第四話 救うしかない

「食べてくれたんですね」

 ホタルは、少し落ち込んだ様子で言った。

「食べるところ、見たかったのに」

「そんなことより、おれと冬妻さん……ホタルは、一緒に……暮らしてたのか? あの、島で」

 ミハルは混乱した頭を整理しようとした。

「はい」

 ホタルは目を伏せた。

「あのとき、あの本を触ったとき、中から何かがわたしのなかに入り込んできて、わたしの何かがそれを、たぶん、食べました」

 ホタルはそう言うと、少しミハルから距離をとった。

「そのときから、わたしのなかに誰かの記憶が流れ込んできて、わたしがわたしでなくなるような、一気に何億年も年をとってしまうような、そんな感覚にずっとなってしまって」

 そう言って、銀色の髪を触った。

「それにはもう慣れたんですけど、髪の毛の色とか変わってしまいました」

「ホタル……は、人間だよ」

 ミハルはそう言って、ホタルに近づいた。誰かの記憶が流れ込んでくる感覚は、ミハルにもわかる気がした。まさに、今がそうなのだ。

「そうか、ホタルの肉っていうのは本当だったんだな。肉に記憶が詰まっているのか」

「変わったのは、わたしの髪の毛の色だけではないのです。ほかの体の部分も」

 ホタルは、そう言って、また離れようとした。ミハルは、その手を掴んだ。

「ホタルはホタルだよ。いくら変わってもな。で、おれはおれだ」

 ホタルはミハルに抱き着いた。

「わたし、もう、ミハルには会わないほうがいいのかもって、思ってたんです。だって、ミハルはわたしのことを食べてくれないし、下等な人間のことばかり気にするし」

 ミハルは思い出した。

「この白い世界って、なんなの? ほら、おれらを車でここまで送ったりしてたオバサンが、元いた世界も飲み込むとかなんとか言ってたんだけど」

「あー、それですか。この白い世界は、下等な人間が呼ぶには大それた存在の『兆し』です。しばらくすれば、大それた存在の一柱でも来るのではないでしょうか。そうなれば、飲み込むも何も、下等な人間の存在など雲散霧消してしまいます」

 ホタルは平然と言った。

「おまえ、それいいのか? ルリとは仲良くなってたんじゃないか」

「ルリさんは大丈夫です。あれに乗っていれば。あれはかなり性能の高い遮蔽装置ですから」

「遮蔽装置?」

「遮蔽装置というのは、次元と次元のはざまに体を入れ込むことで、そのどちらにも行き来できるし、そのどちらからも感知されない装置のことで……」

「それはもういいから。元いた世界を救うことはできないのか?」

 ミハルは必死になって聞いた。

 父親を殺した世界だが、愛着はある。母親についてはまだ思い出せないが、それでも、七海と名乗る存在は人間のはずで、愛着の対象でもあるはずだ。

「ムリです」

 ホタルはあっけらかんと言った。

「本がどこかに行ってしまいました。あれを閉じることができれば、この白い世界も閉じます」


 まさにそのタイミングだった。

 ミハルとホタルたちは、月連教団本部の集会場兼へリポート兼地下研究所エレベータ出口の床にいた。

 浅井や白装束の人々も、床に倒れていた。

「ミハル~ホタル~よかった~」

 ルリが、カラスもどきの上から泣き声を出した。

 ミハルがふと脇を見ると、遥子が立っていた。

「いやあ、お手柄お手柄。冬妻ホタルのおかげで、本の在処がわかったわい」

 図書館員遥子は、手に持っていた何の変哲もない白表紙の大きな本を、通学カバンのなかに入れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る