第5話 魔物と人狼
「トニー、ここは協力しよう。アメリアに手を加えられると全滅しかねないし」
「……ま、やるしかないな」
「口では嫌がってるのに顔はニヤついてるぜ」
呆れたような口振りの彼に言い返していると、魔物は鞭のようにしなった管を、俺目掛けて巻きつけた。
そう同じ手を何度も食らってたまるか。
持っていた手斧でぶった切ると、管の切れ目から、無色透明の液体が周囲に飛び散る。
勢いよく放たれたそれは、俺の顔や身体にまでかかった。
命に別条がないか不安に駆られたが、今の所は何事もない。
どうやら肌に触れる分には害はないか、もしくは遅効性なのか。
いずれにしてもモンスターの生態に不明な点がある以上、一つ一つ推論を立てていくのが勝利への近道だ。
「フゥ、間一髪ってとこか」
「さっきもランドルフが立ち止まった瞬間を、魔物は狙っていた。動いてさえいれば的にはならなそうだ」
「なら、やるべきことは一つね」
アメリアの一言で、俺たちは示し合わせたように一斉に駆け出した。
獲物を追いかける肉食動物みたいに、全速力で。
息を切らしている間、疲れた犬のような喘ぎが耳に入る。
何も考えず助かりたい一心で走ると、風船が破裂するみたいに耳障りだった羽音は、次第に小さくなっていって、いつしか聞こえなくなった。
やっと、安全な場所まで避難できたか。
安堵して胸に手を当てると、服の上からでも、心臓は激しく動いているのが分かった。
「アメリアがついてきていないな、まさか魔物に……」
「必死すぎて気がつかなかった……。アメリア、何処だぁっ!」
俺たちが振り返ると、彼女は地べたにへたり込んでいた。
男と女では身体能力に差があるせいか、案の定アメリアはついてこれていない。
更に彼女が、人と獣とのハーフなのも大きかった。
獣人の筋肉は持久力がないため、人間よりも休息を取らないといけないのである。
疲れやすい体質の彼女が、すぐへばるのは無理もない。
背後からは魔物の群れがだんだんと迫っていて、刻一刻を争う状況だ。
このままでは、彼女の身に危険が及んでしまう。
最悪の事態を想像した俺は、彼女の元へ一目散に駆け寄っていた。
「アメリアッ! すぐ助けるからな」
「ハァハァ……私のことはいいから。里のために」
「ふざけんな、俺が君を見捨てられる訳ないだろ! みんなで生きて帰るんだ! 死んだら長老様は勿論、俺だって……」
自己犠牲を説くアメリアへ、檄を飛ばした。
身近な誰かを犠牲に得た幸福なんて、まっぴらごめんだ。
様々な死に直面してきた俺は、親しい人たちは勿論、どんなにムカつくやつであっても、眼の前で見殺しにする気はなかった。
死というのは先に亡くなった人間にとっても、残された人間にとっても悲劇だ。
どんなに辛いことか知っているからこそ、言葉に気持ちが込もってしまう。
真剣な思いが通じたのか、彼女は怒鳴った俺に
「ごめんなさい、変なこといって」
と謝罪する。
「分かってくれればいいんだ。逃げられないなら、戦うしかねぇな」
「ハァ、世話のかかる弟分と妹分だな」
「大変な時でも口は達者だよね、トニーは」
「そうそう。ひねくれてると、いい人見つからないよ?」
今まさに敵が迫ろうとしているのに、緊張感がない会話をしていた。
だがそのお陰で余裕が生まれて、頭がよく働く。
魔物が近づいている間に、俺は数分前の出来事を回想する。
思えば助け船を出すかのように、すぐに別の個体が現れた。
群れを作る生物というのは色々いるが、基本的に単独行動は好まない。
だがこいつらは状況に応じて、使い分けている。
単騎で狩りを行う時は万全を期して、脚で挟み込んだりして身動きを封じのだろう。
だが複数体で行動する際は、一匹が注意を引き付けて油断させている間に、仲間が毒針を刺すことで獲物を弱らせるのだ。
そう考えた方が、説明がつくような気がした。
いずれにせよ捕食するのは、針で無力化してから。
それは毒を血中に注がなければ、大したモンスターではないことの裏返しだ。
「あの毒針だけ何とかできれば、倒せそうなんだけどな」
「それができないから困っているんだろう。周りには木と雑草しかないぞ」
後手後手に回っていては、ジリ貧になってしまう。
引っ張り合いになれば、小枝のようなものはすぐに折れる。
太くて丈夫な道具でないと、魔物の攻撃を受け止めることはできない。
何かないか辺りに目を遣るが、目には見慣れた緑一色の風景が映るばかり。
このまま手立てのないまま、やられてしまうのか。
諦めかけたその時、俺の脳裏にある考えが過った。
だが上手くいくかは、試さないことには分からない。
俺は思いついた案を、すぐさま実行に移すことにした。
「魔物ども、こっちだこっち!」
挑発して、俺を標的にするように促す。
「危ないよ、ランドルフ……」
「本当に危なくなったら、アメリアが来て癒してくれるだろ。信じてるから、こんな無茶苦茶できるんだ」
そう言い残すと、蛇が地面を這うみたいにジグザグに、細長い木々の合間を縫って走り出した。
魔物は俺を捕らえんと飛んで追いかけてくる。
アメリアとトニーが点のように小さくなったのを確認すると、立ち止まった。
向かい合って動かないでいると、魔物たちは待ってましたとでもいわんばかりに、管を伸ばす。
その瞬間、俺は糸を思わせる木を円を描くように回った。
それを何度か繰り返すと、まるでツタみたいに木々に管が巻きつく。
魔物は幹に絡まったそれを引っ張るが、こんがらがってほどけない。
すばしっこい生物といえど、動けなくなってしまえば倒すのは容易い。
「散々好き放題してくれたお返しだ、そらよっ!」
好機だと判断した俺は、柔らかいであろう腹の部分を手斧でぶったたく。
と、両断されたモンスターは地面へと墜落した。
魔物の身体からは緑色の粘液が溢れ出して、思わず背を背けたくなるような光景が広がった。
管は獲物を探し求めるかの如く、カタツムリが歩くような緩慢さで、ゆっくり俺の足元に伸ばされる。
こんな状態だというのに、まだ諦めていないのか。
死ぬ直前になっても生きようと悪あがきをしている姿に、人狼である自分と重ねてしまった。
この虫が消えたところで、殆どの人間は喜びはせよ悲しみはしないだろう。
それは自分たちとて、例外ではない。
けれど、たとえ誰にも望まれない命であっても、不要な命などないはずだ。
しばらくすると、ピクリともしなくなった。
これ以上の深追いは無駄と判断したのか、仲間とおぼしき魔物は何処かへと逃げ去っていく。
難を退けてほっと胸を撫で下ろすと、聞き慣れた声が鼓膜を刺激した。
「ランドルフ、平気か」
「急に遺言みたいなこと言い残して、いなくなっちゃうんだもん。心配したよ」
「トニーの台詞で、とっさに思いついたんだ」
「何はともあれ、追い返せてよかったね」
「お前は本当に、無茶なことばかりするな。命が幾つあっても足りないぞ」
「はいはい、文句は里に帰ってから聞くって」
またトニーの愚痴が始まった。
面倒だと感じた俺は、彼の言葉を軽く聞き流す。
でも心配をしてくれるのは、親愛の情が込もっているからだと思うと、何だか心が暖かくなっていった。
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