終章 別れられそうにない

結婚の約束をしていた、どころじゃない

「あの島での暮らし……いったい何だったんだ? 今でもわからねー」

 ミハルとホタルは、もはや学校公認のでこぼこカップルだった。スクールカーストには興味のないホタルだが、ルリの絶妙なマネジメントのおかげで、学校の中では「かなり変わった非現実的な美少女」というきわめて不可解なポジションに定着しつつあった。「アタマノオカシイ美少女」よりはそれでもマシだ。

 ミハルは、ホタルと一緒に下校していた。いつものように、ホタルはミハルを寮まで送り届けるつもりだ。こうして二人で並んでいると、ホタルがお嬢様、ミハルが従者にしか見えない。

 ミハルは、大量の情報の流入によって、図書館員遥子がどのような存在なのかもだいたい感知できるようになっていたが、それでも、子どものころにホタルと過ごした不思議な年月の説明がつかなかった。

「わたしとミハルは、確かに何年か一緒に暮らしましたよ。同棲ってやつです」

 ホタルはそう言って顔を赤らめた。

 小学生で同棲。ミハルは、その字面のインパクトを想像した。

「あの後、ミハルのお父様がお亡くなりになって、わたしがミハルに最初の血をあげたとき」

 最初の血をあげたとき? ミハルは突っ込むのを止めた。ミハルはあのとき、短剣でかなり深く刺されたはずだが、そのすぐ後に記憶がなくなっている。

「わたしのもう一人のお母さまがわたしたちにつかの間の安息の地をくださったのです」

「もう一人のお母さま?」

 さすがに、ミハルは突っ込まざるをえなかった。むしろ、こっちのほうが聞きやすい。「最初の血」云々は、たぶん、ミハルに自分の血を与えてその神秘的な効果で命を救ったとか、そういうことだ。

「本を通して、わたしに新しい血肉をくださった方です」

 ミハルにはよくわからなかったが、本が関係しているのなら、きっとたいしたお方に違いない。

「そして、ミハル、あなたのもう一人の親でもあるのです」

!? そんな話はミハルの記憶にない。

 ミハルが黙っていると、ホタルは続けた。

「あのとき、わたしはミハルと血肉を分けたのです。わたしの肉を食べてもらったのは、あくまで思い出してもらうため。その呼び水にすぎません。あのときから、わたしとミハルは一心同体……」

 ミハルは、なんだか背筋に寒いものを感じた。

「つまり、わたしたちは、すでに親公認のカップルなのです!」

 ホタルがそう言って迫ろうとしたところで、ちょうど二人はミハルの寮の前まで来ていた。まだ明日もある、と言わんばかりの笑みで、ホタルは立ち去った。


 その夜、ミハルは七海に電話をかけてみることにした。やはり、母親は思い出せない。父親の壮絶な死は思い出せても。

 それでもなぜか、本人には直接聞いてはいけない気がミハルにはした。今やふつうの人間を完全に超越した存在であることを自覚したミハルでも、だ。

 呼び鈴が鳴る。三十秒以上待たされる。

「はい。七浦七海です」

「か、母さん? あのさ。冬妻ホタルさんって知ってる?」

 もしかして核心に触れすぎたか、とミハルは思った。だが、すでに遅かった。

「いい子でしょ。あたしが認める女の子なんてそうはいないんだからね! 泣かしたら承知しないよ!」

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幼馴染を名乗る転校生が謎の物体を食べさせようとしてきて困る rinaken @rinaken

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