第五話 笑うしかない
「え、そんな簡単に世界救っちゃったの」
ミハル、ホタル、ルリ、遥子、伊藤の五人は、カラオケボックスでくつろいでいた。ルリは伊藤についてくるなと言ったが、伊藤は強引についてきた。ルリは心底嫌がっていた。
さっき、間の抜けた声で遥子に突っ込んだのはルリだ。
「簡単に見えるが、そう見えるだけじゃ。冬妻ホタルが『本が開いている』と言わなければ、わしは本の正確な位置が掴めんかった。ささいなことじゃが、どんな小さな歯車でも最後の歯車まで噛み合わなければすべてが動かないものなのじゃ」
「図書館員遥子さん。あなたは、本を返してもらったのですから、もうここには用はないでしょう」
ホタルが冷たく言い放った。
「本はもう送り返したわ。そう邪険にするな。わしはもう遥子なのじゃよ」
「遥子は『じゃよ』とか言わねーよ」
伊藤のその一言が、あのカラオケボックス燈火での事件を境に文字通り変わってしまった遥子のことをみなに思い出させた。
「……まあ、人は変わるものじゃね」
ミハルが沈黙を破った。それで、何かのなぐさめになるというでもなかったが、現実は認めなければならなかった。遥子は変わったのだ。ホタルも、あのとき。そして、ミハルも。
ミハルは、白い世界でホタルの肉を食べてから、膨大な情報が堰を切ったように流れ込むのを感じ続けていた。閾値を超えたかのようだった。あの島で本を通してホタルに流れ込んだものが、ホタルを通してミハルにも流れ込んだのだ。
ミハルには、もはや世界はそれまでのようには見えなかった。
浅井たち月連の人々は、しばらくして意識を取り戻したらしい。何度かホタルとミハルに「かみさまへの就任」を持ち掛けてくるが、そのたびにミハルに「かみさまにものをたのむ態度じゃねー」と蹴散らされている。
「ルリさん、あれに名前をつけてあげましたか?」
ホタルは、持っていた飲み物をテーブルに置きながら涼やかに言った。
「あれ? あれってなに?」
「あの、呼んだら来たやつです」
「あー、あのカラスもどきね」
「カラスもどきですか。いいお名前、なのかしらね」
「……いーよ。もう。カラスもどきで」
ルリはそう言うと、笑った。
ルリも変わったのだろうか。
伊藤は、伊藤にしては暗い面持ちで、目を伏せている。伊藤も、変わったのだろうか。
伊藤が急に立ち上がった。
「ルリ! 言いたいことがある!」
「な、なによ。急に」
ルリが心底驚いて立った伊藤を見上げた。
「一生、おれを守ってくれ! そのカラスもどきがあれば、どこへでも逃げられんだろ~」
「今すぐシネばいんじゃね」
ルリは心底軽蔑のまなざしで吐き捨てた。
「冬妻ホタルさん! おれにも何か身を守る道具くれよ~」
伊藤は今度はホタルにすがろうとする。ホタルは、軽い身のこなしでそれをかわす。
「あれは誰にでも使いこなせるものではありません」
ルリは伊藤に向かって思い切り舌を出した。
「わしのもとで何百年か修行するか? 人間にしては強くなれるぞ」
図書館員遥子が謎の笑みを浮かべた。それを見て、伊藤はゾっとした。
「いや、そんなに生きれませんて」
伊藤は図書館員遥子の前ではなぜか敬語になるようになっていた。
「まあ、そう思うだろうがな。気が変わったらいつでも言っとくれ。わしは、お前さんにも見どころがあると思うぞ」
「実際、どのくらいの危険があるの? もう本は返却されたわけでしょ」
ルリが真顔になった。
「本の脅威はむろんないじゃろう。じゃが、一度『白い世界』が開けた以上、この世界にとって厄介な存在が引き付けられた可能性はある」
そう言えば、前にもそんなことを言っていたな、とミハルは思った。
「でもま、そのときはそのとき、じゃね。それまで笑って暮らせればいいよ」
ミハルは、ため息とも何ともつかないような息を吐きながら言った。
「なんじゃ小僧。急に年をくったな」
図書館員遥子が呆れたように言った。
「おまえに言われたくねーよ。一億歳くらいなんじゃね? おまえ」
遥子が顔を真っ赤にして言った。
「わしとて女子じゃ! 女子の年齢を詮索するとは無礼きわまりない。そこになおれ!」
「女子だったの!?」
と、ホタル以外の全員が驚いた。
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