Ⅶ
森下は少年を見た。少年はやや口角を上げたその顔を森下に向け、いつものようにすぐに正面に向き直った。落ち着きを取り戻すため、森下は少年のことを考えないことにした。
しかし考えまいとすることで、さらに心は錯乱し、恐怖感が募る。そのような状態でいたくはなかった。勢い、タブーを破るかのように、森下は窓際の女性について訊ねてみた。
「あそこの、ロッキンチェアに座っているのは、娘さんですか?」
森下の息は心なしか少し荒かった。老婦人はすぐには答えず、カップを口元に運び、傾けた。森下も気を落ち着かせるために紅茶を飲んだ。
老婦人は紅茶を喉に通すとカップを置いた。森下もカップを置いた。老婦人はおもむろに窓際の女性の方を見た。
「あれは、姪なんです」
「姪?」
森下も女性を見た。女性は森下の方を向いていたが、少年と同じように素早く視線を逸らした。森下は背筋に冷たいものを感じた。ずっとこちらを見ていたのだろうか?
「家族を失って、ここへ来たんです」
「そうなんですか……」
外でスズメの鳴き声がした。それとともに微風が入ってきた。
「いつからか、あんな風になってしまいまして――ですが、私はあの子の言葉が聴こえるんです。分かるんです」
「え?」
「ひっきりなしにしゃべってくるんです」
「赤の他人だからか、私には聴こえませんが……」森下は戸惑いつつ言った。
「本当に、かわいそうな子なんです」
そこで急に、ロッキンチェアの揺れる音が止んだ。老婦人と森下は女性の方に顔を向けた。女性は傍らのナイトテーブルの上のティーカップを、そっと手にした。眩しい西陽のせいで、女性は今やシルエットになっていた。森下は逆光の中で女性が紅茶を飲む様子を見た。
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