天使の死体を見つけた話

@azuma123

第1話

 暇だたったため廃墟探索をしていたところ、ボロボロの室内で天使の死体を見つけた。背負った羽は根本からぼきりと折れ、あられもない方向に曲がっているが血はでていない。おそらく骨が主体なのだろう。髪の毛はブロンドのそれである。部屋のすみにうつ伏せで倒れているため、どのような顔をしているのか見ることはできない。さすがに死体をひっくり返してみようなんて気にもならないが、後ろ姿は美人な女である。頭の数センチ上にどす黒く濁った輪が浮遊している。いわゆる天使の輪であろう。どのように浮遊しているのか皆目見当がつかないが、絵画でよく見るような、金色に光っているようなものではない。死んでいるからだろう。

 どうしたもんかねとわたしは考え込んでしまった。人間の死体であれば救急車か警察である。動物なら保健所か。では、天使はどこに連絡するのが正解なのか。持っていた携帯電話を開いてインターネットで検索してみようとするも、圏外である。いったん電波の入るところまで戻ろうかと踵を返したところ、わたしの背後で声が聞こえた。

「殺したんですか」

「いや、」わたしは振り返る。「いや、わたしがここに来たときにはすでに死んでいたんだ」振り返った先にはわたしより一回りほどは若いだろう男性が立っていた。

「それ、天使ですか」彼は矢継ぎ早にわたしに質問する。

「羽も輪もあるし、おそらく天使だろう」

「ははあ」彼は天使の死体に近づき、まじまじとそれを観察しはじめた。一糸まとわぬその姿に興奮したのか彼は股間を隆起させ始め、ごまかすように前屈みになりどす黒く濁った輪を指先で突っついたりしている。「これ、素材はなんでしょうね」

「さあ」わたしは答える。「なぜ浮いているのかすらわからない。下手に触らないほうがいいぜ」

「たしかに」彼はわたしに向き直って、「いやしかし、いい女ですねえ」と舌舐めずりをする。顔を見ないことにはなんとも断言できないと思い黙っていると、彼はまた話し出す。「ああ、今あなた、「顔を見ないとなんともいえない」って思いましたね。そりゃあそうだ、じゃ、顔を見ましょう」そう言ってわたしの返事も待たず、自分の足の甲を死体の左肩の下に差し込み、そのまま持ち上げた。左肩が持ち上がり、死体は右肩を支点にくるりとひっくり返る。その顔はお世辞にも美しいとはいえないものだった。

 美しくない天使もいるものだと思った。わたしが今まで絵画などで見た天使は、どの作品でも美しいものだった。まあ、美しい美しくないは主観でしかなくその人や時代、環境によっても変わるものであるから、一概にこの天使を不細工だと言えるわけでもあるまい。死体をひっくり返した張本人の彼は、「不細工ですね」と肩を落とし陰部を萎ませた。「こんな天使を使っているなんて、神様って女の趣味悪いんでしょうね」

「それは違う!」突然、離れた場所から叫ぶ声がした。彼のほうを見ると、突然の声に驚いた顔をしている。声のしたほうを見るも、誰もいる様子はない。不思議に思ったわたしと彼が見つめあっていると、天使の死体の隣に、ぼんやりと神が現れた。

「断じて、私の女の趣味は悪くないのだ」神はひどく悔しそうな顔をしており、両手を握りしめ震えながら話し続けた。「こいつはたしかにこの私が一ヶ月ほど前に雇った天使であるが、天界にきた当初はなんて美しいのだと心が震えたものだ。しかし、徐々に、時を経るごとに、「あれえ、こいつはこんな顔だったかナ」と思うことが増えてきた。そして本日、こいつは寝坊をしただかなんだかで、このような顔を晒して私の前に立ちやがった。もはや誰だかわからぬ。発する声からこの天使だと察したとき、わたしは咄嗟に堕天させてしまった。本来であれば地獄まで落とさねばならんのだが、咄嗟のことだったので地上に落としてしまった」神は深く息を吐き、死体の隣に膝をついた。「なにも殺そうと思ったわけではない」

「いや、この顔なら死んだほうがマシですよ」彼の話を黙って聞いていた彼が口を開いた。「僕もいじめられて不登校になりましたし、まともな職にもつけませんでした。友人も恋人もいないし、整形にはかなりのお金がかかるっていうし。多分これから生きていてもいいことないなってんで、自殺したんですよね。そこで」

 なるほど、彼の指す方向には彼の身体がぶら下がっていた。「そうだ。天使が一人不足したから、私が直々に地上へ迎えにくるハメになったのだ。さ、天界へ行くぞ」

 神と彼が去り、その場にはわたし以外に天使と彼の死体が残った。わたしは携帯電話を取り出し、とにかく電波の入るところまで戻ろうと、その場を後にした。

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