第6話 魔女シャーリー

三人が森の北東に訪れた数時間後


「あ~あ、またかよ。どうなってんだ、おい」

「思わぬ誤算だな」

「私たちが困るだけならいいけど、里のみんなに迷惑がかかるものね」


人気のない森で、俺と二人はぼやいていた。

魔物は俺たちが近寄ると、嫌なものでも見たという風に、そそくさと逃げ出していったからだ。

彼らが人間を恐れている原因は、容易に想像がつく。

森を進んでいた道中、全身が切り刻まれたり、焼かれて黒焦げになった死体を見かけるようになったのだ。

損壊の仕方は様々だったが、これらは全て魔法によるものだとすれば納得がいく。

おそらく魔女たちが襲われた際に、返り討ちにしたものだろう。

狩人を怖れた動物が人間に近寄ることはなくなるみたいに、魔物にとって人が畏怖すべき存在になったということだ。

普通であれば喜ばしいことだが、魔物退治の任を託された俺たちにとっては踏んだり蹴ったり。

このままでは、拠点を移すことなど夢のまた夢。

予期せぬ事態で思うように魔物を始末できず、その上魔女まで見かけて、逐一隠れなければならない。

一旦、里に戻った方がいいのだろうか。

日を改めるべきか。

一人で考え込んでいても一向に答えなど出ず、俺は二人に同意を求めた。


「そろそろ帰ろうか。魔女が里の近くに現れたのを知らせておきたいし」

「そうね、長老様ならいい知恵を授けてくれるかも」

「どうだろうな。モンスター討伐の秘策があるなら、行く前に教えてくれたはずだ。望み薄に思えるが」


トニーの発言は一理あった。

日々食い繋ぐのにすら困っている状況で、モンスターを一掃できるような罠を作る余裕などある訳がない。

戻ったところで、再びここに行くよう指示されるのがオチだ。

だが大人になったと思い込んでいても、まだ甘えの心が残っていたのかもしれない。

俺とアメリアの気持ちは、里に一刻も早く帰ることに傾いていた。

あれこれ意見を交わしていると、二人一組の黒い人影が俺たちへと近づいてくる。

片方は子どもで、もう片方は大人のように見えた。

魔女だろうか。

見つかってはまずいと考え、そそくさと身を隠す。


「おや、人狼たちかい。探す手間が省けたよ」


草陰に身を潜めていると、背後から声がした。

周囲には誰もいなかったはずなのに、何故。

それに草を掻き分ける音さえ聞こえなかったのに。


「何者だっ!」


混乱のあまり、俺は叫んだ。


「あの老いぼれも一緒かと思っていたが、たったの三人とは。相当戦力が足りないと見える」


山羊の頭部を象った悪趣味な杖を片手に、紫がかった肌の女が呟く。

そいつは黒い三角帽子にローブ姿の、魔術師らしい装いに身を包んでいた。

女は、金髪碧眼に小麦色の肌の少女を引き連れている。

おどおどした様子で辺りを見渡していて、見るからに気が弱そうだ。

赤や青、紫の肌色は半悪魔と呼ばれる人間と悪魔のハーフ特有のもので、俺たち同様に気味悪がられ、アコトニス教団から迫害されている。 

教団の魔の手から逃れるという利害も一致していて、本来ならば協力できる関係だ。

にも関わらず、こいつらは何故か俺たちとも争っている。


「シ、シャーリー様。私にできるでしょうか。不安なんです」

「イザベル、お前は本当にダメな子だ。私に頼っていては、いつまでも一人前になれないぞ」


俺たちを見てしがみつく少女へ、手厳しい言葉を投げ掛ける。

彼女の表情に一切目を配らず、ただただ目下の者へ淡々と命令するシャーリーという女に、愛情らしいものはないように感じた。


「でもっ、でも……」

「何を怯えてるんだい。お前は私が手塩にかけて育てた弟子なんだ、自信を持ちな。結果は後からついてくる」

「ハイ、頑張ります」


女が鼓舞すると、少女の瞳に覇気が宿る。


「誰だ、テメェらは」

「私はお前たちが忌み嫌う魔女。それがどうかしたか」

「魔女だとォ……。ここに何しにきやがった」

「ベラベラと計画を語るのは無能だけだろう。貴様に教える義理はないしな」

「同胞を殺しやがった理由がないってんなら、俺たちが理由なくテメェらをブチ殺しても文句はねぇよな」

「私にとって、お前たちの命など価値はない。人狼など、ただの研究材料に過ぎん」


魔女だと名乗る女は、吐き捨てるみたいに言葉を放った。

何故純朴な仲間たちが殺され、邪悪な魔女がのうのうと生き長らえているのだ。

彼らの無念を思うと、俺の中の野生の血が沸き立つ。

次の瞬間には地面を蹴り飛ばし、半悪魔の女に飛びかかっていた。


「ああ、お前たちの企みなんかどうでもいいさ。テメェらさえ消えれば、どんな計画を立てていようが関係ねーからなァ。魔女ォォォッ、くたばりやがれェ!」


魔女は突然襲い掛かった恐れをなしたのか、呪文を唱えることもせずに立ち尽くしている。

怯えて声も出ないか。

この勝負、貰った!

―――だが脳裏に勝利が過った次の瞬間には、魔女を捉えた筈の一撃が空を切っていた。

思い切り振り下ろされた手斧は、湿った土に突き刺さっている。

幻でも見ているのか。

眼の前の現実を受け入れられなかった俺は、ただただ困惑していた。


「躾のなっていない犬に構う暇はないのだよ。貴様らの相手をするのは、この子さ。私には用事があるのでね」

「年端もいかない子どもに戦わせるのかよ。どこまで腐ってやがるんだ、魔女はよ」


言いたいだけ言うと、魔女は背を向けて、森の奥深くへと進んでいく。

後を追おうとすると、少女が俺たちの前に立ち塞がった。

ここを通りたくば倒してみろと言わんばかりに。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

アルクレプス大陸英雄譚外伝 ~弦月に吠える者~ ?がらくた @yuu-garakuta

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ