ――なんで。


 そっと手を握られる。

 その手は小さく、そして温かい。


 ――行きましょう。

 ――それは、でも。

 ――みんな、待ってるから。


 声が、聞こえる。

 その声はかつて失った声だ。

 村を失った。

 戦友を失った。

 そして彼女を失った。

 だがここにはその失った者がいた。


 ――そうか。

 ――うん。

 ――もう、良いのか?

 ――うん。

 ――でも俺は……約束を。

 ――知ってるから。

 ――けれど。

 ――全部、知ってるから。

 ――お、俺は……。

 ――いいの。だから行きましょう。


 そっと彼女に手を引かれて歩いていく。

 もう手に入らないと思っていた光景だった。

 もう二度と会えないと思っていた。

 それが……目の前にあった。 

 

 ――おかえりなさい。

 

   ■


 魔剣と呼ばれる武器がある。

 かつてあった魔人との戦争で敵から奪った剣を元にした武器であり、意志のある武器であり、使い手を選ぶ武器である。

 現在でも魔剣使いは数が少ない。

 それはひとえに魔剣に認められるのが単純に難しいからだ。

 ――かつてそれを使った王がいた。

 現在まで魔剣と呼ばれる武器の原型を使った初めての人間である。

 故に現在では彼はこう言われる。


 ――魔剣の王と。

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