暴葬蘇生ネクロイド

Mr.K

#1 ワーキング・デッド Part1


 ――果てしない暗闇の荒野に吹く乾いた風に乗って、喉から絞り出したような呻き声が幾つも聞こえて来る。「死に掛けの人間でもいるのか?」と思った者がいるなら、半分正解半分違うと伝えた方がいいだろう。もっとも……今時、生者に代わって亡者が我が物顔で散歩しているのを知らぬものなど、そうそういないだろうが。

 目も、耳も、舌も、触覚も、果ては体の中のありとあらゆる器官が腐敗しているにも関わらず、ただ生者の肉を求めて彷徨う彼らを、ある者は古い映画やブードゥー教のそれに倣ってゾンビと呼ぶし、またある者は感染者と呼ぶ。或いは、シンプルかつストレートに歩く死体だとか、(酷くキザッたらしい呼び方だが)D死体の頭文字なんて呼ぶのもいる。

 いずれにせよ、彼らは気づけば世界中で増え続け、今では人類の総人口をも上回った。……より正確に言えば、彼ら亡者の存在により、生きている人間の数がどんどん減っていったのだ。多くの場合は亡者に噛まれて同じ亡者になり、それに伴って生者と亡者の相対的な比率が傾いて行ったのだが、同じ人間同士が極限状態に追い詰められ、互いを死に追いやったというのもある。

 そんな、明日を生きられるかも定かではない死の荒野のド真ん中に、その街……否、がある。荒廃しきった周辺地域と打って変わり、深夜の闇の中で煌びやかに明るく光り輝いているその村の名を、セントラル・ヴィルという。厳正な審査を経て選ばれた人間だけが住まう事を許される特別区域だ。ほとんどの作業を発達した科学力で自動化する等して、住みやすい環境整備が為されている他にも、名だたる科学者達が日夜、生存者の為に様々な研究を続けている。それこそ、人間に必要不可欠な食事のクオリティから、亡者への対策まで。

 此処に住む事は即ち、旧時代の大都市における富裕層並の生活を約束されたも同然なのだ。


「行け行け行け! もっと飛ばすんだよ!」

「んな事言われてもよー!」


 そんなセントラル・ヴィルからそう離れていない、ただただ闇の広がる荒野。

 そこにポツリと、小さな光が灯る。そして同時に聞こえてくるのは、男達の叫び声と、四輪駆動車特有のけたたましい駆動音。

 荒地を走っている故に時折跳ねているのか、光がやたらと上下し、大質量を支えるタイヤが弾んで軋む音も聞こえて来る。


 ――そんな車の後ろから聞こえて来るのは、何かが地を駆ける音。車輪の鳴らす、砂利を曳き潰す音に非ず。生身の何かが駆けずり回る、そんな音だ。


「クソッ、クソッ、クソッ!!! ミュータントが出るとか聞いてねー!!!」


 前を走る装甲ジープの荷台に乗る男が、手にした小振りのサブマシンガンの引き金を、狙いを定める事無く引く。

 子気味よい発射音が辺りに鳴り響き、連続してのマズルフラッシュが、まるで光る蛇が尾を引くように動く。

 だが――男が無我夢中で矢鱈目鱈と撃ちまくり、マガジン一つを消費しきっても、何かが倒れるような音一つしない。つまるところ――


あんちゃん、大外れじゃん!」

「……~~~~~ッッッ! うるせー! じゃあオメーが撃て!」

「無理だよ! 俺運転してっし!」

「じゃあ轢き殺そうっつー努力とかしねーのか!」

「動き早すぎて轢けねぇから逃げよーっつったの、兄ちゃんじゃん!」

「アー、そーだったよ! 俺だったよそれ言ったの! 悪ぅござんしたね!」


 わぁぎゃあと互いに捲し立てながら、ジープが跳ねる。


 一度、二度、三度。


 四度跳ねたその瞬間――ジープのボンネットを弾ませながら、人間大の何かが、運転手である弟に飛び掛かった。


「ワァァァァァ!!!???!?」


 絶叫する弟。

 彼の眼前には、まるで人の頭蓋骨をそのまま筋肉に置き換えたかのような、グロテスクな怪物の顔が迫っていた。落ち窪んだ眼孔には、酷く小さな目が埋まっており、剥き出しの歯茎から生えた牙は、いずれも犬歯の如く鋭く生えている。

 肉体の方もまた、筋肉が剥き出しになっているかのようになっており、体の至る所から滴り落ちる血のような赤い液体も相まって見ているだけで痛々しい。

 一見して獣めいた骨格ではあるが、何よりも奇怪なのは、上半身は人間のようではあるのに対し、下半身はまるで犬か何かのような四足歩行の獣の骨格をしているのだ。


 ミュータント前天的突然変異体と呼ばれたソレは、人間めいた両手の爪で、弟の顔を引っ掻く。

 弟は痛みと恐怖で絶え間なく叫び続け、徐々にハンドルの操作がおぼつかなくなっていく。


「こッ、こいつッ!」


 弟の危機に、兄である男はサブマシンガンを至近距離で発砲。

 ミュータントの醜悪な顔面に数発命中するが、それでもなお引っ掻き続けるのを止めない。


「やめろ! やめろよォ!!」


 男の悲痛な声が発砲音とエンジン音と混ざりあう。

 弟の顔から血飛沫が飛び、男とミュータントの双方に降り注ぐ。そして、長く使い込まれているのであろうジープの傷だらけの車体や、新調したてらしい銃も、平等に赤いカラーリングが施されていく。


 男は酷く後悔し、回顧する。自分達はただ、依頼を受けただけなのに、と。


 男と弟は、所謂コレクター回収者と呼称される者達であった。人がいた痕跡を辿り、彼らがいた場所、例えば街や施設から物資を集める事を生業とする彼らは、多くの場合は依頼を受けた上で物資を回収する。依頼も無しに好き勝手に回収するのはスカベンジャーゴミ漁り――在りし日の人類にとっての負の象徴たるホームレスのようなものとよく形容される存在で、つまりは悪口だ――と変わりない為に、余程困窮していない限りはそんな事はしない。と言うのも、依頼を受けたからには確実に相応の見返りがある為、闇雲にゴミ箱をひっくり返す博打めいた行為よりも余程建設的なのだ。

 この日も、彼らは依頼を受けていた。内容は、もう使われていない研究施設からを入手し、それをセントラル・ヴィルにいる依頼主に届けるだけという、至極簡単なお仕事おつかい。その筈だった。

 しかし、簡単とは言っても万が一という事もある。「ゴキブリは一匹見たら百匹はいると思え」という言葉があるが、感染によって数を増やす亡者の場合、繁殖の可能性こそ皆無なれど、生者の数だけ亡者が増える。研究所に何人いたのかは分からないが、それでも用心するに越したことはない。最悪、自分達が亡者の仲間入りをするかもしれないのだから。

 故に男は、最低限の安全を確保する為に知り合いであるクリーナー掃除人――亡者の排除を専門とする者をパーティに加え、研究所に向かった。


 ――そこが、亡者が蠢く場所だったなら、どれだけマシだったろうか。彼らが浅はかだったのは、そこがを依頼主に訊かなかった事だろう。

 はたしてそこは、魑魅魍魎の類と呼んで差し支えない程にグロテスクな怪物達の住処だった。

 亡者はただ一人としていない。何故なら、そこにある死体はミュータントにより、動く事もままならぬ程に肉体を損壊されたものしかないのだから。

 結果、先導していたクリーナーの男は真っ先にやられ、瞬く間に肉塊へと変貌を遂げた。

 そんな中、コレクター兄弟は――単に運が良かったのもあるが――それなりの場数を踏んできた経験もあり、何とか五体満足で目的の物を回収。

 そこから脱出しようとした際、弟がヘマをしたのが切っ掛けでミュータントが一体研究所から脱走。彼ら兄弟の乗ったジープを追いかけ、そして今に至る。


 ガチ、ガチという堅い音は、一体何の音だろうか。ミュータントが歯をかち合わせる音か、それとも己の持つ銃が弾切れを起こした音か。

 いずれにせよ、男はその時、必死過ぎた。

 必死過ぎたが故に、銃が弾切れを起こしたのにも気づかなかったし――車の進行方向に岩があるのに気付く事も無かった。


 鈍痛が身体を蝕む中、男は重い瞼を持ち上げようとする。そうして意識を表層へと持ち上げていくにつれて、身体の節々の痛みが鮮明になっていくのが分かる。本能が目覚めを拒もうとする。

 だが、脳裏を過った弟の顔が、苦痛に打ち克とうとする彼の意識を強固なものとし、数秒掛けて彼は目覚める事に成功する。


 瞼を開いてすぐ、その瞳に映ったのは、横転し煌々と燃え上がるジープをバックに、何かを一心不乱に貪り喰らう化け物の姿と、周囲に飛び散る赤い塊だった。


『ホントさ。兄ちゃんはもうちょい、弾の節約覚えた方がいーって。いっつもバカスカ撃つじゃん』

『うっせーな! 俺の勝手だろ!』


 弟とは、度々喧嘩をしていた。特に、こんな世の中では猶更。


『……ほれ。食えよ』

『え、マジで? いいの?』

『いぃんだよ。腹、膨れてっから』

『マジでサンキュー! いやぁ、兄ちゃんのブロックミートさっき食ったのに全然腹が膨れなくてさぁ……』

『テメーサラッと白状しやがったな。スルーされるとでも思ってんのかゴルァ!』

『うわやべ』


 ……だが、それでも仲は良かった。少なくとも彼はそう思っている。本当に不仲になると殺し合いにまで発展するものだ。こんな世界では特に。


 そうした日常も、前触れも慈悲も一切無く崩れ去る。


「あ……アァ……」


 家族が貪り喰らわれているのを前にして、男は呻き声しか上げられず。


 同時に、そんな男の呻き声に気付いたのか、あるいは今口にしている肉塊が口に合わなかったのか。

 ミュータントは弟だったものを無造作に放り出すと、挙動不審の人間のように不規則に頭を揺らしながら、男の元に近づいてくる。


 男は覚悟した。もはやこれまでかと。

 今の彼には、ただ目を閉じる事しか出来なかった。





「――ィィィィイイイッ」





 不意に、遠くから声が近づいてくる。





「ホォォォォォウ!!!」





 そして――肉を思いきり殴りつけるような鈍い音と共に、血の臭いが薄らいだ。

 異様な違和感を感じ取った男は、恐る恐る目を開き――眼前にあの醜い怪物の顔が無い事に心底驚いた。

 男は焦りながら辺りを見渡す。見れば、左の方にミュータントが転がっているではないか。


「は……え?」


 あまりもの怒涛の展開に、男の脳内処理が追い付かない。今、一体何が起きた?

 叫び声が聞こえたような気もするが――


「よう、不細工野郎。俺のキックを受けてもらった上で訊きたいんだけど、ご機嫌いかが? あぁ、分かる。めっちゃ分かる。見るからに奥歯噛み締めてるもんな」


 分かりやすく挑発するような声。暗がりでよく見えなかったが、よくよく見ればなんとか体勢を立て直したらしいミュータントの前に、何者かが立っている。

 少し細身ではあるが、声から察するに恐らく男性だ。

 しかし、その外見が彼の不安を加速させる。

 そんな細身の男が、ミュータントに啖呵を切るなど、明らかに自殺行為だ。


「に、にげ……に……」


 「逃げろ」と言いたかった。だが……悲しいかな、恐怖と痛みで、うまく言葉を紡げない。

 しかし、そんな男の微かな声が届いたのか、眼前の細身の男が僅かに振り向いた。

 燃え上がる炎の光で、顔は見えない。


「あ? アンタ今なんか言っ――」


 た、と言い切る前に、グシャリ、という生々しい音がそれを掻き消した。

 ミュータントが一瞬にして、細身の男の左腕を奪い去ったのだ。

 異形の化け物が、奪った腕を咀嚼する。

 想像し難い苦痛に加え、あまりにも異常な光景だ。傍から見ているだけの自分ですら失禁してしまいそうだ。

 そして当然、細身の男は叫んだ。


「あーッ! クソッ、テメェ! テメェが話しかけるから持ってかれちまったじゃねぇか!」


 どちらかと言えば、彼に逃げるよう促そうとした男に対するヘイトの叫びだったが。


「おいゴルァ! 俺の腕返せオルァ!」


 巻き舌気味に細身の男が捲し立てながら、残った右腕を激しく振る。

 当然ながら、ミュータントは我関せずと言った様子で、相も変わらず骨を咥えた犬のように左腕にむしゃぶりついている。


「……あー、そうかい、そうかい! いいよじゃあ! テメェにその腕くれてやらァ!」


そんな様子を見た細身の男は、やがて諦めたかのように投げやりにそう口にしながら、腰のポーチをま探り出す。

 そして、ポーチから取り出したのは――何かのスイッチのようなもの。


「でもどうせなら、刺激的な味付けしといた方が嬉しいだろ!?」


 そう言うなり、そのスイッチを押す。

 瞬間、ミュータントの頭部が派手に爆ぜる。

 何が起きたのか、男の目は確かにそれを捉えていた。

 細身の男がそのスイッチを押した瞬間、ミュータントが咥えていた左腕が爆発したのだ。恐らく、中に無線式の爆薬を仕込んでいたのだろう。

 だが……それはおおよそ、普通の人間がやる事ではない。「我が身を顧みず」という言葉もあるが、限度だってある。

 男は言葉を失い、ただただ、このあまりにも奇怪な男が次に何をするのかを見守る事しか出来なかった。


 一方でミュータントはと言えば、そのおぞましい顔面の下半分が崩壊し、ボタリ、ボタリと血の塊を滴らせていた。

 それと同時に、損壊した箇所から無数のあぶくが噴き出したかと思うと、その泡が割れた先から肉体が再生していくではないか。

 自身が至近距離でマシンガンを撃ち込んだにも関わらず動いていたのも、この再生能力のおかげだったのだと、男は悟った。

 自分達が相手をしていたものが想像以上の化け物であった事実が、男の生存意欲を削り、絶望へと叩き落す。


「おっと、待てよ」


 当然、細身の男はそれを黙って見過ごさない。

 腰のホルスターに収められた自動拳銃を抜き放つと、前進しながらミュータントに怒涛の連射を叩き込む。

 片腕になっている事もあり、弾丸の多くが脇に逸れるが、それでも二発が鎖骨付近に、一発が再生しかかっていた下顎を再び吹っ飛ばした。

 ミュータントは銃撃に怯みながらも、野生の猛獣を想起させる雄叫びで空気を震わせる。

 威嚇めいた雄叫びを前に、しかし細身の男が選んだのは、躊躇なき突進。


「オイシー!!! ってか!? そうかい! それが最後の晩餐だ!」


 細身の男は、弾切れになった拳銃を乱雑に放り出すと、胸元のホルダーに差した手作り感溢れるナイフを抜き放ち、器用にグルリと回転させると、逆手に持ち替えた。


Say-bye成敗!」


 そして、距離を詰めたと同時に、ミュータントのこめかみに勢い良くナイフを突き立てる。

 再びミュータントが叫びを上げ、身を捩る。その叫びは、先程までのような猛々しいものではなく、苦痛から来る悲鳴のようで。

 苦しみ喘ぎながら、己を苦しめる敵を振り払わんと、ミュータントは腕を大きく振るい暴れる。

 その数撃が細身の男に当たり、血飛沫らしきものが飛ぶが、細身の男は構う事無く、ナイフを頭部の奥へ、奥へと進めていく。


「ええい、クソ! 悪い子め! いい加減に! 寝な!」


 やがて、そのナイフが鍔の辺りまで飲み込まれ――ビクン、とミュータントが身体を一瞬震わせたかと思うと、激しく動いていたのがまるで嘘のように、その活動を停止させた。

 男はただ、その光景を――間抜けにも口をあんぐりと開きながら――見ている事しか出来なかった。


「ふゥー……ようやくおネンネだ。全く、なんつーやんちゃ坊主だ。腕一本持っていきやがった、クソッタレめ」


 「腕一本持っていくような化け物が、やんちゃ坊主で済まされてたまるか」と男は言いたくなったが、細身の男の憤る様子を見てそんな事を言い出せる程の度胸を、生憎と彼は持ち合わせていなかった。

 対する細身の男は、恐れ知らずにもイライラしながらミュータントの身体を幾度か蹴り上げ……そして唐突に蹴るのを辞めると、ミュータントの傍に屈みこむ。

 それから、何を思ったのか、片足でミュータントの頭部を踏みつけると――


「……えい」


 ――おもむろに頭部に刺さったナイフを引っこ抜いた。


 それから僅か二秒程して、ミュータントの肉体表面が脈動を始めたかと思うと、まるで先程まで死んだように静かだったのが嘘だったかのように、突如として陸に打ち上げられた魚のように生き生きと暴れだしたではないか。

 土煙を起こしながら暴れるミュータントの姿を見て、男は本能的に体を震わせた。


「ふぅん……?」


 対して、細身の男は何かを察したのか、納得するように興味深げに眼下で暴れるミュータントを見下ろし……しばらくしてから再び、「えいっ」と軽い掛け声と共に、ナイフを再び頭部に突き刺した。

 すると、まるで先程の光景の焼き直しをするように、再びミュータントはその活動を停止する。


 それからは、奇妙なものだった。


 細身の男がまた、ナイフを引き抜く。


 ミュータントがまた暴れだす。


 細身の男が頭部にナイフを刺す。


 ミュータントが動きを止める。


 ナイフを引き抜く。


 ミュータントが暴れだす。


 ナイフを刺す。


 動きを止める。


 そんなルーティンワークを、何度繰り返しただろうか。

 細身の男は、特段それを面白がりながらやっていた……という事もなく。

 寧ろその逆で、まるで作業のように淡々と繰り返すだけ。


 男は人知れず身震いする。助けてもらった瞬間は救い主のように思っていたが……ひょっとすると、あれは殺人鬼か何かなのではないかと。


 そんな彼の恐れを他所に、繰り返すこと都度十度目で、彼はナイフを引き抜くのを止め、立ち上がる。


「成る程ねぇ……おい、アンタ」

「へ、へぇ!?」


 突然話を振られ、男は狼狽する。


 ――なんだ、一体何の用だ……いや、!?


 そんな不安だけが脳内を埋め尽くす中、細身の男が歩み寄ってくる。


 まず目に入ったのは、首から下。下着もシャツも着ず、まるでタンクトップのように素肌に直接、使い古されたタクティカルベストを着ており、下に穿いているズボンも、継ぎ接ぎでかつ動きやすいように改造されているようであった。少しばかり妙な違和感を感じさせるが、その風体自体は、この地獄においては然程珍しさを感じさせない。


 そして、視線を上に持って行った瞬間――思わず彼は呼吸する事を忘れてしまった。


 はたして、その顔は髑髏そのものだった。より正確に言えば、白い髑髏の仮面。

 しかし異様なのが、頭を縦に半分にする形で被っているその仮面が、金属のクリップのようなもので皮膚に縫い付けられるようにして固定されている事だった。


「おい、聞いてんのか?」

「……へァ!? あ、へぇ、あんですかい!?」

「テンパり過ぎじゃねぇかよ。成る程? あんなもん、普通じゃ出くわさねぇもんな。そりゃ、命拾いして、あぁ、良かったっつって安心もするわな」


 そう言いながら、髑髏面の男は背後で突っ伏したまま動かないミュータントを見やるが、コレクターの男としては目の前の髑髏の怪人の方が余程恐ろしく、そして異常に思えた。


「とりあえずよ。コイツのナイフ、抜くんじゃねぇぞ。さもなきゃお前が血だるまだぜ」


 血だるまが誰の事を言っているのか、言わずとも分かる。そんな分かり切った事を、と男が言い出す事は無かった。色んな意味で口にすることが憚られたから。

 その代わりに。


「な、なぁ……アンタ……ワリィが、俺の弟……奴にやられてよぉ。そこにいるんだけどよぉ……助けてやって、くれねぇか……」


 男の精一杯の頼みに「あん?」と気の抜けた声を上げる髑髏面の男。

 そして、その顔を動かし――再び男の方を見やる。


「ありゃもう手遅れだな」


 いやにあっさりとした宣告だった。


「は……へぇ?」

「家族なら、あんま見ねぇ方がいいな。生前とのギャップ有り過ぎでショック死しちまう可能性大ってやつだ」


 気遣うような内容とは裏腹に酷く軽い口調のそれに、男は怒りを通り越して唖然としてしまう。

 分かっている。分かってはいるのだ。この荒野では、命など風前の灯のようなものだと。だが、少なくとも彼の出会ってきた人々は、他者の死を悲しめる者ばかりであった。

 故に、これ程までにドライな反応を受け、思わず面食らってしまったのだ。


 そうこうしている内に、髑髏面の男が横転したジープに歩み寄っていた。


「あ、アンタ、何を……」

「うーん? まぁちょいとな」


 そう言いながら、髑髏面の男がジープの付近を漁り――煤けたアタッシュケースを拾い上げたのを見て、男は思わず目を見開いた。


「あ、それは俺らの……!」


 そう、男達が研究所から回収してきた依頼の品である。中身については、良く知らないし知らされていない。問い詰めた際に、「必要のない事だ」と依頼主から切って捨てられたのだ。


「あぁ、知ってる。でもこれ持ち帰ったところで、お前さんは始末されるだけだぜ」

「……は?」


 「どういう事だ」と問いかける間も無く、髑髏面の男は鍵の掛かっているらしいそれをグルグルと横に回転させながら見直し、「よし」と頷く。


「んじゃ、ちょっくら代わりに届けてくんよ。大丈夫、どうせ連中、ギャラ払う気ねぇんだから。んじゃ、達者でな」


 返事などさせる気がないのか、髑髏面の男は捲し立てるようにそう言うと、アタッシュケースを担ぎ、暗闇の荒野へ走って去っていった……。


「……なんなんだよ、マジで」


 男は、弟が死んだ感傷に浸る事も出来ず、ただ、男の去っていった方を見やりながら、力なく倒れるだけであった。


 遠くから耳障りな呻き声の合唱が近づいてきても、今の彼には気にする暇も無かった。

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