Ⅷ
女性がカップを置き、再びロッキンチェアを揺らし始めると、きつかった西陽がゆるんだ。目が慣れたか、太陽が少しばかり沈んで勢いが弱まったためだろう。
一連の様子を見届け一息ついた森下は、視線を老婦人の方に戻した。すると目の前には白髪の老紳士がいた――老婦人の夫である。森下は言葉にならない驚嘆を漏らした。
「そういうことです――」と、深刻そうな表情でテーブルの上のカップを見つめながら、老紳士は言った。どこに行っていたのかと森下は訊ねたかったが、口が思うように動かない。そして老婦人の方はどこに消えたのか?
「森下さん」白い髭を揺らしながら老紳士は言った。「妻が私を殺す前に、なんとかお願いします」
老紳士は懇願し、泣き出しそうだった。森下は状況がつかめないながらも、分かりましたと言って老紳士の肩に手をやり、慰めようとした。
ふとテーブルの上のシクラメンを見ると、三本活けてある。森下は眉をしかめた。
あの少年はどうしたんだろう? 森下は客間の隅の、少年がいるはずのところを見た。少年は同じような姿勢で佇んでいる。森下の視線を感じると、少年は優しげな顔を向け、先ほどのようにすぐさま目を逸らした。やはり一言も発しなかった。
女性は? 窓際に目をやるとロッキンチェアが揺れていた。しかしそこに女性の姿はなかった。
(了)
ロッキンチェアの女性とソファの少年 ひろみつ,hiromitsu @franz
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