森下は少年を見た。少年はやや口角を上げたその顔を森下に向け、いつものようにすぐに正面に向き直った。落ち着きを取り戻すため、森下は少年のことを考えないことにした。

 しかし考えまいとすることで、さらに心は錯乱し、恐怖感が募る。そのような状態でいたくはなかった。勢い、タブーを破るかのように、森下は窓際の女性について訊ねてみた。

「あそこの、ロッキンチェアに座っているのは、娘さんですか?」

 森下の息は心なしか少し荒かった。老婦人はすぐには答えず、カップを口元に運び、傾けた。森下も気を落ち着かせるために紅茶を飲んだ。

 老婦人は紅茶を喉に通すとカップを置いた。森下もカップを置いた。老婦人はおもむろに窓際の女性の方を見た。

「あれは、姪なんです」

「姪?」

 森下も女性を見た。女性は森下の方を向いていたが、少年と同じように素早く視線を逸らした。森下は背筋に冷たいものを感じた。ずっとこちらを見ていたのだろうか?

「家族を失って、ここへ来たんです」

「そうなんですか……」


 外でスズメの鳴き声がした。それとともに微風が入ってきた。

「いつからか、あんな風になってしまいまして――ですが、私はあの子の言葉が聴こえるんです。分かるんです」

「え?」

「ひっきりなしにしゃべってくるんです」

「赤の他人だからか、私には聴こえませんが……」森下は戸惑いつつ言った。

「本当に、かわいそうな子なんです」

 そこで急に、ロッキンチェアの揺れる音が止んだ。老婦人と森下は女性の方に顔を向けた。女性は傍らのナイトテーブルの上のティーカップを、そっと手にした。眩しい西陽のせいで、女性は今やシルエットになっていた。森下は逆光の中で女性が紅茶を飲む様子を見た。

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